誘拐者たち
「お嬢様、もしかして名のある魔女様でしたか! 申し訳ありませんでした。金貨はお返ししますので見逃してください」
「今日一日、ウエストランドを案内してくださいませ」
「見逃してはもらえませんか。そうですか。それでは契約通りにいたします」
「みなさんと魔女の契約を交わしておきたいと思います。約束を破られると困りますから」
「お二人は私の護衛として、あなたは御者兼案内人として、そうですね約束を破るとみなさんが犬になることにしておきました」
「俺、犬より猫の方が好きです」目覚めた男の人が緊張感なくポツリと言う。
「お前、人間をやめて猫になるのかよ」
「俺、猫になりたい、自由だもの」
「お前は詩人かよ」この二人のボケとツッコミは面白い。さすが西の国の人は一般人でも、お笑いのセンスが高い。
「すみません、この魔法の紙って高いので書き直しができません。ここに署名または血判をお願いします」
三人が血判を捺すと魔法契約が成立し契約書は燃えた。ちなみにこの契約は期限を設定していないので無期限になっている。契約する時は十分注意をしないと大変なことになる。
「ところで、お嬢様は何をご覧になりたいのでしょうか?」
「ウエストランドの裏の顔が見たいです」
「罠にはめたつもりがお嬢様に私たちの方がはめられたわけですか」
「ウエストランドの裏の顔を見ると生命がいくつあっても足りませんが、お嬢様が死ぬと私たちはどうなるのでしょう」
「護衛に失敗したのですから、犬になります。術者が死んでいるので死ぬまで犬のままです」
「お前たち、何がなんでもお嬢様を守れよ!」
「俺、犬にはなりたくない、猫が寄ってこなくなるのは寂しいから」
人を見かけで判断してはいけない、このゴツい人って詩人かもしれない。あるいは心底猫が好きなんだろう。私と気が合いそうだ。
「ここが奴隷売買の市場です。規則で仮面を付けることになっています」
「奴隷を買う人なんているのですね」
「今は難民がたくさんいますから、格安です」
「売られた奴隷はどんな仕事をするのですか?」
「魔族に食べられるので、仕事はせずに食べさせられて太らさせるだけですよ」
「最近、頭の良い魔族が奴隷に畑とかやらせて、それを金貨の替わりに作物で支払うので、食料事情はよくなりました。魔族さまさまです」
「ウエストランドの住民でも一度仕事を失うと次の仕事は簡単には見つけられずで、運が良ければ奴隷を売る側、運が悪ければ奴隷にされます」
「あなたは運が良かった方ですね」
「私は小さな会社で経理をしていまして、色々とあって金が必要になって会社の金を横領してそれがバレてこの世界に入りました。人も殺しましたし、この世界ではそれなりの立場に立っていたのですが」
「私を誘拐してしくじったわけですね?」
「はい、しくじりました。血判を捺した直後にあの契約書には期限がついてなかったことに気付きました。元経理をしていたので、契約書には十分注意をしていたのですが、お嬢様にはかないません」
「今のウエストランドの特産品は人間です。人間を輸出して利益を出していましたが、ここまで奴隷が多くなると、経費ばかりかかって利益がほとんど出ない。人間なので飲み食いさせないと死ぬので、確実な販売ルートがない業者は廃業してます」
ウエストランドの景気が良いのは奴隷貿易で金貨を稼ぐあるいは食料を輸入できるからか。昔のウエストランドは宝石の加工とか工芸品が主な輸出品だったけど。
「宝石とか工芸品の輸出はどうですか?」
「あれはお隣の国向けでしたからね。お隣の国が傾いているのでまったく売れません」
ナイフで私を脅した男の人が私たちから距離を取り出した。で、私たちの進行方向とは逆方向に走り出した。途中からまさに犬って感じで走って逃げた。
「お嬢様、逃げましたね」
「犬になって」
「戻ってくるでしょうか?」
「犬として生きてもアイツにとってはそう変わらないかもです。心配する必要はないと思います。お嬢様」
「お嬢様、俺が犬になっても 猫にできますか?」
「まあ、できますけど」
「俺、頑張って働くので、もし犬になったら猫に変えてください」
この人たちって仲間意識がないのか? 二人とも心配していないし。ガタイの良い人の発想は斜め上の発想だし。理解できない。しばらくすると一頭の中型犬が戻ってきた。
柱を見つけるたびにマーキングをするのだけど、やりたくないのにやってしまうみたいな表情をするので、少しだけ気の毒にはなった。これから彼のことはドックと呼ぼう。




