お医者さんになったその3
「気にしないでください。普通の茶葉をこの方は飲まないので」お茶を出した人が完全にフリーズしている。
いつも通り、応接室の備品が消えてディアブロさんのお茶セットが登場。またお茶を出した人がフリーズしてしまった。
「この茶葉はイン国で今話題のアワガンティーでございます。香が極めて豊かですが、飲むとあっさりした味わいでございます」
「ありがとう。ディアブロさん」私がお茶を飲み終わるとディアブロさんが消えて、応接室の備品が元に戻った。
「失礼いたします。クレーム担当のオービスと申します。このたびは医師免許証に総長の署名とハンコを捺すのを忘れるなどとあり得ない不手際、大変申し訳ありません」
いえ、故意に捺してもらえなかったわけなので、大学の不手際ではないのだけれど。
「私としては署名とハンコさえ貰えれば文句は全然ないわけでして」
「今日は総長が学術会議に出席しておりまして不在でございまして署名はできません。が、ハンコは事務局で預かっておりますのですぐに捺せますけど」
勝手にハンコをオービスさんが捺したら責任を取らされても困るし。
「総長はいつお戻りになられますか?」
「明後日には戻ってきます」
「では明後日、またお伺いいたします」
「そうですか? 予約表にエマ王妃面会と入れておきます。午後一時に予約しましたので、その時間にお越しください」
「君ね、どうしてそこに立ったままなの?」
「オービスさん、悪魔が出ました!」と一言、言うとその人は気を失った。ごめんなさい。でもディアブロさんってそんなに悪魔ぽいかなあ。付き合いが長いから完璧な執事にしか見えないのだけれど。
「それでは、お取り込み中のようなので失礼します」と私は慌てて応接室を出た。
明後日の午後一時に総長と決闘か。ハア、もう嫌になるな署名とハンコを貰うだけなのに。
面会予約時間の午後一時、十分前に大学本部に到着して受付を無事済ませて、前回同様応接室に通された。予想通りお茶は出されなかった。大学本部内では、王妃には悪魔が憑いているとの噂が流れているらしい。否定するつもりはない。ディアブロさんって悪魔だから。ただし憑いているのではなく、執事として仕えているだけだけど。
「エマさん、初めまして総長のヒンデンブルクです」とっても温厚そうなおじい様が応接室に秘書の人と一緒に応接室に入ってきた。
「医師免許証に私の署名とハンコがなかったと聞きましたが」なんだこの友好的な雰囲気は頑固ジジイのガの字もないのだけれど。
「これが学部長から頂いた医師免許証なんですが、総長の署名とハンコがございません」
「これが特別医師免許証ですか。初めて見ました。エマさんに通常の医師免許証を見せてあげて」
秘書の人が通常の医師免許証を私に見せてくれた。学部長の署名するところがない。ハンコを捺すところもない。総長の署名とハンコだけだ。
「今ご覧の免許証が国家試験をパスした者に与えられる免許証です」
医師国家試験って聞いたことがない。私、試験を受けていないのに医師免許貰えるわけ。どう言うことなんだろう。
「国家試験と言っても合格率百パーセント、形だけです。ただし受験資格が十五歳以上になっております」
私に関する公文書書類は改竄されたので、受験資格はあることにはなる。でも実際は十二歳なので受験資格がない。これは困った。試験を受けてから出直して来いって言われて帰ることになる。
「それでですね、エマさんが大学に提出された生年月日だと、エマさんは現在十二歳となるのですが、確認のため公文書を取り寄せたところ、十五歳になっておりました。どちらが本当なのでしょうか?」
「公文書が改竄されております。第一王子様の指示だと聞きました」
「第一王子の指示ですか? 何ゆえ」
「私と結婚するためと聞きました」
「エマさんは王妃になるおつもりはございますか?」
「まったくございません」
「しかしながら、現在、エマさんは王妃ですよね」
「ウイル国王陛下から王妃に任命されただけで、役職としての王妃なだけでございます」
「王妃でないと困ることがあるのですか?」
「役立たずの代官のクビが切れません。物理的に切るのではなくポストから外すだけですけど」
「王家直轄地の代官、大幅に刷新されましたな。痛快でございました。お陰様で私の弟子の多くが代官になりました。ありがとうございます」
「優秀な方に代官になって頂いた結果ですから、お礼には及びません」




