エマの夢
「私が夢のすべてを諦めると、みんなが幸せになる」
「エマが幸せにならないと幸せだと思わない人もいるから、もしかしたらエマの周囲の人たちは誰も幸せにならないかな」
「エマが知らない人たちは幸せになる、来年の旱魃で亡くなる人はかなり減るのは確かだから」
「エマが王妃になるのはたぶん無理だと思うけど。エマが王妃にならないと餓死者は減らないから、今の王妃が妃に落ちてから考えても良いと思うよ」
「エミル君は私のことをどう思っているのですか?」
「エマは僕のお友だちで、王妃になっても自分の夢は決して諦めない子だと思っているけど」
「私は王妃なろうが女王になろうが、私の夢は諦めません」
「国王から妃になれと言って来たら断れば良い。公爵家の娘が妃になった例はないと言えば彼らは何とも返事ができない。彼らは過去しか見ないからね」
「王家には多くの餓死者を出さない手段を持っている。それを生かすかどうかは王妃次第だ」
「国王陛下ではなく王妃様ですか?」
「今の国王は傍系の王族だからね。前の国王には子どもがいなかった。でも前国王には姉がいてその姉には一人娘がいた。それが今の王妃。今の国王は王位継承権は最下位だったのに、継承権上位の王族がみんな不審死を遂げたので、国王になった。バイエルン家が一番活躍した時代だね」
「エミル君、王妃様は妃になると思いますか?」
「民を救いたいという人であれば妃に降りるだろうね」
政治の話はわからないけど、王妃様が民を思う気持ちがあれば応えるしかないと、私も覚悟を決めようと思う。
「エマ、もう一度第一の舞を舞ってみて、そして中心がブレなければ第二の舞につなげて」
「お稽古はさっき終わったのでは?」
「気になるところを思い出したので、もう一度舞って!」
エミル君は鬼だ。芸術の鬼だ!
私はふらふらになってアカデメイアに戻った。ゆきちゃんにお風呂に入れてもらった記憶はあるけど、その後の記憶はまったくない。
朝、「おはよう、エマ、走り込みの時間だ」という声で起きた。以来、毎日その声で起こされるようになった。これが神罰ってやつだろうか? 無視したらどうなるのかやってみたい気がするけど、お稽古がさらに厳しくなる未来しか見えない。
ゆきちゃんも一緒に走ってくれている。一人で走るより二人で走る方が楽しい。走りながらアカデメイアの人たちの顔色を見る。みんな顔色が悪い。
「日に日に街の人の顔色が悪くなってきてますね。クルト診療所へ子どもから大人まで診察できないくらい、患者さんがやって来てます。なのにまったく儲からないのが不思議です」
「空き地があちこちあるのだからぜんぶ畑にすれば良いのにって思います」
「法律でこの街には畑を作ってはいけないそうよ」
「聖女様は国王陛下よりも権威があるのですから、聖女様の名において法律を出しましょう」
「みなさんが救われます。悪法は廃止すべきです」
「ゆきちゃん、私にこの街を私の領地にしろって言っているのだけれど」
「もっとも現実的な提案だと思います。エマさんと私とで国王の軍を蹴散らせば、問題ありません」
「クルト先生が言ってました。あと一月でこの街は病人の街になるって、一月後はみんな病気で畑なんか作れなくなります」
王家から私に命令書が届いた。私を「夫人」に任ずるので医学部をすぐに退学して王宮に入れと。妃ではなくさらにその下の夫人ですか。三百年前に貴族の娘が夫人で王宮に召し上げられた例があったそうだ。
王家が見ているのは三百年前の過去だった。私はミーアさんにアカデメイアに向けて第一、第二軍団を派兵するように極秘の手紙を出した。
大聖女国は王家と一戦を交えることに決めた。ハンニバルから、私に自重するようにとの手紙がきたけど、返事はノーだ。民を救う手立てがあるのにそれを手放す王家がこの国に存在する価値はない。
ハンニバルから、勝手に王家と戦争を始めたので、バイエルン家は中立の立場を堅持すると言ってきた。それで十分だ。
王家の部隊数千名が私たちを捕縛しようとやってきたけど、私は兵士のエーテルを抜いて街の人たちにあげた。ゆきちゃんは兵士をブン投げた。一時間もかからずに片付いた。
私は医学部のバルコニー立ってアカデメイアは大聖女国に編入したことを宣言し、地主の許可なしでも、空き地に畑を作ることを許可した。




