モーゼル伯爵
「祖法は守らず、自らが法とは大きく出たものだ」
「あなたも、名も名乗らず勝手な物言いで良い度胸ですね」
「バイエルンの小娘、思い上がるな!」
王妃をバイエルンの小娘って言ったら、お家断絶ですけど。お付きの人たちの顔から血の気が引いているよ。おじいさん。
「あなたに何がおできになって」
「ワシは正しいことを言っている。ユータリアすべての貴族がワシに賛同する」
しないと思う。バイエルンと大聖女国とホーエル・バッハと一戦を交えようと考える貴族はおじいさんを除いていないから。
「モーゼル伯爵、王妃への不敬な発言は聞かなかったことにする。王宮晩餐会は行う」
「クランツ王子、それはなりません!」
クランツ、聞いたことにしてモーゼル伯爵さんを王宮晩餐会が終わるまで、牢に放り込んで置いた方が安全だと思うよ。
「許さん! 絶対にワシは許さんからな!」と言いながらモーゼル伯爵さんは行ってしまった。
「クランツ近衛師団長、モーゼル伯爵に見張りをつけてください」
「モーゼルにはすでに見張りはつけている。モーゼルに賛同している貴族にもな」
「モーゼルは私兵を集めているので、近衛師団と一戦するかもな。楽しみだ」
この脳筋! 一戦する前にその計画を潰せよ!
「外交上、王宮晩餐会中の戦闘は極めてマズいことになります。クランツ近衛師団長ご理解願います」
「王宮晩餐会前に一戦なら良いか?」
ダメだって。
「メイ国の使者が帰国するまで、トラブルがないようにしてくださいね」
「面白くないな」
ウイル、早く元気になって。私がウイルの治療をしようかしら。
「これまでだと、モーゼルの保守派とウインザーの改革派が話し合いでユータリアの方針を決めてきた。晩餐会で例えると、モーゼルは王宮晩餐会には反対、ウインザー侯爵は別に開催しても問題なしと主張する。最後は国王が裁断を下すのが慣例になっていた。実際はモーゼルとウインザーが談合をして落とし所を見つけたことを発表しているだけだがな」
「今回はモーゼルのじいさんが頑強に反対しそこでウインザーは王宮外での晩餐会ということで終わるはずだったが、王妃の反対で落とし所がなくなって、じいさんたちは弱っている」
モーゼルとウインザーで政治をする時代は終わったことを示す好機かも。国王親政の形にするの。モーゼルとウインザーの談合で政治を進めるのではなく、国王が直接政治を行わないと、おじいさんたちではこの国難は乗り切れない。
「いまさらだが、エマ、お前の隣に立っている、見慣れないジジイは誰だ? エマの相談役とか言っていたような気がするが」
賢者様をジジイって呼ぶのは勘弁してほしい。賢者様は面白がっているから良いのだけれど。
「その通りです。私の政治の相談役です」
「近衛師団長閣下、レヴィと申します。私は、王妃様の政治の相談役ではなく単なる話し相手でございます」
「このガキはウイルと違って政治のセンスがないので助けてやってくれ」というと颯爽とクランツは去って行った。
「クランツ王子が国王なら面白い政治ができるかもしれませんね。英雄の気風が見えます」
「賢者様、クランツ王子は闘いのこと以外何も考えていないので、王家はすぐにほろびますよ」
「そうでしょうか? あの方は人の能力を正しく見極める目があると思いました」
私には脳筋の戦闘馬鹿にしか見えないのだけれど。
「王宮晩餐会についてはグレイとウエルテルとも話しをしたいのですが、賢者様も同席をお願いします」
「承知しましたが、グレイ殿、ウエルテル殿に晩餐会についてはすべて任せてしまい、エマ様はモーゼル伯爵とウインザー侯爵について調べた方が良いと思います。今まで権力の中枢にいた者たちですから、外されれば当然反撃してきますので。モーゼル伯爵も言っていたではありませんか。すべての貴族がモーゼル伯爵に賛同するとね」
調べるといっても私には使い魔以外の手足がないのだけれど。
「調べるのですか? 私はそういうのは素人なのでグレイに任せたいのですが?」
「エマ様はウエルテルの父、メンゲレ男爵ともお知り合いだったかと思いますが」
「メンゲレ男爵に依頼ですか?」
「はい、ユータリアの裏の貴族社会をあの者は熟知しておりますから」
メンゲレ男爵自身が裏社会の人だしね。
「賢者様、ありがとうございます。メンゲレ男爵に連絡してみます」
メンゲレ男爵も最近、ウエルテルとヴィクターが開発した日常生活用魔道具販売会社のトップとして忙しいらしいし、裏社会に戻るのはイヤかも。ウイルを暗殺しようとした人は販売部長になったそうだし。




