第26話 奇跡の青
旧八幡製鉄所、洞海湾内部の埋め立て地に隔離されて建てられた秘密工場で、ひそかな研究は続けられていた。
ゴンと分厚い鉄扉を叩く音が聞こえる。重々しくも激しいその音は、とても小型犬が発したものとは思えなかった。
「ミスタ郷田、今回はどうなんだね?」
「ごらんのとおりです、制御は成功しております」
「そうか、それは結構、だがこの成功確率ではとても商品として通用しない、世界のメイド・イン・ジャパンの名も地に落ちたものだ」
居並ぶ軍人たちが郷田に疑惑の目を向ける。成功率は小数点以下、これでは軍隊をそろえるなんて夢の話だった。
「郷田さん、貴方が参加した実験では成功確率が跳ね上がります……いえ、言い換えましょう、貴方が参加した実験のみで成功例が出ている。何か我々に秘密にしていることがあるのでは?」
それは当然の話だった。ゴードの契約魔法抜きでは、唯のモンスターが生まれるだけなのだ。彼はそんな事をおくびにも出さずに、「コツがあるんですよ」と、うそぶいた。
「そのコツと言うのをぜひ教えて頂きたいものです」
鋭い視線でそう言ったのは人民解放軍の黄だった。
「さてさて、コツとは言いましたが、私自身それが何なのかつかみかねている事でして」
郷田はそう言って肩をすくめる。
今の所国連軍は上手くやっている。いや、上手くいき過ぎている。郷田と言うトロフィーを入手するためにあの手この手の駆け引きを繰り返してくるが、おたがい監視の目を向け合っているので積極的な行動には出られないと言った所だろう。
だが、郷田、いやゴードが求めるのは混乱なのだ。所詮は人間、呉越同舟なぞ夢また夢の話、すぐに内乱を始めるだろうと、高を括っていたのが間違いだった。
大規模な群を用いて、真っ向から世界を相手取る。それが最も分かり易い王への道なのだが、残念ながら契約魔法は大量の魔力を消費する。数をそろえられなくてヤキモキしているのはゴードも同じだった。
「それで、表の工場の稼働具合は如何なのでしょうか」
「ああ、それは問題ありません」
米軍のスコットが代表してそう答える。だがそれは当然だ、あの草は弱くて強い、身を守る術を何も持たない代わりに、何処にでも生えるのが特徴だ。
「外部に広がっている可能性は無いのですね」
「ええ、確認されておりません。怪物の出現も見られておりませんし、現在のここは平和なものですよ」
それもゴードの計算違いの一つだった。どれだけ人間どもががんばろうと、何処にでも生える植物の制御など不可能だろうと甘く見ていた。
ここに努める兵士たちは、火炎放射器を持って街中をうろついている。それは生えて来た薬草を焼き払うためだ。奴らは土壌洗浄と並行して、徹底的な焼却戦術を取って来た。
「そうですか、それは安心です」
命の価値が高いこの世界を見誤っていたのかとゴードは思う。
高々薬草、高々モンスター相手にそこまで徹底的な手段を取ってくるとは思ってもいなかった。
「ところでミスタ郷田、始まりの地の事なのですが」
「どうでしたか。あの時の土砂崩れで埋まってしまっていた筈ですが」
蓮屋が見つけた、元居た世界へのゲート、皿倉山の中腹にあったその場所は、先の大雨で潰れてしまったはずだ。
あそこを見つけられたなら、俺の夢も変わってくるのだが。
「幸いな事に跡地は見つかりました、現在掘削作業を続けています。だが、貴方が仰るような場所に繋がっているとはとても思えません」
「そうですか……」
ゴードはそう言って眉をしかめる。
あのゲートは時限式の物だったのだろうか。アレが生きていれば、こちらの世界の軍隊で元居た世界を制覇するのも一興だとゴードは思っていた。
「そちらの、やり方が手ぬるいのでは、人民解放軍ならもっと上手くとこを進めることが可能です」
そう言って黄がスコットに食いついた。あそこは正確には板櫃川の西側だ、彼らにしてみれば自分の庭の黄金を横からかすめ取られる様なものだろう。
「ははは、そちらは埋めるのは得意でも、掘るのは不得手でしょう、我々にお任せを」
「スコット大佐、それは我々に対する侮辱ですか」
「ははは、ジョークですよジョーク。我々は同じ旗の下に集いし同士、諍いごとは無しで行きましょう」
「そういって利益を独占するおつもりでは?」
人類未踏の地、それも夢の草の群生地、今にも自国の地から人民が溢れそうな中国にしてみれば、正しく約束された大地だろう。
問題とすれは、その場所はこの世界の住人が住むには過酷すぎる環境と言うだけだ。
ガスマスクも装備せず、捨てるように送り込んだ連中が、ことごとくマナに汚染され化け物になっていいなら、どんどん送り込めばいい。
★
「やはり、ミスタ郷田は信頼できない人物のようですね」
スコットは笑いながらそう言った。
「どうした? 報告ではそんな穴などは無かったと言う話だが、本当はあったのか?」
「いえ、穴に関しては報告したとおりです。痕跡は見つけましたが、どう考えても穴の向う側にそんな世界が広がっている訳がありえません」
「しかし、相手は異次元の植物だ。ワープホールが繋がっていたとしても驚かないがね」
「ワープホールですか、将軍はSFを嗜むので?」
「この状況がSFじゃなくて何だって言うのだ」
どんな傷でも瞬時に治してしまう夢の植物、それにより発生した化け物たち。SFじゃなければファンタジーだ。
「まぁ、彼が何かを隠しているのは分かるがね」
それが何かは分からないが、腹に一物抱えているのは確かだろう。
「ところで、こう言った報告が上がってきました」
スコットが手渡してきたのはPX研究チームからの報告書だ。
私は報告書を読み進める。そこには青い結晶を投与したマウスが化け物へと変異したと言う報告だった。
「ほう、あの青い結晶の正体がついに判明したのかね?」
「そうです、この報告は我々で握りつぶしました」
スコットはそう言って笑みを浮かべた。
「でかしたスコット、この様な危険な物質は我がアメリカが制御しなければなるまい」
これを発見した研究者もアメリカが保護しなければならないだろう。腰抜けの日本や強欲な中露なぞに渡してしまえば人類の損失となる。
「今すぐに、この大原と言う人物にコンタクトを取るんだ」
「はい、そう仰ると思い、既に彼は保護してあります」
全く素晴らしい部下だ。以心伝心とはこの事だろう。
私は晴れ晴れとした気持ちで、コーヒーに手を付けた。
★
「やはりヤバイ発見だったか」
青い結晶の争奪戦はアメリカに軍配が上がったようだった。唯一その抽出に成功した大原と藤田は米軍にさらわれてしまっていた。
まぁ俺は給料さえ支払われるならば構わない、ちょっと乱暴なヘッドハンティングと思えばいい。藤田は楽観的に考える事にした。
「済みません藤田さん、厄介ごとに巻き込んでしまって」
「気にしないでください大原さん。お役御免とならなかっただけ上等ですよ」
構わないのは大原も同じ事らしかった。いや、彼にとって研究できることこそが大事で、その他は些事と言う事だ。
「それで大原さん、人類史に痕跡を刻んだ感想はいかがですか?」
それが表に出るかどうかは分からない、だが大原は人類の転機となる発見をしたことは間違いが無い。
「そうですね、アレは危険な物質です。先ずはアレの簡易検査方法を確定しようと思います」
大原はそう言って深く隈の刻まれた目をこする。
「大丈夫ですか大原さん、PXは体力までは回復できないんだ、無理しちゃだめですよ」
「ははは、ずっとアレを見過ぎたためか、なんだか視界の端にちらちら青が浮かんでくるような気がしましてね」
それは顕微鏡の見過ぎで、目に青が焼き付いているんでしょう。
藤田はそう言って笑ったのだった。




