第32話 アクセルを踏め
「くそっ、ぐちゃぐちゃじゃねぇか」
速水たちは這う這うの体で中国軍の基地となっている大学にたどり着いたが、そこは既に戦場だった。
化けものと化けものになってしまった人間が、駐車場で大運動会をしているありさまで、景品はまだ化けものになってない人間だ。
「くそっ、しくったぜ。折尾から離れるべきだった」
「はわわわわわ。速水さん！ それどころじゃないです！ 前！ 前！」
「だーから、少しは物思いにふけさしてくれよ！」
速水の肩に担がれた古賀が、彼のアンニュイな空気を吹き飛ばす。
速水は新参者に挨拶しに来た奴らを纏めて蹴り飛ばした。何時まで理性が持つか分からないが、今の速水には十把一絡げの奴ら等は敵では無かった。
「はっ速水さん！ 今度は後ろからも！」
速水の方の上で古賀が叫び声をあげる。
やっぱりここはひとまず建物の中に逃げ込むべきだ。雑魚たちを蹴り飛ばすたびに、年代物の布団の埃みたいに舞い上がる青い何かを纏わりつかせつつ。速水たちは大学の中へと駆け出した。
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「劉将軍！ 速く脱出を！ ここはもう持ちません！」
屋上のヘリポートには、離陸準備の整ったヘリコプターが一台、ローターを廻しながら待機していた。
「何なのだ、一体何なのだこれは」
劉は老骨に鞭打ちながら、這う這うの体で逃げ出してきていた。
既に指揮系統は崩壊している。指揮する人間も、指揮を受ける人間も、何時化け物になるか分かったものでは無いのだ。
それに加えて無線が極めて不調とある。そもそも指揮をしようとしてもできないのだ。
やはり、こんな胡散臭いものに手を出すべきでは無かった。彼はそう思うも、肝心かなめの部分がすっぽりと抜け落ちている自分に気づいた。
「私は何故、こんな……」
彼は徹底的なリアリストだ、一体いつ自分がこんなばかげた話に乗り気になったのか、その部分の記憶がすっぽりと抜けていた。
だが、今はそんな事を考えている場合ではない。
「ええい！ 速く離陸しろ！」
息せき切ってヘリコプターに乗り込んだ劉は、そう言って運転席に怒声を飛ばす。
やはりあの不吉な植物は焼き払うべきなのだ。
彼が爆撃方法について思考している時だった。舞い上がったヘリコプターが突然体勢を崩す。
「馬鹿者！ なに――」
必死に体勢を支える劉が見たものは、副操縦士に襲い掛かる、主操縦士の姿だった。
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「どわーーー！！」
受付に突っ込んだ速水たちの背後で、大きな爆発が巻き起こった。
速水は衝撃波に転びながらも背後を確認すると、そこには無残な形になったヘリが燃え上がっていた。
「おっ、おい！ 嬢ちゃん無事か？」
転ぶ途中で投げ出された古賀に、速水は恐る恐る声を掛ける。
「はっ、はい～、なんとか、無事です～」
派手に投げ出された古賀は、ふらつく頭を抑えつつもよろよろと立ち上がった。
「幸いと言うか何と言うか、後続の連中はヘリがぶっ潰したみてぇだな」
バリケード越しに見える入口には、豪勢なキャンプファイアが燃え上がっていた。速水は、お偉いさんが脱出しようとしたら化けものにでもやられちまったんだろうかと益体も無い想像をした。
★
大学の中は死屍累々の酷い有様だった。まるでゾンビ映画の一幕だ。
「おい嬢ちゃん、こん中がどうなってるか知ってるか？」
「あっ、はい。お婆ちゃんが入院してたことがあるんで、来た事はありますが……」
それはそうだった。病院だったのは昔の話、ここは、今では中国軍が占領している施設だ。
タタタ、タタタと、どこからか鉄砲の音が鳴り響く。生存者がゼロという訳ではなさそうだが。あまり期待は出来きなさそうだった。
「化けもんと間違われて撃たれたんじゃ笑いものにもならねぇな」
「そっ、そうですね」
古賀はガタガタと震えながら速水にしがみ付いて来た。動き辛くて仕方が無いが、正直心細いのは速水も同じだった。
「こっ、これからどうしましょう？」
「そうだな、車を手に入れれば申し分ないんだが」
前の駐車場には大量に車は止まっていたが、それ以上にお客さんがたくさんだった。落ち着いて物色できる暇などはありはしなかった。
「なぁ嬢ちゃん。軍用車でも普通通り鍵開けは出来んのか？」
「しっ、知りませんよそんな事。私は鍵開けなんてしたことありません」
そいつは残念。車のカギ開けなんざ、慣れれば簡単なんだけどなと、速水は子供時代を思い出していた。
「おい嬢ちゃん、駐車場は他にあんのか？」
「はっはい、確か建物の裏にもあったはずです」
「よーし、ナイスだ嬢ちゃん。取りあえずはそこに行ってみるか」
こんな訳の分からない場所で籠城しても仕方が無かった。速水たちはバリケードの増設された廊下を、裏側目指して駆けだした。
★
幾つか角を曲がって建物の裏側に来る。
「駄目です、速水さん。青い光がいっぱいです」
速水が柱の陰から向うを伺おうとした時だった。彼の後ろにいた古賀がそう言って注意を促した。
「なんだ？ 透視能力にでも目覚めちったのか？」
「はい……はい？ あれ？ なんで私分かったんでしょう？」
俺が怪力に目覚めちまった様に、嬢ちゃんも不思議な力に目覚めているらしい。そう言えば、青い光に対しては嬢ちゃんの方が敏感に感じていたのは、この為だったのだろうかと速水は思った。
「……つまりは、嬢ちゃんは敵の配置が分かるって事か？」
「えっ？ わっ、私が？ どっ、どうなんでしょう……」
「戸惑うのも無理はねぇ、だが覚悟を決めろや嬢ちゃん。敵は訳分かんねぇ化け物だ、それを相手にすんには、こっちも多少のチートは必要って訳だ」
速水はそう言って、コンクリの壁を握り壊す。
「はっ、速水さん、それは？」
「俺のチートは怪力だ。いつの間にかこうなっちまってた。それに対して嬢ちゃんのチートは視力って訳だ。
嬢ちゃんが道を決めて、俺がそこを突き破る。随分と分かり易い話じゃねぇか」
速水はそう言ってにやりと笑う。
「わっ、私に出来るでしょうか」
「出来なければ死ぬだけだ。もう一度言う、覚悟を決めろ嬢ちゃん。ヤクザだったら手段は選ばねぇのが基本だぜ」
「わっ、私はヤクザじゃないですよぅ」
古賀は泣きそうな顔でそう言った。
「はっ、そんな減らず口を叩けるなら上等だ」
「うぅ……全然嬉しくないですよぅ」
ともあれ、ふたりこの街から脱出する覚悟を決めた。
「うぅぅぅ……えい！」
嬢ちゃんの手から青い風がほとばしる。
「おいおい随分と調子がいいじゃねぇか嬢ちゃん」
「私、どうなっちゃったんですかー！？」
どうやらあのスライムを撃破したのは、古賀のこの攻撃だったようだ。彼女は千里眼だけじゃなく、遠距離攻撃もこなせるようだと、速水はにやりとほほ笑んだ。
「いいぞ！ そのまま奴らをここに近づけんな！」
古賀が雑魚たちの相手をしている間に、ドアを引き抜いた速水は車の中に入り、ちょっとした工夫でエンジンを掛ける。
「はっ、古くせぇ車で助かったぜ」
昔取った何とやらだ、直結一発、エンジン起動だ。
「乗れや嬢ちゃん！」
「はっはい！」
古賀が乗り込んだのを確認し、速水は全力でアクセルを踏み込んだ。
