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ありふれた回復アイテムにまつわるアレコレ  作者: まさひろ
第3章 薬草を売り出そう
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第8話 その名はPX

 県庁に第一報が報告され、新発見された植物(Plantae X:PX)の実在が確認すると、静かに、だが大きな混乱が起こった。既存の植物とは全く異なる植物、そしてその効果は類を見ないものだ。

 話は直ぐに県を飛び越え国に行った。事なかれ主義の前例主義がもたらした、見事なたらい回し(チームプレイ)である。


 ことの大きさを鑑み、『違法薬物が使用された』という名目で市場に出回ったPXの回収が行われた。売人の男については指名手配が行われている。更に、国の研究室だけでは解決が難しいとし、PXの研究については、官民一体の特殊プロジェクトチームが編成された。


 都庁某会議室、そこには疲れ切った顔をした人達が集まっていた。プロジェクトチームの実務者協議として招集された担当員たちだ、中には第一報を持ち込んだ製薬会社の藤田も含まれている。個人間の情報交換は行われているため、それほど話すことはない。一言でいうと、『成果なし』。この会議の成分は愚痴が半分、プロジェクト進行の言い訳が半分で構成されている。


 分からないと言うのもれっきとした検査結果だが、夏休みの自由研究ではないのでそういうわけにもいかない。上が求めているのは『PXの安全性』これにハッキリとした証明がなされたら、医学分野で日本が圧倒的上位に立つことができる。副産物として得られるものも莫大なものだ。


 だが、成分分析は遅々として進まない。唯一成果を上げているのは毒性試験だ『どんな傷だろうと塗ったら治る』、発がん性等の兆候は見られないので『直ちに健康状態に影響はないとみられる』これで済むならそうしたいところだが、大半が未知の物質で構成されたものに、そんな適当な結論を出して上が納得するはずがない。


 耳が早く腕も長い諸外国もちょっかいを出してきているとのうわさも聞く。おそらく市場に出回ったPXのいくつかは回収されていると考えた方がいいだろう。そうなると身元不明のPXの売人はすでに海外からスカウトされた後かもしれない。まぁそっち方面は警察や外務省の管轄なので関係はない。だがもし確保できたなら一発殴らせてもらった後、たっぷりと話を聞きたいところだ。


 会議は踊る、されど進まず。収集された彼らは国内でもトップレベルの技術者達だ、少なくない予算も降りており最新機器も優先的な使用許可が下りている。だが、分からない。研究が進めば進むほど、言い換えれば分からないことが増えれば増えるほど、PXはジャングルの奥地で発見された新種の植物などでなく、別の世界から持ち込まれた植物のような気がしてくる。

 

 会議の中で誰かが言った。


「漫画の中で主人公が負ったけがを治すのは簡単だ、作者が白で修正すればいい、一瞬で終わりだ。つまり、こいつは3次元世界に住む俺たちよりも高次元の世界の植物、いわゆる神様の世界の植物ってやつじゃないのか?」


 半ば冗談、半ば本気で放たれたその発言に対する反論はなく、暫しの静寂のうち会議は再開された。


 ★


 例の植物、コードネームPXはついに表舞台へと浮かび上がった。乾化成にも召集がかかり、これでタイムアップとなってしまった。


「響さん、申し訳ありませんが、この件は我々の手を離れてしまった」


 そう、もはやこれはPXと言う無双の、あるいは夢想の武器を手に、日本が世界とどう戦っていくかという話になってしまった。


「そうですね、これも僕の力不足です、申し訳ございません」


 響はそう言って頭を下げる。どうやら百戦錬磨の名探偵も、百戦百勝常勝不敗とはいか無かったようだ。


「立花さん、例の植物について、今後はどのような扱いがされるのでしょうか」


 響は弱々しくそう尋ねて来る。


「話は既に国家レベルの問題となっております、我が社にも極秘の調査以来が来ており、現在我が社きっての研究員が召集に応じ関東に行っております」


 勿論これは部外秘の話だが、今まで苦労を掛けた餞別の様なものだ。中間報告に来るたびに顔色が悪くなる彼に、立花は妙なシンパシーを抱いてしまっていた。


 口止め料込の特別報酬を無理矢理響に受け取らせ、ふたりの関係はお終いとなった。

 乾化成の独占と言う、うまい話はこれでなくなったが、PXの解明が日本を代表する天才たちの手でなされれば、この国は大きな転機を迎える事となる。

 高望みはやめて、そこらあたりで妥協していくのが大人のやり方と言う所だろう。現実世界において、たった一人で何でも解決する様な勇者の存在は夢物語なのだ。


 ★


 地下実験室はかなり立派な構造になっていた。P2やP3レベルを想定して改築が行われたのだ。2重扉に完全空調、中の空気や水はそのまま外部に漏れないように浄化されてから排出がされている。

 唯の麻薬製造工場などとは比べ物にならない立派な設備だった。


 この分なら自爆装置がついてても驚きゃしないなと、速水は益体も無い考えを巡らせる。


 だが、立派な設備とは裏腹に、そこで行っていることは並んいでるプランターに水と肥料をやって温度・湿度を調節していることだけなのだが。


 前室の窓越しに見る限りは、野菜農家の長閑なひと時と言った感じだった。

 だが、中に入れば酷い匂いが立ち込めている。蓮屋はあの洞窟の先の世界を再現してしまった。これが彼の唯一の才能なのか、むしろ彼のような人間でも再現できてしまうのか……後者の場合大きな問題だと速水は思う。


 そんな中で蓮屋は狂気に取りつかれたように薬草の調子を見ていた。

 まぁあれだけ訳分かんねぇブツだ、ラリッちまう成分が入ってても不思議じゃねぇな。昔は合法だったのが規制されて、ヤクザのシノギになってるなんて話腐るほどある。これが上手くいけばその逆のパターンになるわけだがと、速水は不気味なものを感じていた。


 ★


「おう、調子はどうだ蓮屋」


 プルプルと耳障りなコール音を暫し聞き流し、蓮屋はやれやれとため息をつきつつ受話器を取った。


「ええ、ばっちりですよ速水さん」


 ちらりと、前室の窓を見ると速水が眉をしかめて不快そうな顔をしていた。

 やはりこいつは盆暗の臆病者だ、俺の態度に腹を立てつつも何をビビっているのかこの部屋に入ってこようともしない。まぁ奴のような無粋な輩にホイホイと入られてはこの聖域が穢れてしまう。奴ら凡人が聖域に入るには外の不純物を排除するために、完全防備で侵入するのがここのルールなのだ。そう、ここは自分のための聖域なのだと、蓮屋は満ち足りた気持ちになる。


「育成条件は把握しました、いつでも量産体制にはいれます」

「あぁ、社長から若頭補佐にお前の言った条件は伝えてある。候補地の選定は終わって建築作業にかかってるからもう少しまってろ」

「そうですか、それはなによりです」


 こいつにしては仕事が早い、いや郷田さんが人並み以上の働きをしてくれたんだろうと、蓮屋は思いをはせる。

 この薬草の生育には豊富な水と肥料、そして温暖な気候が必要だ。南米だか東南アジアだかのジャングルが一番手っ取り早いんだが、あいにく海外事情には疎いんでそこは郷田さんに任せるしかない。

 蓮屋は世界中に薬草が広がっていく光景を幻視していた。


 ★


「と言うわけです、若頭補佐。傷を治す副作用か、薬草の放つ香気のせいかは分かりませんが、長く付き合うと頭がイカレちまうようです」

「そのようですね、早乙女さん。監視カメラの映像を見させて頂きましたが、よろしくはない傾向のようですね」


 早乙女はそう言って郷田との定期連絡を終えた。蓮屋には言ってないが地下実験室の最大の目玉は蓮屋自身だ。奴を検体に長期連用の際の害を調べる、地下室は奴の城じゃなく奴の檻だ。たかが一人を薬漬けにするにはやけに御大層な施設だが、そこは郷田の性格もあるのだろう。

 始めはどうやって蓮屋を地下に閉じ込めておくか悩んだが、早乙女たちの思惑をいい意味で裏切り、蓮屋は自主的に地下室にこもりっぱなしだった。しかも時折自傷行為に走り、自慢の薬草を塗りたくって悦に入っていた。


 薬草の調査については郷田の方でも行っている、と言うかそっちがメインだ。学のない闇金にはまるような馬鹿に一任するようなら、そっちの方が大間抜けだ。薬草の育成については『大変危険』とのことだ、繁殖力がとてつもなく強いらしい。

 厳重に管理をしないと爆発的に増えてしまう、ミントや笹など相手にならないほどの繁殖力だ。もしかすると、そう言ったことも危惧しての、完全隔離のあの地下室だったのかもしれない。そう言ったわけで万が一にも生体が外部に漏れないように厳重に基礎工事を行った工場を建設中とのことだ。


 組の工場では加工品の販売は行うが苗や種を持ち出すのは絶対厳禁とされた。だが、世の中に絶対はないから、いずれ漏れるのは仕方がないだろう。だが、その時までに後から来た連中が太刀打ちできない縄張りとデータをガッチリと抱えておく必要がある。

 多少のトラブルと不安材料はあるが、世の中自分の思い通りに全てが進むほど楽じゃない。『その辺も可能な限り含めつつ最短でシノギを進めています』と言った郷田を信じようと、早乙女は静かにタバコの火を消した。


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