第63話 新たな始まり
第一部最終話!
◾隆臣
「行ってきますね! みゃーこ! も〜ふもふっ」
凛は黒い子猫をもふもふする。
この黒猫は、以前豊園邸で面倒を見ていたエリオットと呼ばれていた子猫で、凛がどうしても飼いたいと言って聞かなかったので、現在は三鷹家で引き取っているのだ。
ちなみにみゃーこと名付けなおしたのは凛である。
「りーん、行くよー」
「はーいっ!」
エースに呼ばれ、かわいらしくとてとてと、凛がこちらに走ってくる。
そしていつものように4人で学園に向かう。
3週間ほど前、突如として発現した第九感のクレヤボヤンスは、未だに凛の左目から消えていない。むしろ、生きている限り一生消えることはないを
もしベルリンの魔力源を復活させることができなければ、今頃凛はクレヤボヤンスに生命エネルギーを吸い取られ、こんなに元気よく走ることもできなかっただろう。もしかしたらすでに命が尽きていたかもしれない。
そんな凛は、クレヤボヤンスを受け入れ、日常生活に支障が出ないように左目に眼帯をして暮らすことになった。
ワールドシティータワーズの最上階から1階までエレベーターで降り、そこからしばらく歩いて山手線品川駅に向かい、電車に乗る。
上野駅で降り、学園に向かう道中で、俺はある異変に気づいた。
「下手な尾行はよせ」
突然振り返ってそんなことを言い出した俺に、凛、ジョーカー、エースの3人は目を丸くする。
「はぁ、あんた何言ってるの? いい歳こいて中二病?」
「中二病とかじゃねーよ。ほらあそこ」
ため息をついて呆れたように言ったジョーカーに対し、俺は電柱の方を指さす。
「誰もいないですよ?」
首を傾げる凛。
「エース、第九感を使ってあの電柱付近を見てくれ」
「あ、うん」
俺に言われるまま、エースは分割高速演算思考を開始。それと同時に瞳が青白く輝く。
「っ!? 電柱の後ろから大量の残滓粒子が出てるよ!?」
エースの言葉に、凛とジョーカーは驚愕した。
「姿も足音も完璧に消えるようだが、気配は遮断できないみたいだな。マンションを出たときからずっとつけてきてるだろ?」
何らかの方法で姿を消して、跡をつけてくる何者かに、俺はそうに言い放った。
すると、電柱の下の方にまだらな模様が出てきて次第に人の形が現れ、それがこちらに近づいてきた。
全身がはっきりと露わになると、その正体が小学生くらいの体躯で、白と黒が混在する髪の毛を肩で綺麗に切りそろえた少女だとわかった。
黒いライダースーツのようなものを着ていて、起伏の少ないボディーラインがはっきりと浮き出ている。
顔立ちは非常に整っていてかわいらしく、凛とした雰囲気がある。
その少女は無言で俺たちの前に立つと、じーっと全員の顔を見比べてきた。
俺たちは当惑する。
(この顔、どっかで……? 誰なのかはよくわからないけど、初対面じゃないような気がする。俺はこの子を……知っているような気がする)
なんてことを思っていると、少女はやはり何を言わず、突然ジョーカーとエースの髪の毛を引っつかみ、数本を抜き取った。そして逃走をはかる。
「いたっ! いきなり何するのよあいつ!」
「すっごくムカつくんだけど!」
ジョーカーとエースは怒りを露わにし、
「捕まえて来る!」
「私も!」
と言って走り出した。
少女の姿がまだらに透明化を始める。
完全に透明になるまで、おそらくあまり時間はかからないだろう。
俺と凛もエースとジョーカーの後を追う。
「結構逃げ足速いわね。能力効果範囲外だし、ロザリオを準備している時間もないわ。エース、あれ頼めるかしら」
「もちろん!」
エースは大きく頷き、ガイスト能力でジョーカーの身体能力を大幅に増強させる。
「Danke!」
ジョーカーは強化された身体能力で、半分以上透明化した少女を追いかける。
差はどんどん縮まって、ジョーカーのガイスト能力効果範囲である半径10メートルに到達した。
ジョーカーが少女にかかる重力を強めようとしたちょうどそのとき、曲がり角からもう1人の少女が出て来て、逃走する少女と激突した。
2人の少女は互いに尻もちをついて転ぶ。
「いてて……」
「あぅ」
追いついたジョーカーは、逃走少女にかかる重力を強め、とりあえず動きを封じた。
「捕まえたわ! さぁ、透明化を解きなさい!」
今もだんだん透明化が進んでおり、8割がた透明になっている。
ジョーカーは、透明少女が逃げないようにさらに重力を強める。
「く……ッ」
少女が左腕に取り付けられたディスプレイを操作すると、体の透明部分が次第に可視化し始めた。
エースが到着し、すぐに俺と凛もその場にやって来た。
「よく捕まえたね、ジョーカー」
と、エース。
「別にこんくらい余裕よ。エースが協力してくれたんだもん」
ジョーカーは続けて、
「それより、あんた怪我はない? 大丈夫?」
「あ、はい。ちょっと尻もち着いちゃっただけです」
透明少女とぶつかって転倒してしまった少女は、ジョーカーにそのように答え、スカートのホコリをはらって立ち上がる。
この少女は中学生くらいの身長で、セーラーの制服を着用しているが、魔術学園の生徒ではないようだ。もみあげだけ髪の毛を伸ばしており、黒髪がつややかで美しい。大人になりかけの子どもって感じがこりゃまたかわいい。
後になって聞いたが、凛とジョーカーはその少女に関しても、どこかで会ったことがあるような感覚になったという。
「さて、問題はこの子だな」
俺はしゃがみ、透明少女の顔を覗き込む。
「君の名前は?」
「お、お前たちに言うわけないだろ!」
「じゃあどうして2人にあんなことしたんだ?」
「それを言って私に何か得があるのか?」
「君も能力者なのか?」
「さぁ、どうだか」
少女は全ての質問に愛想なく回答を拒絶した。
俺は深くため息をつき、
「こりぁ話にならんな」
と。
「それならもう力づくで……」
「よせよせ」
指をポキポキ鳴らそうとして鳴らせないエースを制し俺は、
「ほら」
透明少女に手を差し伸べる。
「もうこんなことするなよ?」
少女はしばらく俺の手を見つめた後、自分の手を差し出そうとしたが、すぐに引っ込めた。
そんな少女を見て、俺は少女の腕を掴み、立ち上がらせた。
少女は思わずあっと声を漏らす。
その瞬間、俺は全身に電流が走ったような感覚になった。
感覚なので実際にそうなったわけではないのだろうが、何か不思議な感覚になったのだ。
どうやら少女も同じ感覚になったようで、目を見開いて呆然としている。
「すごい静電気だったね」
「……うん」
俺と透明少女が尚も手を握り続けているのを見た凛は、
「触りすぎですっ!」
と言って無理やり俺たちの手を引き離してくる。
少女に触れた瞬間、凛も俺が感じたのと同じものを感じたような表情をした。
「え? 何?」
凛は何がなんだかわからず、頭上にクエスチョンマークを浮かべるばかりだ。
すると少女は凛の腕を振り払い、
「か……ごめん、なさいッ!」
と言って左腕のディスプレイを操作し、建物の屋上まで跳躍した。
「行っちまったな」
「行ってしまいましたね」
「結局なんだったのかしら? あいつ」
「謎だったね」
俺、凛、ジョーカー、エースは口々にそう言う。
俺は残ったもう1人の少女に、
「なんかすまなかったな。変なことに巻き込んで」
と、言った。
「あ、いえ。全然大丈夫ですよ」
「そっか。ならよかった。それじゃあ遅刻ヤバイから、俺たちはこれで失礼するよ!」
俺はそう言い残し、凛、エース、ジョーカーとともに小走りで学園に向かった。
◾???
1人残された私も、自分の中学校に向かおうとした。そのとき、私は足で何かを蹴飛ばした。
「ん?」
それはちょうど、小さな缶コーヒーの太さを半分くらいにしたような円筒型のもので、中には蛍光水色の液体が満タンまで入っており、表面には赤い文字でMPCと言う文字と、ハザードシンボルがプリントされている。
「MPC……? 聞いたことないな。あの子の落し物だろうけど……どうしよこれ」
私が困り顔でそれを見つめていると、
「おーい詩葉ー! そんな所で何してんだ〜? 遅刻するぞー!」
私と同じ制服を着た少女が、道の先で叫んだ。
「あ、うん! 今行く!」
私はMPCと書かれた小さな円筒をポケットに突っ込み、走り出した。
第1部
To be continued to Part2Chapter 1!
今日で第一部は終わりです!
今日までご閲覧ありがとうございます!
そしてこれからもよろしくお願いします! 第二部をお楽しみに!