第60話 尚子、緋鞠、ナディアの後日談
◾尚子
学園では高等部の生徒会長として、家では豊園組の組長として、やはりそれは大変だが、殺伐とした日々と比べてみれば、今の日常はとても平和だと私は感じていた。
10日後に開催予定の体育祭に関しての生徒会の仕事を手早く終わらせ、私は久々に台場のカジノに足を運んだ。
「よぉ、尚子ちゃん。久しぶりやな」
白髪混じりの中年男性が声をかけてくる。この男は豊園組の元構成員である。
「おう、久しぶり。ところで、私がいなかった間に、何か変わったことはあったか?」
「特に何もなかったで。アレを除けばな」
「ん?」
男が指さす方向を見ると、そこには1人の女性がいた。
「ただのスタッフじゃないか」
すると男は、チッチッチッと舌を鳴らして人差し指を左右に振り、
「アレ、ロボットやで」
と。
「ロボット?」
「せや。実証実験しとるらしいで」
「へー。アレがロボット」
どこからどう見ても人間にしか見えないその人型ロボットは、人間さながらの動きでルーレットのディーラーを行っている。
プレイヤーも、ディーラーがロボットだとは気づいてない様子だ。
「ほら来月、なんやったっけ? あれ、なんちゃらエデン?」
「ああ、マリーンエデン?」
「そうそうそれそれ」
マリーンエデン――それは来月に建設が完了する東京湾の人工島のことだ。
住宅街、大型商業施設、レジャー施設、水素工場、水素発電所、AI研究所……その他にも数々の施設が盛り込まれる予定で、近未来の街の先駆けとして建設中なのである。
7月15日に商業エリアが、20日にレジャーエリアや工場エリアなどがオープンされ、30日からは移住者の引越し許可が降りる予定となっている。
また、マリーンエデンは「AIと住む街――15年後の世界へようこそ」というキャッチコピーを掲げていて、そのための実証実験が3週間ほど前から23区の至るところで行われているらしい。
このカジノにAIロボが来たのはちょうど1週間前だそうだ。
「AIねぇ……。おらぁ昭和生まれだからよォ、俺の生まれた頃には携帯電話っちゅうもんすらなかった。でも時代の流れはあっちゅう間や。CMとかで見る限り、マリーン・エデンはもはや昭和の時代のSF映画の世界や」
「ふーん」
「もう令和も12年目。東京オリンピックをも中止したコロナのことは、今でもよく覚えちょる。きのうの晩何食べたかは覚えてないけどな。
時間が過ぎるのはあっちゅう間やで、尚子ちゃん。だからこんなところで時間費やすのも悪くないとは思うけど、女子高生ならもっと女子高生らしいことするべきや」
「フッ」
私は鼻で笑い、
「女子高生らしいことか……まあ、彼氏くらいは、欲しいかな」
と。
「お? 誰か好きな人でもおるんか?」
「別に」
いるわけない。私に好きな人なんて。
「そうかい。ま、焦ってつくるもんでもないさ」
「その結果が今のお前だろ?」
私のその言葉に男は少しキレ気味で、
「俺はあえて独身なんだ!」
と。
「ははは」
私はからかうように声高々に笑った。
◾緋鞠
「2030年7月15日海の日! マリーンエデン商業エリア! オープン!」
東京湾に浮かぶ建設中のマリーンエデンは、すでに高層ビルが林のように屹立していて、私はそれを背景にしてカメラに向かってそう言い、ニコっと笑った。
「はいオッケー! うん! 素晴らしいよ緋鞠ちゃん! ナイス笑顔だ。素晴らしいね!」
「ありがとうございました!」
私はペコリとお辞儀をし、
「みなさんお疲れ様でしたーっ!」
と、撮影陣に向けてお礼を言った。
7月15日の海の日に商業エリアがオープンされるマリーンエデンのCMを撮影していたのだ。
私が所属するアイドルユニット――メルティースターズでのCM出演は何度かあったが、このように単独での出演は初めてだったので、私はとても緊張していたが、撮影も終わり、一安心といったところだ。
6月下旬の梅雨真っ只中な時期だが、今日は運良く快晴で、撮影にはベストタイミングだった。
「はい、緋鞠ちゃん」
「あ、どうもありがとうございます」
しかし蒸し暑かったので、私はマネージャーの戸田さんから、冷えたいろはすをありがたく受け取る。
――こくこくこく
「ぷはぁ。おいしいです!」
「さーて、お昼はどっかファミレスでも行こうか。もちろん奢りで!」
「いいんですか?」
「いいよ。今日は緋鞠ちゃんの初の単独CM出演だからね」
「やったー! ありがとうございまーす!」
◾ナディア
「本当にご苦労だったな、ナディア。さぁ、ここに来て色々話を聞かせてくれないか」
「はい、師匠」
ローマに戻った私は、魔術の師匠であるライアン・マフタンに東京であったことについて詳らかに語った。
そしていつの間にか西の空に赤い太陽が沈みかけていた。
「なるほど、そんなことがあったのか。それはさぞかし楽しかっただろう?」
「楽しかった……? まぁ、言われて見れば楽しかったかもしれませんね。命懸けでしたけど」
その言葉を聞いた師匠は、嬉しげにアップルティーを一口飲み、
「いい経験だったな」
と。
「さぁ、どうだったでしょうか」
私はそう言ってアップルティを一気に飲み干した。
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