第37話 ボスの正体
◾隆臣
その後エミール、ジャック、エミリー、クイーンの4人はアリスに逮捕され東京湾岸拘置所能力者収容施設に送られた。
縮力剤という体内由来の魔力粒子を無効果で残滓粒子に変えるものがあり、それを身につけたり摂取することにより能力者やガイスト使い、上級感覚覚醒者や吸血鬼はあらゆる能力が使えなくなる。
能力者収容所や吸血鬼収容所に収監される者は縮力剤の成分が含まれた手錠をされ縮力剤の含有した食事を与えられる。
彼らにはいずれ必ず裁判が待ち受けている。ドイツに強制送還され法律できっちりと裁かれることを祈る。それがあいつらのためだから。
◾隆臣
尚子とハートは品川緋鞠が俺の妹だということを知って非常に驚いていた。
緋鞠は横浜市在住の女子中学生5人で構成されるアイドルユニット――Melty・StarS (メルティー・スターズ)のメンバーで、ユニットとしてライブを開催したりテレビやCMにもちょくちょく出演しているからな。まあいわゆる有名人だ。
そんな緋鞠に関しては身の安全のためにアリスに護衛を任せつつ、しばらくの間豊園邸でかくまうことになった。
緋鞠が虹色の魔力石を持っているとまた組織から狙われる可能性が高いので俺が代わりに預かることになった。
どうして緋鞠が虹色の魔力石を持っていたのかと聞いたところ、緋鞠は9歳のとき俺から誕生日プレゼントとしてもらったと言っていたが当の俺の記憶は曖昧だった。
◾隆臣
翌日の昼過ぎアリスが豊園邸に来てからナディアはこれからの戦闘に備えてみんなに教えておきたいことがあると言って自身が継承する魔術について誇らしげに教えてくれた。普段は一切の輝きがなく腐った魚の瞳をしているがそのときだけはきらきらと輝いていた。そして額に汗を浮かべながら懸命に語る姿は、まるで宣教師か文化を存続しようとする人のように感じた。
その後は実際に燃焼魔術の中でも最も簡単な1ルーンユニットできるものを披露してくれた。
ナディアは銀色の指輪の側面に収納されていた小刀で指を切り、血を紙に書かれたルーン文字になすりつて魔術の発動に必要な体内由来の魔力粒子をルーン文字供給する。すぐに紙は燃えて煤になって消えた。
ナディアが言うには現在の魔法の規模は全盛期である大魔術時代――すなわち17世紀半ば以前と比較して半分以下になっているらしい。ベルリンの魔力源が封印されたことと深く関係しているという。
そしてナディアは今後の戦いの秘策として超簡易燃焼術式の書かれた紙を全員に渡してくれた。
ハートは怒ってその紙を焼却していたが……。
魔術学園では初等部4年から魔術の根本たる24のルーン文字と8つのルーン文字からなるルーンユニットを学び、中等部では3つのルーンユニットで構成される術式まで学ぶ。
俺は高等部1年。これまでの一切の課程を習得していない俺にとって1ルーンユニットですらわけがわからん。初等部4年生並なのだ、俺の魔法力。
しかも高等部からは10の術式からなる魔法陣についても学習するらしい。
先が思いやられるぜ。果たして俺は魔術学園を無事卒業することができるのだろうか。
◾隆臣
その夕方。ナディアはエミールたちに面会しに行った。
豊園邸に帰着後ナディアは全員を集めウェーバー兄妹から聞き出したことを報告してくれる。
「今日わかったことは2つある。まず1つ目はボスは3人いるということだ」
『?』
俺たちはナディアの言ったことがいまいち理解できずにいた。
ボスが3人? 一体どういうことだ?
みんな同じことを疑問に思っているようで凛とジョーカー仲良く同時小首を傾げ、エースはほっぺに人差し指を当てながらこれまた首を傾げ、ハートは困惑顔で首を傾けている。
こうまでみんな首を傾げているとただでさえみんなお人形みたいでかわいいのに本物のお人形のように思えてくる。
「どうやらあの兄妹は、ボスと一度だけ会ったことがあるらしい。1人は成人男性、1人は女子高校生、もう1人は女子小学生だと言っていた。おそらく親子だろうとも言っていたな。そしてその2人の娘は東京魔術学園の生徒で、名前は――」
ナディアは少し間を置いてから、
「――その2人名前はアンナとマリアだ!」
『ッ!』
瞬間、場の空気が凍りついた。
「待ってください! そんなのおかしいです! だってマリアちゃんは……そんな人じゃないもん!」
マリアと親しい凛はナディアの発言が信じられなかったようだ。座布団から立ち上がりそう言った。
それもそのはずだ。アンナもマリアも共に学園の風紀委員を務めているしその素行も素晴らしい。
そんな2人がボスの娘でありなおかつマフィアのボスだなんて……100人に聞いて100人が信じないだろう。
そうつい先日の神田明神本殿全焼事件と東京魔術学園高等部森林全焼事件の犯人が尚子だと誰もが信じていないのとちょうど同じだ。
「おい尚子! お前アンナってやつと知り合いだったよな? どうして教えてくれなかった!?」
俺は胸ぐらを掴む勢いで尋ねた。
「どうしたもこうしたもない。単に私も知らなかった」
「しらばくれるなよ?」
「本当だ。もし私がアンナを仲間だと認識していればお前たちが生徒会室に来たとき、協力して殺しにかかっていたはずだろう?」
尚子は淡々と答えた。
「……それもそうか」
俺が尚子の話に納得していると、凛は目をうるうるさせて自室へと走っていってしまった。滴る涙が彗星の尾のように煌めいた。
◾ジョーカー
わたしはすぐに凛を慰めるべく豊園邸内の凛とわたしの部屋に向かった。
人が入ってこられないようにドアを施錠したみたいだけどわたしには無意味ね。わたしは霊体化して壁をすり抜けて中に入った。
「ひっく……うぅ」
凛はベッドの上でうつ伏せになって枕に顔を押し当てて泣いていた。
「凛……」
「来ないで!」
凛は叫んだ。
「……1人にして!」
「あんたバカなの? わたしがあんたを1人にするわけないじゃん!」
「もうちょっとくらいみんなのところにいてよ!」
凛は涙で濡れた枕をわたしむかって投げつけた。
わたしは反射で万有引力操作を利用して枕を凛に撃ち返す。枕は凛の顔面に命中。
「ふがっ! もう何するのバカ! 人の気持ちもわからないで! この人でなし! 悪霊!!」
「……っ!」
今の発言にわたしは目を見開いた。そして低い声で、
「今なんて言ったの?」
凛はようやく自分の発言の意味を理解したようだ。
「悪霊……だって?」
わたしは涙と鼻水に濡れた凛の顔を思い切り睨みつけ、
「その悪霊がいなければ何にもできないくせに……っ! 弱虫だったくせにっ! 泣き虫だったくせにっ! まともに運動もできなかったくせにっ! 勉強もできなかったくせにっ! 無力なくせにっ! バカなくせにっ! バカバカバカバカバカっ!」
狂ったように罵倒し続けた。
「母親の死からも立ち直れなかったくせにッ!」
「っ!」
最後の言葉に凛は、
「……………………今すぐ消えて! わたしの目の前から消えて! もう戻って来ないでっ!」
と。
「いいわ! どこへだって消えてやるわ! お金をくれれば地球の裏側にだってねっ!」
目に涙を浮かべわたしは部屋を飛び出した。
冷静になってみればこのときのわたしはめずらしく感情的になっていたと思うわ。
◾凛
わたしは1人取り残されました。
「ジョーカーの…………ばかぁ」
わたしは毛布にくるまって、その中で小さく丸まってまた泣きました。
「うぅ……ひっ、ひっく……もうやだぁ」
To be continued!⇒
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