龍の巣穴で龍と遭遇
「ミカサお姉様、今地響きがしましたけど」
「マズい。龍が戻って来た。いつもは夕暮れにしか戻って来ないのに」
「エマ、その岩陰に隠れるぞ」
私たちは岩陰に隠れた。龍ってドラゴンだと教えられたけど、これってドラゴン? 大蛇ぽいのだけど。
やっぱり龍の体臭だ。鼻が曲がる。龍が息をするたびに呼吸が苦しくなる。ここから早く出たいけど、龍が出口を塞いでいる。
息苦しいそろそろ限界かもしれない。龍が目を閉じた。今だ! と駆け出したら龍の尾が目の前に。
「おかしい、龍神の香には虫除け効果もあったはず」
この臭いってお香だったんですか。龍レベルの大きさなら良い匂いなのかもしれませんが、人間にとっては毒です。人間除け効果はあります。こうなれば戦闘もやむなしです。このまま居れば窒息死確実ですから。私は龍に向き直った。
「ドラゴンさん、戦いましょうか」と余計なことを言ってしまった。さっさと攻撃したら良いのに。とは言えどう見ても私に勝ち目はないけれど、その隙にミカサだけでも逃げてほしい。
「妾はドラゴンなどと言うトカゲではない、無礼であろう」
「私の国では龍とはドラゴンと教えられております」
「龍とは古より神、厄災から人を守るものぞ」
人語を解する叡智あるドラゴンもいるという話は聞いたことはあるけれど、このドラゴンは叡智がある方だったのか、叡智あるドラゴンは自らを龍と呼んでいるみたい。
「申し訳ございません。我が国には人語を解する龍様がいませんでした」
「そなたは外国人なるや、奇妙な言葉だと思った。しかしそなたは巫女であろう」
「巫女見習いでございます」
「それは都合が良い、少し待っておれ」
いや、待ちたくはない。早くここから出たい。出してください。
龍が消えた。その代わりに「キモノ」を着た美しい女性が立っていた。
「確かに虫除け効果はあった。このサイズだと息苦しい」
臭いが消えた。息ができる。
「巫女見習い、そなたの無礼を許す代わりに、一差し舞を覚えてもらう」
龍の巣穴に来てまで舞のお稽古ですか。勘弁してほしい。承諾するほかないけど。
「それで許して頂けるなら」
私の目から涙が途切れない。龍の女性は半端ではなく厳しい。手取り足取り教えてくれる。人間の限界を超えて指を足を曲げようとしたり伸ばそうとしたりする。折れる!
「そなた、巫女見習いなのになぜそんなに音感が悪いのか!」
私、自慢ではなく歌はそこそこ歌えるし、リュートも小さい頃から練習しているので音感は良いと思っていた。
「そなたはもしかしたら音痴か?」
「一度歌ってみやれ」
「奇妙な歌だがほぼ音階はあっているが、リズムがおかしい。そなたはキチンとカウントを取っていない」
「手拍子に合わせて歌ってみやれ」
「直す余地はあるのでそなたにここへ一週間来ることを命じる」
「一週間そなたがここに来れば、こちらの娘は返すとしよう」
いつの間にかミカサが人質に取られていた。
「承知しました」
王宮に戻り事の顛末を国王陛下とお妃様に話した。
「龍神のご座所を覗きに行くとはバカ娘が、エマには申し訳ないが龍神の言う通りしてくれ」
「あの子もそろそろ、良い方と縁組させて落ち着いてもらわないと困ります。あなたが甘やかすから、あんなお転婆になってしまいました」
「あれくらいの元気がなければこの国は背負えない。まだまだ縁組は早い。ミカサは子どもだ」
「私があなたの妻になったのはミカサと同じ年齢でした。その翌年には私は母親になっていました」
「エマ、よろしく頼む」
私はそそくさと国王陛下とお妃様のお部屋から退出した。
はあ、疲れた。お茶が飲みたい。
「エマ様、お茶でございます」といつものようにディアブロさんが来てくれた。なんとなく安心する。
龍神のご座所に通っては「音痴」「リズム感ゼロ」「勝手に舞を変えるな」一生分の罵倒に近い注意を受け続けた。心が折れそう。私は死に戻りはできるけど、それ以外のチートスキルはない。
「小龍戻って来たか、この巫女見習いに舞の基本を教えてみよ」
私って舞の基本もできていないの。
「母上様、どうして私が人間にものを教えないといけないのですか。わかりました。そんな怖い顔で私を見ないでください」
小龍君の舞って流れるように舞っている。ミカサが剛の舞なら小龍君は柔の舞だ。美しい。




