幻想じじい
懐かしい感じがするが、ここがどこだか私は知らない。
湿った土の感触と、雲が作る心地よい薄暗さを確かめながら、道を歩いていく。
空気は澄んで吸いやすく、秋なのだという感じがする。季節を気にしたのは久しぶりだな。
少し歩いたようだ。肌の少し焼けた子供がどこからかやってくる。裸にヤシの葉のようなもので作ったスカートを履いている。何かの民族のようだ。
私の目をじっと見ている。『どうしたの?』そう言っても目を見たままだ。思わずはにかむと、その子は笑って僕の太ももにトントンと触って、そのまま走り去っていった。なぜか、少し嬉しい感覚が僕の足に残っていた。そうして僕は微笑みながらその子供が行った方へ向かった。
驚いた。歴史の教科書に出てくるような円錐型の家がある。そして生活する人々。彼らの一部は私を一瞥するとしていたことをやりつづけた。まるで私を当たり前に知っているかのように。
私も不思議とそこにいることに違和感はなかった。調理をする人、石を運ぶ人、水を運ぶ人、火を焚く人、私を見る目は、どれも微笑を湛えていた。そこには、静寂な人々がいた。鳥の声、木々が風に揺らされる音、人々の作業する音。『ゴッゴッ』なんの音だろう。耳をすませるとますます聞こえてくる深い音。私は自然とその方向へ向かった。
川辺に一人の少年がいる。ただひたすらに石を拾っては静かに落とす。石は少し大きい。この音か。『ゴッ』彼が私に気づいて、ちらりとこちらを見る。そうしてまた石を拾いに行く。なぜ彼はそのようなことをするのだろう。『何、それ?』彼はちらりとこちらを見ただけで、答えない。どうしてだろうか?しかし私が気に障っているような感じはしない。そのまま近くへ歩いて行くと彼はまた私を見た。そして彼の賢そうな目は私を諭すように見た。その瞬間彼が手を離す。『ゴッ』石が、私の心を響かせた。言いようのない、深い感覚が私を捉えた。彼は音楽をしているのだ。本当かどうかはわからないが、私は確かにそう感じた。きっとそうだろう。そんなことを考えているうちに、彼はまた石を落とす。なんだか嬉しく楽しくなって、石を拾ってきて落としてみた。『ゴッ』
石の音は、また心に深く響いた。少年が祝福するように笑いかける。それに笑顔を返し、次の石を拾いに行く。そういうことをしているうちに、気づけば夕方になっていた。焼けるような太陽の色と深い空の青が混ざり合って美しい。彼と一緒にそれを見つめた。
彼について行き村へ戻ると、何やらキャンプファイヤーの準備をしているようだった。そばを通ると次々に作業している人が手を止め、ハグをした。多分挨拶のようなものなのだろう。
その愛情に触れることを喜んで、ハグを重ねていった。年老いた男、筋肉質な若い男、優しそうな女性、小さな子供。そのそれぞれが私に優しく微笑みかけ、ハグをしていった。
人々が組まれた木の周りに円を作り始めたので、その中へ入れてもらうと、長老のような長い髭をたくわえた老いた男性が、日のついた棒を持ち、それで組まれた木にそっと触れた。
火は、あっという間に燃え盛った。人々は、火を静かに見つめ、喜ぶように互いを確かめ合った。火は、暖かかだった。
気づけば、夜になっていた。火、その音、木々、星、空、そして人々。その何もかもが美しかった。そして静寂だった。
それをじっくりと味わっていた。するとふと、自分が何者であるかを思い出した。
私生活していたのはこんな場所ではない。現代の、都市。そしてその科学者。それを思い出したと同時に、ここの素晴らしさを認めてしまった自分に無性に腹が立った。何を作り上げてきたのか。信じていたものはなんだったのか。私自身のアイデンティティを、ここの素晴らしさを認めてしまう自分が今にもぶち壊そうとしていた。葛藤は燃え上がった。今まで静寂で美しと思っていた火は、私の心、不安と怒り、悲しみ?よくわからない葛藤というものを映し出すように燃えていた。
すると突然地面が震えた。山は大爆発を起こした。燃え盛る噴出物はものすごいスピードでこちらに向かってくる!
今にも巻き込まれるというその瞬間、少年と目があった。その少年の目はなんと静寂だった。そして私に微笑んだ。
私はまだ暗い朝空を眺めながらお茶を飲んでいる。私の心は落ち着いていた。葛藤は夢とともに消えていった。
向き合っているものも、環境も違う。しかし私は彼らのような心を大切にして生きていこうと思った。
空はまた焼け始めている。彼を思い出す。




