ホーエル・バッハ対王家とエマの大学生活
バイエルンにも王家がホーエル・バッハに侵攻する情報を伝えた。王家から内々にバイエルンの兵を出せと言ってきているが、バイエルン領内で謎の部隊が暴れている(ハンニバルの部隊)ことを理由に断っているそうだ。結果分家から兵を出すことでお茶を濁したらしい。
ミーアさんからも王家から派兵要請が来と連絡が入った。うちの場合は、出陣の際、予定通りフス領の旗で進軍し、ホーエル・バッハ軍と合流した時点でフス領の旗から別に用意しておいたホーエル・バッハの旗に変える手筈になっている。
国中がバタバタしているけれども、大学での私の生活はとっても平和だったりする。同級生からは相変わらず距離を置かれている。
人体解剖の試験に合格してからは、先輩方からは気に入られてしまい、研究会に出席するように言われていくつかの研究会に出入りさせてもらっている。
移動はゆきちゃんに抱えられて移動している。見た目はかなり格好悪いのだけど、大学でのゆきちゃんの仕事になっているのと、思っていた以上に研究会室と研究会室の距離が離れているから私の歩く速さでは開始時間に間に合わない。
魔法がそこそこ使える学生主従は身体強化で飛ぶように移動しているが、そうでない学生主従は部屋に着いた時点で息切れを起こしてしばらく動けないし、話せない。
講義では教えてもらえない最新の研究を惜しげもなく先輩たちは披露してくれる。
妖精さんが出て来ないのですがって尋ねたら、先輩が苦い顔になって試験では書いても良い。しかしそのメルヘンは忘れるようにと親切に教えてくれた。
講義をしている教授も教科書に書いてあるので講義しているだけで、あの教授は本当は凄い教授なのだそうだ。メルヘン話で誤解しないでほしいとも言われた。生活がかかっているから、教授も大変だね。
学部長に呼び出された。
「入学早々悪いのだけど、グラシムという街に行ってもらえないだろうか? お願いのように言ってはいるけど、第一王子からの命令なので拒否すれば反逆罪だそうだ」
「私がそのグラシムという街に行って何をすれば良いのでしょうか?」
「極秘事項らしいが既に学生の間で噂になっているのでエマも知っていると思うが、王家連合軍がホーエル・バッハに攻めこむ、グラシムには野戦病院が置かれる。エマはそこを手伝うことになっている」
「私はあくまでもお手伝いですよね」
「野戦病院なのでなんでもありのお手伝いだと思ってほしい」
「君の外科医としての腕前は聞いている、傷口の縫合とか頑張ってほしい」
「君以外にも教授が数人と上級生が十人ほど行く予定になっている」
「内乱が終わったばかりなのにねえ」
「私もそう思います」
私の聞いた話だと第五王子は内乱の傷が癒えてから反逆したホーエル・バッハを討伐するようにと国王に進言した。けれども第一王子はホーエル・バッハに時間を与えると王家が不利になるので即座に討伐すべきと主張したらしい。
主戦派は声が大きいから国王も主戦派の意見を採用したらしい。しかし主力軍はバイエルンの兵士っておかしくないか?
王家としてはデカい顔をしているバイエルン家の力を削ぎたいのはわかるけど、王家直轄の軍が弱兵のままだと、いつかはバイエルン家かホーエル・バッハ家に潰されるだけだと考えないのか。
私は第五王子の意見に賛成だよ。先ずは足元を固めないと天界との繋がりが切れた今の王家に従う貴族はいない。
「グラシムには命令なので行きますけど、医療資材とかは大丈夫ですか? 授業でもあれがない、これがないで、実習ができない講義が多いのですが」
「もちろん医療資材はない。こっちで用意して持って行くようにと言われている。資材もなければ薬もない。本当に笑うしかないよ」
「承知しました。手持ちの医療資材と薬を持ってグラシムに行きます」
はっきり言ってやる王家は大馬鹿だと。
「ゆきちゃん、グラシムという街に今うちにある医療資材と薬を全部持って行くので用意をお願いします」
「エマちゃん本当に戦争になるの?」
「はい、大家さん。今は秘密ですから他言無用でお願いします」
「わかったわ。それでいつ帰ってくるのかしら」
「それはわかりませんが、下宿代はローレンス弁護士が毎月支払いますので心配しないでください」
「うちの下宿人さんが二人とも戦地に行くとは思ってもみなかったわ」
もう一人の会ったことのない下宿人さんもグラシムに行くのか。




