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第112話 事象の地平線の向こう側

きのうはすいませんでした。

今日から第2部第2章です!

 父と母が出会わず、わたしも生まれて来なかった世界を――そんな幸せな世界をわたしはいつも考えていた。

 母には左目と右腕と左足がない。父を守るために失った、と母は言っていた。でも母は強い人間だ。不自由な体でも必死に死んだ世界に抗おうとするからだ。

 逆に父は力のない人間だ。いつも人任せで、自分からは何一つ行動をせず、酒に溺れているだけだ。髭や髪の毛が伸びっぱなしでも家の中から死んだ世界を死んだ魚のような目で眺めているだけ。

 しかし母は、そんな父のことを今でも愛していると言った。

 わたしは父のことが嫌いだ。この死んだ世界よりもずっとずっと嫌いだ。

 だって父は、母と出会ったこの大切な世界を終わらせたいと言ったからだ。

 たしかに世界は死んでいる。だが世界は存在し続けている。

 世界を終わらせるということは、この時空から世界というキャンバスを取り外すということだ。

 世界を描くのはわたしたち自身であり、それと同時にわたしたちはキャンバスの中にいる。

 ある日、父はこんなことを言った。


「この世界が不幸なのは父さんのせいなんだ。だから父さんが終わらせるんだ。これ以上お前みたいな不幸なやつを増やさないために」


 世界が終わることで父は救われる。しかし世界を終わらせるためには母の力が必要だ。

 父を救うにはまた母が犠牲にならなければならない。今度は右目だろうか? それとも右足だろうか? いいや、きっと命だろう。

 そして母は父のために死ぬことを選んだ。また別の世界で父と会えると母は信じていたのだ。

 その瞬間、わたしは母も嫌いになった。唯一のこの死んだ世界で愛していた母親でさえわたしは嫌いになってしまった。

 父と母なんてどうせお互いのことしか考えてないんだ。

 父と母が出会えばわたしが生まれてくるのだろうか? いいや、わたしという存在が生まれたのは単なる偶然だ。

 父と母はお互いの出会いを必然だと言っているが、わたしにはそうは思えない。

 この世に必然なんて存在しないのだ。この世は全て偶然により構成されている。

 そう、画家が全く同じ絵を書けないのと同じように。

 世界が終わって種になって、種が芽生えてまた新たな世界が始まって……そこから生まれた画家の意志や偶然が世界をつくっていく。

 そうしたら父と母は生まれてくるのだろうか? 否だ。

 父も母も偶然の存在。でも2人はそんなことも知らない。いや、わかろうとしない。

 そっか。この2人はもうこの世界に取り込まれてしまったんだ。そして一緒に消えていくんだ。終わるんじゃなくて消えていくんだ。

 愚かな両親だ。もう嫌だ。こんな世界、出ていってやる!



◾隆臣


 体育祭が終わって3日が過ぎた。

 夜、俺とエースは歩いて田町の更木荘まで帰った。

 更木荘の入口前にポツンと、


「アリス?」


 神代かみしろアリスが魔術学園の制服を着て立っていた。


「こんばんは。久しぶりね」


「久しぶり。パーティーのとき以来だな」


 学校ですれ違ったりすることは何度かあったが、こうして面と向かって会うのは凛主催の俺の誕生日パーティー以来だ。


「ええ、そうね」


 なんか気まずい……。実はアリスとはタイマンで会ったことないんだよなぁ。

 俺はこの変な雰囲気を打開するべく、


「そういえばお前、亮二と付き合ってるんだって? 亮二は優しくてかっこよくていいやつだよな。俺も親友がアリスみたいな人と付き合えてうれしいよ。亮二地味にコミ障だからさぁ」


 と言った。


 ――ゴキィ!


 しかし次に聞こえたのは、アリスの言葉ではなく、俺の首の骨の音だった。


「ったくどいつもこいつも……。いい? あたしはあいつのこと、これっぽっちも! 微塵みじんも! 千切りも! 乱切りも! 好きじゃないんだから!」


 千切りも好きじゃないってなんだそりゃ。微塵→千切り→乱切りでどんどん大きくなってるし、こいつは一体何が言いたいんだ?

 ってやばい! いぎが! いぎがぐるじい!


「ばか! ギブギブ! じぬ! ばなじて!」


 アリスの完璧なヘッドロックで死にかける俺。


「離してあげて! 隆臣ほんとうに死んじゃうようっ!」


「あ、ごめん」


 エースに制されて、アリスはようやくヘッドロックを解除してくれた。

 死んだはずのひいじいちゃんと、飼い猫のポリスが見えたんですが……俺は一瞬、あの世に足を踏み入れてしまっていたのか?

 危ねぇ、マジで死ぬかと思ったぜ。

 ありがとうエース。金が入ったらお前の大好きな宝来屋の七色おはぎ、好きなだけ食べさせてやるからな。


「そ、そんで……なんか俺たちに用か?」


 首をさすりながら俺は尋ねる。


「ええ依頼があって来たの」


「依頼? 聞くだけ聞いてやる」


「ありがとう。ミンチ事k――」


「――ごめん無理」


「せめて言い切らせてよっ!」


「どうせミンチ事件の犯人探してとか言うんだろ? エースの第九感で」


「よ、よくわかったわね」


「俺たちは探偵じゃねーんだ! それにもうロザリオ事件のようなことには関わりたくない。おとといきやがれ!」


 俺がアリスに背中を向けようとした瞬間、アリスは懐から茶色い封筒を取り出した。


「もちろんタダでとは言わないわ」


 アリスはそう言って2本の指を立てた。


「どう? 捜査協力してくれる気になった?」


「……」


 たしかに今月は游玄亭ゆうげんていで金を使い果たしてしまった。

 このままじゃ俺の少ない貯金を削って食費を賄わなければならないし、エースにも凛とジョーカーにも何も買ってやれない。

 3人にはできるだけ不自由なく生活して欲しい。だからなんでも買ってあげたいんだ。


「エースはどうしたい?」


 捜査に協力するのは俺じゃない。だからエース次第だ。

 エースは少しだけ考えてから、


「うん、いいよ。協力してあげる」


 と、言った。


Merciメルシー beaucoupボークー! 本当にありがとう! じゃあ明日の放課後、高等部教室棟の1階ラウンジで待ってて。迎えに行くから!」


 アリスは急に機嫌がよくなった。

 そして封筒を押し付けてきて、


「はいこれ前払いね。ちなみにそのうちの10万は口止め料だから。これ以上あたしと亮二が付き合ってるとかいう戯言ざれごとを広めないでね。もし広めたら、わかってるよね?」


 アリスは笑顔でヘッドロックの構えをした。


「は、はい! わかりましたでございますです!」


 こうして俺とエースはMMA――魔法管理協会に捜査協力をすることになった。



 To be continued!⇒

ご閲覧ありがとうございます。

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