クルトさんの手術
この男の子はおそらく生まれつき心臓に疾患をもっている。心臓の弁だろうか? 心臓自体が弱っていたらすぐに開けた胸を縫合するしかない。こればかりは開けてみないとわからない。
薬草を煎じて麻酔をかけたいのだが、子どもなので加減がわからない。大人と同じ分量だとおそらく、効きすぎて意識が戻らないだろうし、少な過ぎると手術の途中に目覚めてしまうし、難しい。
クルトさんはこの手術は時間との戦いだと言う。手術中は血流を止めないといけないから。これも厄介だ。三十分が限界。私はこっそり脳には血流を循環させている。それでも一時間だろうか?
ゆきちゃんが張り切っている。ちゃんとした看護師の仕事ができるから。畑の小屋は徹底的に消毒をした。
手術の準備はできたけど。子どもの心臓の手術は誰もやったことがない。亡くなった子どもの心臓を取り出すことはあった。小さいので難しい。とくに縫合をして元に戻すのが時間が掛かる。
クルトさんが、心臓の弁の形を整形して私が心臓を縫合する。それも短時間で。私たちの集中力が試される。
胸を開けた、心臓の弁の異常だった。クルトさんはまさに神技のように短時間で心臓の弁の形を変えた。ゆきちゃんは止血している。急がないと全身に血液が循環しないので、各臓器に不具合が出る。私は必死に縫合した。ゆきちゃんが止血を解除した。心臓はどうだろう。
動いている。いける!
ゆっくり、小屋から下宿の私のベッドに寝かせた。麻酔の量が心配だ。手術は成功したけど、麻酔で意識が戻らないと最悪だもの。
お姉さんと大家さんは神に祈りを捧げていた。
「クルトさん、心臓の手術慣れてますね」
「僕の専門は言ってなかった? 心臓外科だって」
「心臓外科なんてやる医者はいませんよ。生存率が低すぎます」
「エマ君となら、かなり上げられると思うけどね。心臓は時間が掛けられない割に細かい手術が多いから」
「僕の妹も生まれつき心臓に疾患があった。僕はそれを治したくて医者になった。間に合わなかったけど」
「クルト医院は心臓外科専門病院にするつもりですか?」
「僕はね、小児科病院にするつもりだよ」
「多くの子どもの生命を僕は救いたい」
「クルトさんは医者として尊敬されこそすれ、悪評は立つはずがないと思うのですが」
「それは大人のどうでも良いお金持ちの手術とかは忘れることが多かったからかも。興味がないことはすぐに忘れてしまう。僕の悪い癖だ」
子どもの病気はよくわかってないことが多いのと、薬の処方がここの子どもによって変えた方が良いので、薬師も大変だと思う。小児科専門の薬師って聞いたことがない。私も子どもに薬を投与する時は慎重の上にも慎重になる。
「子ども専門の薬師さんているのですか? たぶんいないのでは。かなり経験を積んだ人でないと、クルトさんの医院は病院になる前に潰れちゃいます」
「僕の将来の妻は薬師としての腕前は超一流だから心配ないし、彼女がしくじるより僕がしくじって医院を潰すかもしれない」
「私、クルトさんの将来の妻さんに会ってみたいです」
「その内会ってもらうつもりさ」
薬について学びたい。
「エマさん、男の子が目を覚ましました」と嬉しそうに言いながらゆきちゃんが走って来た。
麻酔の加減は丁度良かったのか。本当に不安だった。
クルトさんが男の子脈を取った。今のところは上手く行っていると思う。でも、子どもの病気は急変するので安心はできない。
「お姉さん、弟さんをしばらくここで預らしてほしい」
「傷口がもし開いたらすぐに処置したいので」
「聖女様が奇跡で弟を生き返らせたのではないのですか?」
「私には死者を蘇らせる力はありません、あれは医学部の教授がその前に色々やって、私が祈ったら生き返っただけです」
「弟さんは重い心臓の病に罹っていました。その状態で生き返ったとしても早晩亡くなるのは間違いありません」
「心臓の手術は上手く行きましたが、手術中全身の血液の流れを止めたので後遺症が残ると思います」
「私たちはその後遺症を軽くしたいと思っています」
「どうして私たちを助けてくれるのですか? そんなお医者様は今までいらっしゃいませんでした」
「そうですね、クルトさんも私も変わり者だからだと思います」




