フツ国王
バステーユ離宮の窓から入った。警戒はまったくされていない。国王と王妃がいるのにこの警備の緩さは何だろう。
「すみません、国王陛下と王妃様にお会いしたいのですが」と通りかかった侍女さんにお願いしてみた。
「あなた様はどちら様でしょうか?」
「ユータリア王妃、エマと申します」と答えると侍女さんがフリーズした。約二分後再起動した。
「少々お待ちください」と言って走り出した。王宮内を走ると後々怒られるのではとちょっとだけ心配になった。
「お待たせいたしました。国王陛下がお会いするとのことです」私は侍女さんの後をついて行った。さほど大きくない部屋に通されると、国王陛下と王妃様が並んで座っておられた。
「ユータリアの王妃殿が、私にどのようなご用か?」
「国王陛下、突然の来訪申し訳ありません。私はユータリア王妃エマと申します。お会いできて光栄に存じます。時間がありません。失礼します。これは平民派の代表フランソワから預かった手紙でございます」
私はフランソワさんからの手紙を国王陛下に渡した。
「ほう、ユータリアに亡命せよと言ってきたのかと思ったが、レオンのところに行けば多少長生きができるそうだ。王妃どうする」
「そうですね。このままここにいると貴族派に担がれてしまいますから、レオンさんのところに行ってみてはいかがでしょう。陛下」
「王妃が良いのであれば、私も異存はない。とはいえ私たちはエマ殿と違って空は飛べませんし、離宮の周辺は貴族派の兵士に囲まれていますが」
「ドラゴンの背に乗っていただきます。座り心地が悪いのはご勘弁くださいませ」
「王妃よ、ドラゴンに乗せてくれるそうだ。生まれてきた良かった。我が人生に悔いはない」
「陛下、大袈裟ですよ」ほのぼのとした夫婦だ。うちの親とは大違い。
「ドラゴンの背に乗って見る我が国は素晴らしい。無益な戦闘で荒らしてはいかん」
「すべてが黄金色ですね。陛下」
麦が実って眼下はすべて黄金色に染まっていた。
「陛下、なぜフツ国はこんなに小麦が実っているのでしょうか? 旱魃の影響は?」
「この国は農業国ゆえ、幾度となく旱魃を経験しその度乗り越えてきた。少々の旱魃ではびくともしない。そうは言っても今回の旱魃は想像を超えていたがな。収穫が三割減ったよ」
「オクレールのお陰だよ。内戦は最小限で避けられている。そしてエマ王妃のお陰で隣国が攻め込んで来なかった。すべてオクレールのお陰だね」
「オクレール伯爵は残念なことでした」
「冥府に行ったらお礼を言うつもりだ」
「陛下、オクレール様の前で跪いた方が良いのでしょうか?」
「それはいかん。オクレールが逃げ出すから、奴は気が小さい」と国王と王妃が笑っている。素敵な夫婦だ。
「レオン将軍の軍団が見えました。下に降ります」私は国王と王妃にそう言うと軍団の中央にドラちゃんを旋回させながら降下し、兵士がドラちゃんの降下地点から離れるようにして地面に降りた。
「レオン将軍はいらっしゃいますか? 革命軍総司令官フランソワ様から辞令を預かって参りました」
「私がレオンだ。君は誰かね?」
「私はフランソワ様の使者です」
「君、外国人だよね。訛りがあるもの。私は耳だけは良いんだよ。名前と年齢を教えてほしいのだがね」
「私はエマ・フォン・バイエルンと申します、年齢は十二歳になります」
「フォン・バイエルン、知らないなあ」
「ネー、知っているかい」
「将軍、存じませんが、そのエマと名乗る者の後ろにいる者は知っております」
「国王陛下と王妃様なのは言われなくてもわかる」
「エマ殿、お願いがある。私もそのドラゴンというのか? 乗ってみたい」
「将軍、子どもみたいなことをこんな時に言うものではありません」
「ネー、チャンスは二度はない、覚えていて損はない言葉だよ」とニコニコしてレオン将軍が私に近づいてきた。国王陛下を見ると乗せてあげたらって目をしてる。
「レオン将軍、かなり高いところまで飛びますが大丈夫ですか?」
「私は高いところが大好きなんだよ」この警戒心のなさはなんなんだ。
レオン将軍を乗せてドラちゃんは舞い上がった。
「空から地上を見ると、地形がはっきりわかって作戦を立てるのに役に立つ。なんとか空に上がる手段はないのもか?」
「エマ王妃、プロシ国境付近まで行ってほしい」
「承知しました」うん、エマ王妃って呼ばれたよね。
「レオン将軍、私のことをご存知でしたか?」
「私は、プロシ国境付近でいつもエマ王妃を眺めていたからな」




