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第5話 隠蔽工作⇔素材検査

 早乙女が本家との交渉に入っている間、事務所は大忙しであった。

 唯でさえ零細業者なのに、使えない馬鹿の相手をしなければならない。小口の客を何人か切り離し通常業務を縮小し、空いた時間で速水たちは例の洞窟の隠ぺい処理を行った。


 幸い事務所に建築の経験がある者がいたので洞窟の入り口をガチガチの鉄格子で固めることは出来た。鍵もしょぼい南京錠じゃなく。最新のディンプルキーとかいう奴で封じた。それにいかにも役所が貼ったように見える進入禁止の看板を取り付けて工作は完成した。

 言葉にすれば簡単だが、速水たちはいったい何十kgの道具を抱えて人目につかない夜中の山道を何往復したのだろうか。

どれもこれもあのバカが悪い。速水の酒とたばこの量は増える一方だった。


 蓮屋と言えば最近は事務所で缶詰だ、一時期の熱狂が収まった後、彼の話をよくよく聞けば、実績作りとやらで多量のブツをばらまいていることが問題となった。こうして元栓には鍵をかけたものの、既に市場に出回ってしまった薬草の回収は不可能だった。

 蓮屋が間抜け面をさらして町を出歩いていると、あのブツを買った奴と顔を合わせる可能性がある。それが唯の素人ならいいが、表や裏の深いところから根が張っている人間であったらどう話が転ぶか分からない。

と、言うわけで蓮屋には猿でもできる事務仕事に従事させられていた。事実上の軟禁状態である。


 だが、首輪がかりを申し付けられていた速水は危機感を募らせていた。

 蓮屋が多少は自分のやったことについて認識していると思いたいが。この状況がいつまでも続くとどんな行動に出るかわからなかった。いっそのことコンクリートに缶詰してやった方がすっきりするんだが。

 速水はそう思いつつ、日々を過ごしていた。


 ★


 まったく、俺の判断は失敗だったかもしれない。何時もだ、何時も俺の行動は周囲のクズに邪魔されてしまう。俺がこの値千金の企画を持ち込んでから2週間。一向に話が進んでる気配がない。何度聞いても交渉中の一言だ。こんな所でグズグズしてる暇なんて無いというのに。やはり盆暗社長に交渉を一任したのは間違いだった。

 蓮屋は心の奥にそんな思いを積もらせながら日々を過ごしていた。


 『渡世の仕来りが分かってない』とか言われて、つい言いくるめられてしまったが、薬草の第一人者である俺自らが交渉に向かえば、話はもっとすんなりと進んでるに決まっている。

 蓮屋は薬草を、いや自分自身をそう評価していた。


 しかし、ほんの少しおだてられた蓮屋は、あっさりと薬草の自生地を教えてしまった。となれば、後は蓮屋の出る幕などは残ってはいなかった。


 まったく正直者の自分が疎めしい。何時だって周囲の奴らは真面目で正直者の俺を利用する。

 と、蓮屋が愚にもつかない後悔するも、時すでに遅し、話しは彼の手の届かない所へと進んでいたのである。


 だが蓮屋には早乙女たちへ話していない事もあった。それは彼のとっておきのカード。

 蓮屋が薬草を見つけてから3週間、3週間もの時を稼いだのだ。


 早乙女たちはその間蓮屋がただ単に逃げ回っていただけと思っていたようだが、それは大きな間違いだった。確かにあの草原は蓮屋にとってまるで理想郷の様に素晴らしい空間だったが、薬草を町で捌くには手間がかかりすぎると言う問題点があった。


 そこで蓮屋は薬草の株分けを試みた。

 航空写真をチェックし、同じ山の逆側のルートで人目につかず、行き来がある程度しやすく、かつ水辺に近い場所を探り当てた。

 所詮は洞窟のこっち側なのであの黄金空間とは天と地の差があったが、そこに株分けした薬草は運よく根付いてくれた。

 薬草はパッと見はヨモギに見えるので、山菜取りに来た行楽客に発見される恐れがあるが、現地を見た限りでは人が踏み入った痕跡はなかったので大丈夫だろうと蓮屋は判断した。


 ただ少し――ただ少し蓮屋が気になるのは航空写真で薬草畑の候補を探していた時に、あの黄金空間をチェックしようとしたが何処を探しても見つからなかったことだ。

 まぁ写真の精度や撮ったタイミングもあるだろう。考えようによっては航空写真からでは探り当てることのできない安全な場所と言うことだ。安心材料が増えたということで良しとしよう。

 蓮屋はそう思う事にした。


 ★


「……古賀ちゃんこれどっから入手したの?」


 主任研究員の藤田(ふじた)は、眉間にしわを刻ませながら慎重に聞いてきた。


「あの、私フリマ巡りが趣味で、一月前の中央公園のフリマで手に入れたんですけど……」

「そうか、ならいかにも素人仕事の雑な粉砕は納得いった、すり鉢を使って手作業でやったんだろうね、ごくろうさん。けど問題はそんな些細な事じゃない」

「あのー、なにか問題が……?」

「問題、うん、問題。そう、なにが問題だと言われると返答に困る……、いやまったく困らないか」

「えーっと、つまり?」

「うん、まぁその、ウチの研究室は見ての通りおんぼろだ、ハードもソフトもね。けど基本的な検査程度は出来る。基本的な検査と言うのは、文字通り基本、基礎となる土台だ。今まで天文学的な数を繰り返されてきた、大原則と言うべき完成された手法だ」

「……結論は?」

「……ほぼ全てエラーだ」


 藤田はたっぷりと時間をかけため息まじりにそう言った。何度も繰り返したがphや光学顕微鏡レベルでの所見しか取れない。この葉っぱを構成する物質の大部分が未知の物質で、既存の検査では手が出ないとのことで、現在室長にレポートを提出して、大学か県に持っていくか検討していると言うことだ。


「これは独り言なんだけどね古賀ちゃん、君にこれを売りつけた奴は異星人とか異世界人とか、ともかく地球以外から遊びに来た商人じゃないのかな?」


 古賀は疲れ果てた藤田に礼を言い研究室を後にした。効果だけに浮かれていたが、どうやら事は単なる一般市民の手におえるものではないらしい。


「……もしかして、NERVとかホグワーツ案件に手を出しちゃったのかしら私……」


 最近課長が会議続きの理由に納得しつつ、MIB的な機関に拘束される自分を想像して身震いしつつ、古賀は事務室に戻った。


「どうしたの恵子ちゃん。大ヒット飛ばした割には浮かない顔じゃない」


 古賀がため息まじりに椅子に座ると。隣の席の彩がそう声を掛けて来た。


「大ヒットどころじゃないですよ彩さん。どうやら場外ホームランのボールがヤバい事務所に飛び込んじゃったクラスです」


 古賀は肩を落としながらそうため息を吐いた。


「あらあら、それはご愁傷様。ともあれ事務所が活気にあふれるのは良い事だと思わない?」


 彩は全力で他人事と囃し立てる。

 彩――本城彩ほんじょう あやは事務所の先輩で、我が社ぴか一の成績を誇るビジネスウーマンだ。何故彼女の様な才物がこんな場末の会社に収まっているのか不思議でならない程、おまけにとんでもない美人でもある。

 地味で平凡な私と違い、天に二物も三物の与えられている傑物、いや英雄だと古賀は彼女を評する。


「それにしても、どんな傷でも瞬時に治しちゃう魔法の薬ねー。まだそれを売っていた人は見つかってないんでしょ?」

「それは散々言われましたよ。なんで連絡先を押さえておかなかったのかって」


 噂では探偵を雇ってその人の事を探っているそうだ。上からの当りはドンドン強くなってくるし、こんな事ならあの日のフリマに行かなければ良かったと古賀はひっそりと後悔する。


 今日も胃痛が酷くなる。果たしてあの薬は胃粘膜の炎症にも効くのだろうか。いや正体が判明した――詳しく言うなら正体不明であることが判明した今、とてもじゃないがあんなものを飲んでみる気はしないのだが。

 古賀はそう思いつつ、そっと腹部に手を当てた。


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