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ありふれた回復アイテムにまつわるアレコレ  作者: まさひろ
第1章 薬草を採りに行こう
3/35

第3話 トンネルを超えるとそこは異世界だった

「……よかったんですか社長」


 速水はやや不満そうな、そして不安そうに早乙女へ聞いてきた。


「まー取りあえずはな。ブツがデカすぎるんで上に相談しなけりゃならんってのは事実だ。

そこらに転がってるヤクならともかく、正直これを捌くには俺の伝手やコネじゃたらん」


 何しろ昔話に出てくるような摩訶不思議な品物だった、話がデカい上に非常識極まりない。


「いやそれもですが、あのガキこの話を他所に持ってくんじゃないんですか?」

「そんな知恵があったら、ウチのシマの中にあるあの公園でのんきに露店なんざ開いちゃいないだろう。奴が持ってる裏への窓口はウチしか無いってこった。それに表の会社に持っていくほど耄碌はしてないって証拠だろう」


 とは言え、他人の、それもあんなにおめでたい人間の頭を簡単に信じるほど早乙女はお人よしでは無かった。

 事務所の奴らの面は割れてるので他所の奴を雇い一晩奴を監視してもらうことにしよう。はぁ、また予定外の出費がかさんじまう。

 早乙女はそう思いつつ、口をへの字にした。


 ★


 うん……と蓮屋は万年床の上で背伸びをした。

 彼の生活態度と同じく汚れきった狭い部屋である。

 彼は事務所から自宅へ送られた後、早乙女の出した条件に付いて考えているうちに眠ってしまったようだ。


 まぁ今のところ予定通りに行ってはいる。

 蓮屋はそう思いつつ欠伸をしながら目をこする。


 カーテンを開けて周囲を確認するが、通勤・通学に勤しむ連中と道の掃き掃除をしている近所の婆さん、怪しい奴などいやしない、いつも通りの平和で退屈な朝の光景だった。


 少し拍子抜けだ。昨日、洞窟の場所を深く聞かなかったことと言い、見張りも置かずすんなり返したことと言い、奴らは少々盆暗すぎるのでは? いや、それとも奴らなりの誠意と言うことなんだろうか? まぁ奴らが抜けてるならその方が都合はいい、奴らを足掛かりにこの草を使って俺は栄光への道を駆け上がる。

 これまで周囲のクズに何度となく足を引っ張られてきた俺にも、やっと人生の転機ってやつがやってきたってもんだ!

 蓮屋はそう思いつつ、バラ色の未来に夢を咲かせた。


 ★


「はい、今家を出ました。ええ、昨晩はどこにも出かけてはいません、行先は駅方面です、警戒している様子は全くありません、それでは尾行を続けます。あぁそれと追加料金が発生しますが、盗聴器設置のサービスはいかがですか?」


 ああ、頼むと言って早乙女は電話を切った。


 はぁ、やれやれだ。一晩開けて多少冷静になったがそれでもやはりあのブツはやば過ぎる。無論握りつぶすような下手を打たないが、これから超えるべきハードルを思うと、ついため息が出る。

 確かに奴にはウチの親会社は日本有数の組織と言ったが、この事務所なんか孫孫孫孫孫受けだ。

根回し気回し心遣い、頭を下げて良好な関係とやらを築き上げるのが仕事な事務仕事に向いてりゃこんなところに座っちゃいないが、ここで上に放り投げたら、こっちが貰えるおこぼれなんかありゃしない。この年になってせっかく舞い降りて来た人生の転機ってやつだ、精々気張ってやるとしよう。

 早乙女はそう思いつつ、タバコに火を点した。


 ★


「おう、そんじゃ。入社一発目のお仕事ってやつだ。まずはてめぇが見つけたブツのありかまで案内しやがれ」

「あっそれなんですけどね速水さん、俺考えてたんですけどブツとかアレとか言うといかがわしいんで〝薬草″って呼びませんか! ほらあの草は塗ったら直ぐに傷が治るんですよ、まるでゲームに出て来る薬草とおんなじじゃないですか!」

「うっせぇ、知るか馬鹿」


 速水は、昨日蓮屋が帰ったあとに社長の計画を聞かされていた。それは、即断即決、面倒くさい事は殴って解決な、何時もの早乙女からすれば、かなりあやふやで迂遠な計画だった。


 速水が、なぜ蓮屋をすんなり返したのかかみついた時は、『こんな訳わかんないもの絶対どこかにデカイ穴があるだろう。そん時には、奴にはその穴を埋める人柱になってもらう仕事がある』と説明された。

 そう言われれば一応理解はできるが速水は本心から納得はできなかった。

速水は蓮屋が自分たちをなめきっていることに気が付いているからだ。いや、それは早乙女を始め皆気が付いている事だが、人一倍短気な彼にはそれが我慢できなかった。


 しかも社長はよりによって蓮屋の首輪に速水を指名した。


『こっから先は事務仕事の比重が増してくる、お前は殴ることしか出来ないからあのガキの首根っこ抑えとけ』


と言う命令だった。

 

 確かに事務所の中で速水と互角に喧嘩できるのは早乙女ぐらいだが、いくら適材適所と言われても、脳みそお花畑な蓮屋と始終顔を突き合わせなくちゃならねぇのは苛ついて仕方ないと、速水は眉間にしわを寄せる。


 蓮屋の案内でしばらくハイキングをした後、ふたりは目的の場所やつについた。

 速水は、途中蓮屋がいつ裏切って自分をがけ下にでも落としてくれるか楽しみにしていたがそれは当てが外れたことになる。その代りに分かった事はどうやらこいつはほんとに自分たちをなめ腐っている馬鹿らしいという事だった。


 速水は目的の場所とやらをじろりと眺めた。そこには山道の脇に何度か人が踏み込んだ跡があった。

 俺もおつむの出来は自慢できるものじゃないが、俺ならもう少し隠ぺい工作ってやつをやると思う。ああうん分かった、こいつは俺らをなめ腐ってるんじゃない、純粋な馬鹿なんだろう。

速水はそう思い脱力した。


 ★


 蓮屋は速水を案内し、山道から脇にそれ少し下った。蓮屋にとってはもう何度も通いなれた道だ。

蓮屋は薬草を発見した後、これの一番効果的な活用法を考えた。

 まず第一に考えたのは製薬会社への売り込みだったが、如何せん彼にはコネがない。いきなり単身乗り込んでって『この薬草を買う権利を与えてやろう』と言ってもまず聞いてくれないだろうし、奇跡的に話が通ってもお抱えの弁護士軍団とやらに自分が一方的に不利な契約を結ばされるに決まっている。

 この国は技術者への待遇が悪いという評判は、彼の聞きかじった半端な知識にしみ込んでいた。だったら、少しは怪しいが裏の世界の方が手っ取り早いだろう、幸か不幸か裏の世界に蓮屋は縁があった。

 その為に蓮屋がまず行ったことが実績作りだった。

 財布に入っていたなけなしの金を使い百円ショップでそれっぽい瓶を大量に購入。洞窟の中は不思議と暖かかったので、基本的にそこで生活をしながら薬作りに精を出す。気分は山伏とか修行僧の感じで蓮屋は危うく悟りを開きかけた。


 商品の数がそろってきた蓮屋にたまたま目に入ったのがフリーマーケットの張り紙だった。

彼はこれ幸いと申込み商売を始めた。最初は相手にされなかったが、昔なんかで見たガマの油売りの要領でやったらこれが大いに受けた。


 やはり俺には才能がある、今までは運と周囲の人間に恵まれなかっただけだ。

 

 そうして自信と実績を高めたことで、蓮屋は自分の計画にゆるぎないものを感じ取っていた。


 斜面を降り、洞窟の中へと入る。少し進むと突然空気が変わる、それまでの湿った肌寒い空気から暖かく少し甘い匂いの空気へと、ガス溜まりか何かが地中にあって漏れ出しているのかもしれない。

 蓮屋も初めは少し戸惑ったものだが今ではもう慣れっこだった。逆に初体験の速水は立ちくらみでも起こしたのか壁に手をついた。体力自慢が売りだろう速水のその態度に、蓮屋はこっそりと口を歪めた。

 そして洞窟を抜けるとそこには木々に囲まれた小さな草原と広大な池があった。


 ★


 速水は蓮屋の後をついて洞窟の奥へ入って行った。

速水が思っていたのより広い洞窟だ、頭が少し窮屈だが幅は大体二人ぐらいなら並んで進めるだろう。まぁ、整備された観光洞窟なんかとは違い、地面は岩がごろついているし、道も真っ直ぐじゃない。

 むしろ、道がうねっているのと、壁から岩が大きくせり出している場所が何か所かあり直ぐに入り口が見えなくなった。そんな中を、ライトを照らしながら2~3分歩くと洞窟の途中でいきなり空気が変わった。

 ちょっと風通しがよくなったとかそんなレベルでは無かった。いやそもそもこの洞窟の中に入ってから風通りなんかまるでなかった。それなのに、見えないドアでもくぐったらいきなり花屋にでも入ったみたいに空気が激変した。

 速水は、いきなりの事に少しふらつき壁に手をついた。彼は壁の質感が今までと同じことを頼りに気を持ち直す、そのことに気付いた蓮屋が自分を見てにやけていたので速水は軽く威嚇した。こいつはただのバカだと自分を宥めながら。


 だが、速水が心の底では少し臆していたのは確かだった。

 花屋と比喩したが、もしこんな花屋が街中にあったら市民の苦情で即営業停止だろう、市が動かなけりゃ俺が即ぶっ壊しに行く。生ぬるく、何処までも甘ったるい空気、それでいて時折金属のようなイガイガした刺激もある。分からない、何かが決定的にずれている、今まで培ってきたヤバイものに出会った時の警報がビンビンなっている。ここは――ヤバイ。

 速水は今まで培ってきた野生の勘が鳴らす警報をひしひしと感じ取っていた。


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