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この街に『勇者』はいない【絶筆版】  作者: 田神 へいき
第一部 ■■■ to ■■■■■■■
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第一章[表]古びた校舎の片隅で③

 

 一通り昨日の出来事を説明すると、しのかは眩しく光る眼でうなづいた。


「なるほどね〜」


 おにぎり型の煎餅(せんべい)を重奏的に(かじ)る。裕也のものだ。いつの間にか取られていた。


「『幽霊』の話を聞きに行った帰りに、その『幽霊』にばったり遭遇するなんて……」


 智紀は驚きながらとうもろこしのスナックに手を伸ばす。まったく、この先輩は運が良いのか悪いのか……。

 これまでの話を聞く限り、彼は呪われているのではなかろうか。智紀は素直に心配した。


「そりゃ僕もびっくりだよ。ひどい災難だったし」


 大袈裟にわざとらしく肩を(すく)めた。どこかぎこちなくて似合わない。しのかは湯気立ちのぼる古風な湯のみに一口付け、懐かしむように言った。


「部長に会ったんだ〜。元気だった?」


「……今の部長はしのかだろ?」


「そういえばそうだ〜」


 一本取られたぜぃ、とにぱにぱ笑う。判定が甘すぎだろう。


「スズ先輩には会わなかったの?」


「……そういえば会わなかったな。なんで?」


「いやあの二人、幼馴染みで部長と副部長だったし〜」


「だからいつでも一緒だろうって?」


「うん」


「別にそんなことないだろ」


「ユウ君の経験則?」


 息が詰まる空気が聞こえた。

 裕也はその意味が理解できなかったのか、押し黙る。しのかはあっさりと答えを開示した。


「ユウ君とマサ君も幼馴染みでしょ〜?」


「……あぁ、なるほどな」


 そう納得するように。遅れて気づいたように裕也は言う。


「あぁゴメンな智紀。こんな話しても全く面白くないだろ。分かんないしな」


 会話に入ってこれない一年生(こうはい)に穏やかな声音で言うと、智紀はそんなことは無いと首を横に振った。


「思い出話に水を刺すような無粋は出来ません。それに、聞いていて不快な話でもつまらない話でもないです」


「そうか、ならいいんだけど」


 ーーなんてよく出来た後輩なんだ。


 言い回しから何から何まであまりに『良い人』。弱点などなさそうで、一周回って恐ろしい後輩である。


「そういえば、すごい角度で折れてボロボロの漫画、その先輩の幼馴染みさんに弁償してもらったんですか?」


「出世払いだってさ」


 半分冗談として智紀は尋ねたが、まさかの返答に驚いた顔を見せた。裕也は自分で言って、自分で少し呆れた。手早く出世して社長でも火影でも、とっととなって欲しいものである。


「まあ、流れで本筋に戻すけど、昨日は結局途中で見失ったわけだ。でも、実はそれなりに収穫はあった。……それなりの収穫というか、こじつけだけど。発生源の話に繋がるような名誉なこじつけだ。

 ちょっと負けたみたいで悔しいけど。ロッドの情報は信憑性(しんぴょうせい)が補強された」


 どういうことか分からず、しのかと智紀は首を傾げる。

 しかし、その答えは一旦お預けとなった。


「まずロッドの情報から、発生源の話からしようか」


「むぅ、せっかく話しやすそうなのから振ったのに」


「……さすがにその振りは昔話(はさ)んでリセットされたよ……」


「混みいった話になるってことですか?」


 智紀が頬をふくらませるしのかに尋ねると、しのかは少し困ったようにうなづいた。


「『発生源』ってい言い方には引っかかるってこと。()()()()()()()()()()()()、みたいに聞こえるんだよ〜。いや実際にそうなんだろうけど。なんだかこう、それじゃあ巣穴から出てくる虫みたいな、ちょっと不自然な表現かな〜って」


「……なるほど。幽霊ってもっと疎らに突発的に現れそうなイメージですしね」


 智紀は納得したように返す。


「そう、ただの深読み考えすぎだと思うけど、もしかしたらロッドさんはもっと詳しいことを知ってるのかもしれないね〜。昨日はそれ以上教えてくれなかったんだよね〜?」


「あぁ、『ここから先は追加料金が発生する』って言われた」


「払えば良かったのに〜」


「そういう意味じゃないんだよ。『それじゃ面白くない』ってこと。……例えそうでも、後払いだし、怖い」


 そう漏らす裕也。請求されるのは金ではないという話だが、果たしてそんなに恐れる必要があるのだろうか? 旧知故の、彼らにしか分からない感覚があるのかもしれない。


「それに……『続きが知りたきゃ探しに来い』ってことでも、あるんだと思う……」


 静かに言ったその憶測が、おそらく真実であると裕也は思っていた。分からないことは自分の目で確かめろ。まさにロッドの言いそうな台詞だ。


 ロッドの話によれば、『幽霊』は夜行性。当然だが。


 夜になると『発生源』から街に降りて、徘徊する。今のところ特に害をもたらした様子はなく、数も少ないらしい。

 そして日が変わる辺りで戻っていくとのだろうと予想を立てていた。

 目撃情報が多いというのは、あくまで他の二つの噂と比べればの話で、実際は目撃なんて滅多にされないし、それで大騒ぎになったりもしない。人は想像以上にドライで、現実主義だ。


「銀英山……か」


九野里(この街)の一番端を覆ってる山ですよね。たしか」


 しのかが漏らした言葉を智紀が補足する。

 それがロッドが『幽霊』の発生源とした場所であり、それほど距離的にも離れてはいない。


 通常の視点としての補足ならそれでいいが、しかし、今は()()()()()()()()()()()()


「銀英山は霊山だったよね〜」


 しのかのその言葉に、智紀が驚いた様子を見せる。それもそのはずだ。有名でもなんでもない、普通なら知らないような情報である。


「あの山はU()F()O()()()()()()()()()とかも言われたりもするんだけど、それは百年くらい前の記録が要因の一つなんだよ〜」


 しのかは引き出しから一冊の古びたーーというより使い古したノートを取り出した。開くと中身は多数の新聞やコピー用紙が張りつけてあるスクラップブックのようだ。空いたスペースにもそれなりに書き込まれている。

 しのかの私物。『宝物ノート』だ。相変わらずネーミングセンスが皆無である。


 しのかは丁寧に、上質な絹の質感を確かめるかのようにページをめくっていく。

『怪鳥の(ねぐら)』『双子の月』『スナ神』『瓊脂(ところてん)の狼』『顔剥ぎ』『眠り街』『花の結界』『妖精伝説』『影踏み女』『懺悔(ざんげ)刀』『星のドロップ』…………。多種多様な()()()()()名称が通り過ぎていく。


「……ここだね」目当てのものがまとめられたページで手が止まった。

『ソラガミ様信仰』と銘打たれていた。

 見開きの左右を往復しながら言う。


「一九〇〇年代初期、この街には一瞬だけ独自の新興宗教が生まれた時期があったの」


「新興宗教?」


「そう。名前すら明確化されてないほどちっちゃくて、実の所は実在したのかも定かじゃないぐらいのやつがね〜」


 それでも『真実』と仮定して考察していくのが、我が部のポリシーだと彼女は言う。五箇条の五、『白黒つくまで白黒つかない』だ。


「それが『ソラガミ様』。彼らはあの山、銀英山のことをそう呼んでいたんだそうなんだ〜」


 曰く、ソラガミ様とは、(まさ)しく空から舞い降りた救世主で、多種多様な恩恵を産み落とす神通力を持っていたのだという。

 そしてそれが、近年チマチマと(ささや)かれる『九野里市には宇宙人が降り立った』というような噂につながっているのだという。


 どうしてかこの街の不可思議を掘り下げる学者は数少なく、しのかの主観が大いに混入した考察となるが、彼女はソラガミ様は確かに存在し、その影響は深くこの街には根付いているのではと考えていた。


「とにかく、ロッドが指定した銀英山(あそこ)は結構な曰く付きってわけだけどーー」


 このままではしのかの口は数時間単位で止まらない予感がしたので、手早く話を進めるべく、裕也が言葉を引き継いだ。むくれた様子だが無視。


「ーー僕は行ってみる価値はあると思ってる」


「…………どのみち、どこかで調査の対象になっただろうしね〜」


「あぁ、それに『幽霊』が逃げた方向とも一致するんだよ」


 先から引き伸ばしてい話題だが、裕也が気づいたのはそれだ。

 同じ方向に逃げ続けた昨日の『黒』。銀英山を目指して逃げたあれが、件の『幽霊』と同一のものならば、ロッドの情報の裏付けともなる。


「みんなはどうする?」


 そう問いかけた。


 しかし、そうして返ってくる言葉を、裕也は痛いほどに知っているのだった。

 改めて考えるまでもなく分かりきっている話だ。



 この世で最も原始的な合格通知は、少女のこんなふうな笑顔なのだろうから。




 ーーーー




「その前に一つ、簡単に条件がある」



 男は不器用そうに笑った。


 今は駄菓子屋の奥の座敷で三人で胡座(あぐら)をかき、少年二人が巌の男性を見上げている状況だ。

 しかし緊張感はそれなりで、むしろもっと軟質で温いオブラートで包んでいるようで、口は強ばることなく滑らかだ。


「やったれユウ。お前の懐の広さの見せどころだぞー」


 そう言うと誠人は手の内の麦チョコを一気に口に流し込んだ。死ぬほどムカつくし、それは提示された内容によるだろう。


「条件は大きく三つ。これはいつもの『対価』とは別枠と考えてくれていい」


「……? それとは別に『対価』を要求するってこと?」


「そうだ。誠人の言う通り、お前さんの見せどころかもしれねぇぞ」


 全くもって喜ばしくない事態だが、彼は「光栄だろう?」と言わんばかりの態度だ。


 ーーそれ分ける必要どこにあるんだ……?


 それを考え(ふけ)る前に、ロッドが口を開く。


「まず一つ。これ以降の俺の協力は、必ずお前さんらの部活で共有して活動すること」


「……なんの意味がーー」


「ーーあるのかどうかはお前さんで考えな。それ込みでの『条件』だ」


 裕也の疑問はさっさと斬り伏せられた。


「そして二つ目が…………これだ」


 懐から取り出されたそれはスマートフォン。それも結構な最新機種であると見受けられた。

 ロッドは半分おっかなびっくりな様子でチマチマと操作すると、慣れない様子で一つのアプリを起動した。


「しのかちゃん、美人なんだろ?」


 裕也と誠人がよく分からないままにうなづいて見せると、ロッドはスマートフォンの画面を突き出した。


「連絡先交換だ」


 二人が呆気に取られていると、それを同意と取ったらしい彼は、スマートフォンを懐にしまった。


「さて、それじゃあ三つ目だ。ーーおい裕也」


 薄い笑みを貼り付けた顔が、もう一段階口角を釣り上げた。



「お前さん、知ってどうする気だ?」



 その問いに裕也が何か反応する前に、誠人が眉をひそめた。


「はぁ? オッサン今更なんだよ。話聞いてたのか? 部活で探してるんだってーー」


「ーーあぁそりゃあちゃんと分かってるさ。俺が言いてぇのは()()()()()()。その後だ後。あんだーすたん? あふたーだ」


 誠人がそう食いつくのを予測していたのか、ロッドは食い気味で答えた。


「あぁ? 後?」


 しっくりきていない誠人にはもう目もくれず、ロッドは頭一つ高い目線から、悠々と裕也を見下ろした。


「んで、そこんとこどうなのよ。裕也? これが三つ目だ」


「…………僕は、」


 コンマ数秒の句読点。


 細やかな気配りも細々とした小細工も、彼には効果的ではないだろう。そう判断する。深くは考えない。

 ただ脳裏に浮かんだ何かを、簡潔に言葉で表した。


 それを黙って聞いていたロッドは、吐き捨てるように


「つまらん」


 即答。秒で。食い気味で言っていないのが、妙に重たく響いた。

 そして、続いた声は親しみの呆れに満ちていた。


「お前なぁ、それで危険かもしれん事に手ぇ突っ込もうってのか?」


 裕也は少し口を尖らせる。


「ロッドは危ない情報は売らないでしょ」


「もしかしたらもしかするかもしれねぇな」


「……その時はその時って事で」


「…………テキトーだな。全部」


 ロッドは少し無造作に生えた直毛の髪をガシガシとかいた。それから灰皿に置いていた煙草を咥えなおし、軽くふかす。


「お前さん、やりてぇ事が欲しいんだろ?」


 返事はない。ロッドはそれに納得したようにして、「いいぜ、売ってやる」と煙を力強く吐いた。



「支払いは後でまるっと一括。こいつぁ高くつくぜ、お客さん」




 ーーーー




 チャイムが鳴る。

 どうやら下校時刻が近いようだ。


 手元の数学という名の暗号文から顔を上げ、壁の時計を一瞥する。


「は〜い。じゃあ今日はこれにて解散。次は明後日だからちゃんと来るように。細かい日取りとか決めるからね〜」


 最後にそう念押しし、部長は颯爽と部室から退室した。その足取りは軽い。これから大きなヤマだ。胸が踊るのも仕方のない事だろう。


 智紀も荷物をまとめて立ち上がった。


「先輩はまだ帰らないんですか?」


「いや、この問題だけやっつけてから行くよ。これでこのページ最後だから」


「そうですか」


 下校時間まであと五分。まあ更に五分くらい過ぎても融通が利くので、一問ぐらいなら解けるだろう。どのみち戸締りをするのは鍵を持つ裕也だ。

 それに五月に入ればゴールデンウィーク。それが開ければ中間テストだ。勉強は少しずつ進めておくに越したことはない。

 休日が、そのまま自主学習に使えるとも限らない。


「それにしても、()()()()()が備品としてあるんですね」


「驚いた?」


「はい」


 智紀は長机の端。先ほど倉庫から持ち出してきた()()()()()()()()()へと視線を投げた。


「この同好会の部費ってどうなってるんです? 学校が負担してくれたりするんですか?」


「ないよ。ーーいや嘘だ。この部室と、ここに置きっぱなしだったり、倉庫に置いてたりしてた備品は借りてる。あれも一応先輩の私物ってことになるのかな」


「なるほど」納得したように一言。それから部室をくるりと見渡した。


「…………これはゴミじゃないんですか?」


 部室の角。様々な紙束や小物、謎のダンボールなどに遮られて見えづらい位置に、何やらところどころ黒の塗装が剥げた金属の樽が顔を覗かせている。

 埃をかぶったそれは、どうやら暖房器具のようだ。

 足でレバーを踏んで点火するタイプのようだが……


「バリバリの現役だよ」


「『点火不良』『使用厳禁』って書いてますけど……」


「そこの窓を外して直接入れるんだ」


 脅威の備え付けの機能ガン無視。それなりの旧型が、さらに二回り程の旧型に型落ちしている。やはりゴミなのでは。


「僕はそれの火を見るのが好きなんだ。ゆらゆらってね」


「…………まあ、野暮ですね」


 そう呟くと、後輩は変わらず張り付いた笑顔で礼儀正しく挨拶及び一礼し、部室から退室した。

 部室に一人。天井を仰いで、めいっぱいに身体を伸ばす。


 ここ数日はなんだか(せわ)しない。どこか親しみを覚えるようで、胸に刺さる忙しなさだ。

 薄紫の石をポケットから取り出し、蛍光灯にかざす。古びてボヤけた光を反射する。幼馴染みが『お守り』と呼んだ石塊(いしくれ)は、果たしてそれに(そく)した効能が宿っているのだろうか。


 不可思議な日常に慣れてしまいませんように。


 古びた校舎の片隅で、紙と黒鉛が擦れる音だけが寂しげに響いていた。

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