ゆきちゃんがお医者さん?その3
「手術ですけど、このまま診療所に連れて行って一気にしましょうか?」
「聖女様、ちょっと待ってください。私には大仕事が!」
「そのお仕事は私が代理でやっておきますから心配しないでください」
「あなた、聖女様がそこまで仰ってくださるのですから、手術を受けてください」
「お前、すまないが商売の話をするので、少し部屋から出てくれないか」と銀貨のオヤジさんが、真剣な表情で奥さんに言った。
「わかったわ。お話が終わったら呼んでくださいね」
「もちろんだ」銀貨のオヤジさんの奥さんは部屋を出て行った。
「聖女様、お話があります」
「はい、なんでしょうか?」
「俺の仕事のことなんですけど。表向きは雑貨商ですが、俺の裏の顔は臓器の密売人でございます」
アカデメイアでは臓器移植をしている医者が結構いる。そのお陰で臓器の売買が頻繁に行われている。売るのは貧民で買うのは富豪なので、ぶっちゃけ取り締まりは緩い。取り締まる人手が慢性的に不足しているのもその一因なんだけど。ここにも人手をつけないといけない。
「今回、俺が引き受けた仕事は心臓なんです」
「心臓を移植したら、売った人は死んじゃうのですが」
「どうしても金がいる人間を見つけました。そいつは俺以外の人間は信用しません。だから、聖女様には引き継げない。わかってもらえましたか。」
「移植する先生って素人なの?」
「そんなわけないだろう……。心臓は初めてらしいがですが」
「その心臓を売る人と買った人との血は混ぜた?」
「いや、混ぜてません」
「血が合わないと移植した途端に心臓が止まるかもしれないわよ」
「それに弱った心臓を取り出してから、直ぐに新しい心臓を移植しないと患者さんは死んじゃうし、死なずに済んでも重い後遺症が残る。そのお医者さんわかっているのかしら」
「俺は臓器を売るのを仲介するだけだからそこまではわかりません」
「その心臓を売りたい人っていくらで自分の心臓を売るのかな?」
「金貨十枚」
金貨一枚で無駄遣いっせしなければ、庶民なら一年は暮らせるから十年分か。適正価格なんだろうか? でもこのままだと二人の人が死んじゃうし。面倒くさいなあもう。
「その人って金貨十枚で生命を売ってくれるわけね」
「ええっとですね。そいつの取り分は、金貨五枚で、残りは俺の取り分です。すみません。聖女様」
「金貨五枚で生命が買えるのか。じゃあ私が買っても問題ないわけね」
「聖女様、問題が大ありでしょう。やっと見つけた心臓の提供者ですよ」
「豚の心臓でも代用がきくから。心配ない。私が保証します」
「まあ、アカデメイアで間違いなく心臓移植ができる医者と言えば、ハンス医学部部長とクルト先生くらいだと思うけどね」
「ということで亡くなるのはお金持ちさんだけで十分だと思うの」
「聖女様、申し訳ございません。俺、実はこの仕事を医者から金貨五十枚で引き受けました」
「心臓を売る人には金貨五枚で、自分は金貨四十五枚ですか。ぼったくりですね」
「でも、残り四十枚は成功報酬ってことでまだもらってません」
「だったら残りの金貨四十枚は絶対もらえないから」
「これを契機に密売人稼業から足を洗ったらどうかしら?」
「聖女様、密売人稼業はそう簡単には抜けられません。俺、間違いなく消されます」
「もう、面倒くさいですね。密売組織を私が潰せば、すべて解決ですね!」
「ダメですって。そいつらだって家族がいます。俺だけ助かるなんて仁義に反します」
もう本当に面倒くさいなあ。
「先ずは前金の金貨十枚をそのお医者さんに返さないいけません。一緒に来てください。逃げても無駄ですよ。逃げればそのまま手術室に連行しますから」
「おーーーい、もう入って良いぞ」と銀貨のオヤジさんは奥さんを呼んだ。
「ご主人は手術を受けることに同意されました。それで私を取引き先に紹介しないといけないので、今からその取引き先に出かけます」
「引き継げができたら即、手術をすることにしました。万一ご主人が逃げても私の手のものがご主人を常に監視をしているので逃げるのは不可能です」
「ありがとうございます。聖女様」感謝されてもねえ。私としてはただただ迷惑なの。私って偽聖女様だから。
「では、取引き先に行きましょうか。案内お願いしますね」
銀貨のオヤジさんとお医者さんにお金を返しに向かった。そこは、アカデメイアの中心から少し離れた瀟洒な一軒家だった。
「アント先生、こんばんは。ダルトンです」
銀貨のオヤジさんってダルトンって名前なのか。アント先生って確か医学部の教授だと思う。専門は外科ではなく内科じゃなかったかしら。




