第132話 エースはつよつよ。隆臣はよわよわ
◾隆臣
「私? 外? 隆臣? おしっこ?」
エースは頭の整理が追いついていないようで、単語を復唱するだけだ。
「おいラナ!」
「ったくこのバカは……」
俺はちょっと本気でキレ気味で、ナディアは呆れ100%で言った。
「くしし……だって本当のことなのだ!」
「だからって何でもかんでも言っていいわけじゃないだろ!」
「でもラナは嘘をついていない」
「お前は嘘も方便って知らないのか?」
「嘘もうんちぃ?」
「……」
こいつマジで話が通じねぇ。
俺はこのアホガラスの飼い主であるナディアの方を見る。ナディアは申し訳なさそうな顔で俺を見返してきた。
ナディアも手を焼いているのか。それならナディアを攻めるわけにはいかないな。
ラナの言動はまるで7歳児だ。最新の研究ではカラスは7歳児並の知能があるのだとか。でも人間に変化できるのなら、もっと高い知能がなきゃ色々困るだろ。俺がなんとかしてやらねーと。
だが今はそれより……。
「私が、お外で……隆臣の前で、おしっこ……?」
エースの顔が少しずつ赤くなり、やがて夜空色の瞳に涙を貯め、
「隆臣ぃ……それ本当なのぉ?」
今にも泣きそうな表情で聞いてきた。
俺とラナの会話を聞いていたエースは、きっとラナの発言が嘘ではないと悟っているはずだ。しかし俺に今一度尋ねてくるのは、嘘でも本当でも俺の言葉ではっきり聞きたいんだろう。
俺はエースに、最大分割数で第九感を発動したことにより失禁したのだと真実を語った。
するとエースは真っ赤な顔のまま貯めていた涙を溢れさせ、
「ぅく……あぅぅ、うぇええん!」
嗚咽の後に声を上げて泣いてしまった。
俺が今まで見た中で一番泣いている。それほど恥ずかしいんだ。そりゃ当然か。俺とはいえ人の前で失禁するなんて、恥ずかしすぎるよな。
エースはなんも悪くない。悪いのは俺だ。
MMAや世間からのプレッシャーが、エースに重くのしかかっていることは俺だって知っていた。
なのにエースの宿主である俺は――誰よりもそばにいるはずの俺は、プレッシャーを軽く思わせることはしても、一緒に背負ってやることをしなかった。
エースが心に深い傷を負ってしまったのは俺のせいだ。俺にとってエースはなんなんだ? これじゃあまるで、都合のいい人形じゃないか。→
何が最高の相棒だよ! 俺はエースのことを全然思ってやれてないじゃないか! 俺はエースの宿主失格だ。せっかくエースが俺を選んでくれたのに、当の俺は無力で無神経な野郎じゃあ、エースがかわいそすぎるだろ!
「エース……」
「えぇ〜ん! うぅえっぐうっ」
エースは部屋の隅で小さくなって涙を流している。
そんなエースに俺は近づき、肩に手を置こうとした。しかし俺は躊躇った。
エースは永遠に9歳のままだ。身体も精神も一切成長しない。親も兄弟もいない。
9歳の女の子が85年間ひとりぼっちで、ずっと寂しい思いをし続けて、そして俺を宿主に選んだ。
これまではそれなりに上手くいっていた。だけど今日ので愛想つかされただろうな。きっと俺のことを大嫌いになったかもしれない。
そんなことを思っていると、
「え?」
咽び泣いていたエースのくちびるが俺の額に優しく触れた。そしてエースの桃のような匂いを間近で感じ、小さな腕に抱かれる感触があった。
「私……隆臣のこと大好きだよっ! 何があってもっ! だから隆臣も泣いちゃだめっ!」
「ッ!」
どうしてだよ。どうして俺も泣いてんだよ。
目を擦った俺の手の甲に涙が付着していた。
「私はずっと隆臣のことが好きだからっ! ……嫌いになんてならないからっ!」
「エース……」
「恥ずかしいけど……もう過去のことだよ。私はポジティブだから、未来のことしか見ないんだよっ!」
顔を上げると、エースは頬に涙を伝わせながら、涙でより一層目をきらきらさせ、満面の笑みで俺のことを見ていた。
「だからね、隆臣。今回の件は誰も悪くないんだよ? 起こるべくして起こったんだよ!」
「……そっか。エースは本当に強いんだな」
「私はつよつよ〜っ! 隆臣がよわよわだから、相対的にね。隆臣も強くなろ? きっとそっちの方が人生楽しくなるよっ!」
94歳の言うことは、やはり重みが違うな。
To be continued!
ご閲覧ありがとうございます!
最近テンポ悪いですよね……自覚してます。




