第6話 虎穴に入るは専門業者
「貴方が、噂の探偵ですか」
「いや、正確には何でも屋です。まぁ猫探しは得意ですが」
市場に出回る謎の薬、黄金を生むその鶏を抑えようと、数々の手が蠢いていた。これはその一つの話である。
此処は日本でも、いや世界でも有数の製薬会社、乾化成の北九州支店。
街の一等地にそびえ立つそのビルの、最上階の応接間にその2人の姿はあった。
「いえいえ、貴方の活躍は聞き及んでおりますよ。表彰こそ辞退されていますが、貴方は数々の難題を解決している傑物だと」
城のぬし、支店長である立花の目の前に腰掛けるのは、何処にでもいそうな人の良さそうな好青年だ。
だが、人は見た目に寄らないとはこの事、この街で少しでもモノを知っている人の中で彼の事を知らない人は先ず潜りだろう。
彼の名は響真治。
彼の行く先にトラブルあり、だが彼に解決できないトラブルなし。そう謳われている名探偵だ。
「それで、立花様。本日のご用件は?」
響は先程渡した名刺をチラリと見ながら、立花にそう尋ねて来る。彼ほどの若さでありながら、相手が大企業の支店長だろうと物怖じしないのは彼が潜って来た修羅場によるものだろう。
「貴方も耳に挟んでいるかもしれませんが――」
他言無用とお定まりの言葉を枕とし、立花は例の薬の調査について彼に依頼を行った。
他社より先にこの名探偵を抑えることが出来たのは上々だった。彼を専属の調査員として契約しようと幾つもの会社が手を伸ばしているが、彼は組織に縛られることを良しとせず、頑なにその手を拒んでいる――勿論、乾化成もその一つだ。
立花には、響を見ていると支店長の椅子にふんぞり返っているのが矮小な事に見えてしまった。他所から見れば大成功を収めている自分だろう。だが組織と言う看板を取っ払ってしまえば、何処にでもいる唯の中年にしか他ならない。彼の様に自分一匹で世界に立ち向かえる勇者と言うガラでもない。
立花は、例の薬について、会社が所持する情報の漏らせる部分について響に話した。
響の事を信頼していない訳ではないが、信用しきっている訳でもない。彼が持ち得たデータをライバル企業に売り払う危険性を除外するわけには行かない。
「そうですか」
と、響は目の前に広げられた書類を眺めてそう呟く。その中には例の薬を売りさばいていた店主の顔も収められている。
別口の調査によると、店主の名は蓮屋と言い、何処にでもいるフリーターだそうだ。そんな彼がどのような伝手でこんな奇跡の様な品を手に入れたのかは、今の所どこもたどり着けてはいない。
それどころか、彼はヤクザと悪い意味での繋がりがあり、そこに厄介になっている可能性が高いと言う。
法整備がなされ、今や風前の灯火とも言える暴力団。
だが逆に言えば追い詰められた獣がどのような行動に出るか分からないと言う事だ。
獣の巣に手を入れるのに、自らの手を進んで出すような勇者はそう居ない。熟練のハンターの手を借りるべきなのだ。