王宮晩餐会その4
モーゼル伯爵が失脚し、ウインザー侯爵の金山が取り上げられると、借用証を私に握られた貴族が、手のひら返しで王妃主催の夕食会に出席するとの申し出が相次いだ。ウエルテルがウンザリしている。
「エマ、こいつら夕食会に来ても役に立たないと思うけれど」
「ヒノモトのことわざに枯れ木も山の賑わいってことわざがあるの。賑やかで良いじゃないの」
「出席の条件に支払いの猶予って言っている貴族はどうする?」
「条件付きは来なくて良いわ、そうね、招待状の代わりに期日がきても支払いがない場合は担保を売却するっていう手紙を送ってあげてください」
「夕食会の方はどうなっているのかしら?」
「王宮の料理人にはメイ国の人間にはユータリアの貴族料理は合わないという理由で休んでもらったよ」
「聖女国でそれなりに美味しいという食堂の料理人を集めたけど、大丈夫なの?」
「大丈夫らしいわよ。庶民が喜ぶ料理の方がメイの人の口には合うそうよ」
「お酒も強いお酒が良いそうだから、ゆきちゃん愛飲の龍殺しが何本かほしいの。ドワーフ王国から送ってもらって」
「荒れる夕食会の予感がするな」ウエルテルの表情が曇った。
私が主催だもの平穏無事に終わるわけがないじゃないか。
「メイ国の皆様とこうして夕食を共にできたことを心から嬉しく思います。メイ国とユータリアとの友好関係が末長く続くことを願っています」
「トース」というペルセル提督の合図で食事が始まった。
メイ国の皆さんの口に合ったようで凄まじい勢いで肉料理が消えて行く。ユータリアの貴族には味が濃いようでほとんど食事が進んでいなかった。こうなるよね。二人の例外を除いて、一人はクランツ王子、優雅にバクバク食べている。もう一人はなぜかゆきちゃんがここに来ている。軍服姿で私の軍団の副官という名目で参加している。
ゆきちゃん、あなたは王領直轄地で医療活動をしているはずなのに、どうしてここに居るの?
王城内の訓練場ではメイの海兵と近衛師団の皆さんでなぜか拳で語り合っている。お酒を呑んでんで殴り合って、倒れて、お酒を呑んでまた殴り合ってと賑やかだ。晩餐会というよりお祭りだね。
「なぜ、こんなに肉が美味いのか? ユータリアの料理は全般的に薄味なのに?」
「王妃様、わざとこれまでの食事を薄味にして、我々を晩餐会で驚かそうとしたのですかな」
「ユータリアの料理の薄味が多いですが、こういう味付けもできますということですわ」
「我々の好みも調査済みということですな」
「それにしても、この酒は美味いのですが、呑むと倒れるのがわかる。私は呑みたいのに後に挨拶があるので呑めない。これは私に対する拷問ですかな」
「龍殺しがお気に召したようで嬉しく思います」
「情け無いことに、私の部下が数人倒れてしまい申し訳ございません」
「それにしてもあの将校は酒が強いですな」
「クランツ王子とゆきちゃんが楽しそうに龍殺しを抱えて呑んでいる。その周囲にはメイ国の将校が二人に負けまいと呑んでは潰されていた」
庶民の酒場と同じ雰囲気になってきている。貴族の皆さんは龍殺しの臭いだけで酔ってしまって寝ている人がちらほらいる。
良かった王家主催の本格的な晩餐会をしなくて。二時間でお開きにしないと明日まで続きそうだ。
寝ている人たちは運び出して、ペルセル提督に締めの言葉をもらって、けが人は多数でたけど無事夕食会を終えることができた。グレイ君、ウエルテル、お疲れ様でした。
「クランツ師団長、訓練場を見てこられてはいかがですか? 拳での語らいが気になります」
「エマ、この副官を俺にくれ!」
「俺の酒の相手ができる奴はこいつしかいない!」
「お断りします。私の副官をクランツ近衛師団長といえども譲れません」
「いつものように颯爽と訓練場に行ってくださいませ」
「俺は初めて酒が足にきたという感覚を味わっている。おい、お前肩を貸せ」と言ってクランツ師団長は千鳥足で訓練場に向かった。
「ゆきちゃん、あなたはどうしてここにいるわけですか?」
「エマさんが龍殺しを買占めたからですよ!」
「まさか、あなた龍殺しを呑むためにここに来たの?」
「そうですよ。酷いじゃないですか? 買占めするなんて、ミーアさんに龍殺しを送ってほしいてお願いしたらですよ、すべて王都に送ったていうじゃないですか!」
「私の生き甲斐なのに」
ゆきちゃんってアンデッドなので生き甲斐という表現は少し違うかもとふと思ってしまった。
「ゆきちゃん、どうやってここまで来たのか?」
「三日三晩走り続けてですけど。それがどうかしましたか?」
「ゆきちゃん、他の人に同じ質問をされたら馬で来ましたって答えてね。私の一生のお願い」
「よくわかりませんが、エマさんの一生のお願いならそうしますよ、その代わり龍殺し一本はくださいね」
「承知しました。一本とは言わず三本はあげるから、しばらくは私の副官として側にいてください」
「エマさん、気前が良いので大好きです。承知しました」




