海水を真水に変える実験工場
海水はホーエル・バッハの協力で密輸できることになった。魚介類の密輸と一緒に運ばれて来る。受け渡し地点はグラシムの街になった。あの街は大聖女信仰が強くて私に協力的だったから。
海水の手配はできた。実験工場を横に広げるのではなく上に伸ばせないかとダイキチさんが提案し、ダイキチさん自ら設計図を描いた。立方体を積み上げた工場だった。
縦横上下二十五センチのガラス製の立方体を組み合わせる。立方体にはあらかじめ穴を空けておく。立方体の中に養殖したスライムを入れる。入れ終わったら注入用の管から海水を入れる。七日経ったら栓を開いて真水を取り出すという実験工場をダイキチさんは設計した。
各立方体に空けた穴からスライムが移動しないかが問題だったが、穴の直結をスライムの大きさの半分にし、穴の位置は左端にしたところたらスライムはその穴に入る事はなかった。
私とダイキチさんは来年の旱魃に備えて真水工場の建設を急いだ。
大聖女国では、ヒエ、アワを大量に栽培したので飢饉にはならず餓死者も出なかった。バイエルンでも父上の乾燥に強い小麦が旱魃に負けなかったので、こちらもなんとか飢饉は免れている。。ホーエル・バッハも小麦ではなくヒエ、アワの栽培に努めたのでこちらも飢饉は避けられた。
問題はそれ以外の領で、例年通りの小麦を栽培した農家の小麦は全滅し、各地の領主は、備蓄食糧を王家に放出するように要請してきたが、王家の何者かによって備蓄食糧が横流しされておりほとんど備蓄食糧が王家にはなかった。
王家直轄地、王家派閥、中間派の貴族の領地では多数の餓死者が出ていた。また国境が封鎖されているのに、バイエルンと大聖女国に侵入しようとする者が後を絶たなかった。
大聖女国では入国は拒否したものの、テントと一日一食ではあるけれども食糧を配給し、水については特段の制限は設けなかった。難民テント近くには数多くの井戸が掘ってあったのと、私は三日に一度雨乞いの舞を舞ったから。
ミーアさんが頭を抱えていた。
「ミーアさん、体調が悪いの?」
「体調はこれから悪くなると思います。難民の増加が予想以上です。食糧の配給を二日に一回にしないと足りません」
「他領の無策の皺寄せが大聖女国に来ている。
「種芋はどう」
「どうもこうも植えずにすぐ食べてしまいます。難民を統率する人がいません」
「難民側の窓口がないと交渉も無理か」
「難民側に大聖女国に力ずくで侵入しようと煽る者は多いのですが」
私は灰色熊軍団を率いて難民テントの前に来ている。
「力でずくで大聖女国に入る者は、今ここで灰色熊軍団に挑んでくださいませ」
「脅しだ。相手は聖女だ!」みんなを煽っている割には自分は逃げる体制に入っている。誰が逃すものか。風魔法で灰色熊の正面に押し出した。途端に「お許しください、私は上の者に命令されただけでございます」と命乞いが始まった。
面倒くさいので空間に穴を開けて幻想の森へと放り込んだ。
「ウギャー。魔物だ喰われる! 誰か助けて」って叫んでいる声を拡大して難民に聞かせた。
「あんた、大聖女ではなく悪魔か?」とガタイの良い男が私に向かってやって来た。
「あなたがあの男の人の上の人かしら」
「そうかしれないし、違うかもしれない、俺たちは死を恐れない。このままだといずれ死ぬからな」
「そうかしら。自分の頭を振り絞って考えて考え抜いてからその言葉は言ってくださるかしら」
「大聖女国なら慈悲深いので助けてくれると思ったのかしら。私が、守る者はあなたたちではないから。私が守るのは大聖女国の国民だけなの。力尽くで大聖女国に押しかけてもみんな、深い穴に落ちて死ぬだけなのよ」
「試してみると良いわよ」
「待て、悪魔!」
「何かしら?」
「俺たちは大聖女国には突入しない。神に誓う。だから悪魔、難民を見捨てないでくれ」
「悪魔にものを頼む時の代償は何かしら」
「俺の命とまだ生きていたら穴に放り込まれた弟の命で勘弁してくれ」
この人使えるかも。
「そう、だったらあなた、私の代理人になってもらうわね。文句はないよね」
「承知した。俺はあんたの代理人になる」
穴に放り込んだ男を灰色熊さんにお願いして引っ張り出した。植物系の魔物に捕らえられて養分になる寸前だった。
「私の代理人さんのお名前はなんと言うのかしら」
「俺はゴメスと呼ばれている、自分で付けた名前で本当の名前はわからない」
「そう、ゴメスさんに依頼します。難民さんの代表者を選んでくださいね。ゴメスさんと弟さんは私の代理人なので、難民代表者には成れません」
「承知した、ところであんたは悪魔か聖女かどっちなんだ」
「私は聖女よりも悪魔って呼ばれる方が気が楽です」
「あんた、変わっているな」
「そうね」




