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この街に『勇者』はいない【絶筆版】  作者: 田神 へいき
第一部 ■■■ to ■■■■■■■
7/36

第一章[表]古びた校舎の片隅で①

 

 夕焼けが眩しい。


「…………」


 綺麗だなぁ、と。


 口に出すだけその感慨が逃げてしまいそうな気がした。


 昨日の暑さはなんだったのだろうか。なんて考える。


 異常気象なのだろうか。近年取りたざされることが多くなった。

 こう春らしからぬ気象条件に晒されたりすると、心配事のタネが増えてしまう。例えば、世界の終末が近いのでは。なんて。

 裕也は自身が健全な類の人間だと言い聞かせた。


「先輩。これじゃないですか?」


「おぉ、…………いや、それうちのじゃないな。……もしかしたら『伝研』って書いたダンボールの中かも、奥にあると思う」


「分かりましたー」


 そう言って顔の整った男子生徒は、雑多な倉庫の奥へと潜ってゆく。裕也もサボってはいられない。もう一度空を見上げた。


「…………赤い」


 それぐらいなら言っていい気がした。




 ーーーー




 裕也たちが通う市立九野里(くのさと)高校は、高台に位置した歴史ある公立高校だ。


 偏差値五十後半の自称進学校で、駅からもそこそこ近いので割と便利。虫が多いのがたまに傷。


 あとは何故かパイプオルガン備え付けの、本格的な音楽ホールなんかもある。

 学校の内外問わず、時たま演奏会が開かれているのは印象的だろう。吹奏楽部も中々に強いらしい。


 他には、自然との共存もセールスポイントらしく、見学会の時から入学式の時、現在の全校集会に至るまで、暇さえあれば誇張している。

 無駄にだだっ広い敷地を見る限りは、ただ土地が余っていたのではと疑わざるを得ない。少子化の加速が止まることを祈るばかりだ。



 本日の全授業の終了を甲高い鐘の音に響かせ、少年少女の心とも共鳴する。ホームルームを済ませれば放課後だ。


 生徒たちは慌ただしく席を立ち、各々の目的地へと向かう。

 真っ直ぐに帰宅する者、日が暮れるまでのプランを練る者、部活動に魂を燃やす者、突っ伏して起きない者。

 その中で裕也は、誠人と連れ添って校舎一階へと向かっていた。


 この学校は敷地内全てでの土足が許可されており、まず下駄箱が存在しない。

 加えて、高台の斜面に沿うようにした校舎の立地の影響で、出口が一階に限定されないのも、少々珍しい特徴であると言えるだろう。

 奇妙なことに一階は、同時に地下一階の要素も含んでいるのである。


 よって出口は四つ。二階から駐輪場へ抜ける通路、食堂へと抜ける通路。一階なら職員室側と教室側。


 今日はお互いに部活動があるので、一階の教室側出口から外に出た。正面に職員室側出口、さらにそれを避けて奥には運動場と、その端に運動部棟。

 右にはそれなりに真新しい体育館がかまえ。左には中庭と、歴史を感じさせすぎる歪んだ像が中央に鎮座した噴水があり、不格好に水を吐き出している。


 裕也が軽く手を挙げて左に曲がろうとすると、傍らの友人もそれに倣うように左向け左した。


「おい、マサはこっちじゃないだろ」


「んあ? ……あ、そっか………」


 どこかしっくりきていない様子で、違和感を噛み潰すような面持ちで、むぅ、と唸った。


「なんだ、教室に鞄でも忘れたか?」


「……いや流石に舐めすぎだろそれ。オレはもう高校生だぜ。高校生はそんなヘマはしないのだ。ーーまあなんだ、別に大したことじゃねぇよ」


「そっか。じゃあまた明日な」


「おう、また明日」


 当たり前のようについてこようとした誠人を学生(かばん)で小突いて反転させ、中身の無い問答をしてから二人は分かれる。

 誠人は陸上部。その部室へと向かうために、グラウンド端の運動部棟へと向かうのだ。


 ちなみに誠人は、陸上部用の着替えやシューズの入ったショルダーバッグを教室に忘れてきているのだが、人の話を聞かない誠人が悪いのだ。


 小指の先の爪に挟まった汚れほどの罪悪感を嘆息に溶かし、裕也は反対方向へ。中庭で近道し、文化部の部室棟へと向かう。


 田舎の歴史だけ立派な高等学校。しかし、その歴史ならではの、ちょっと嬉しいサプライズがあった。

 裕也は中庭を抜けた先に根を張る建造物を、入り口に立って見上げた。

 見る限りの大部分が木造の、どこか『古めかしい』それは、力強くはないが寂れてもおらず、確かに未だ現役であるようだ。


 この高校の些細な特典。それが『旧校舎』である。


 旧校舎なんてものはフィクションの世界の産物だと思っていたが、まさか自分が通う学校にあるとは……と。くだらないかもしれないが、裕也はその事に深く感激したのを覚えている。

 現在、九野里高校の旧校舎は文化部の部室棟兼倉庫として使われており、裕也は頻繁にこの場所を出入りしていた。


 校舎は大部分が木造で、廊下も当然木造であり、歩く度にギシギシと軋むーーことは残念ながらないようだ。

 まあそこまで老朽化が進んでいたら、ここを部室棟として使うなんてことにはならないよな、と、裕也は苦笑し、大人しく旧校舎の風情でも堪能する事にした。この懐かしいようななんとも言えない感じは中々に悪くないのだ。


 頬を少し(ほころ)ばせつつ廊下を歩き続けると、進行方向左に目的の部屋の名前を見つける。

 放課後にこんな所に来ているということは、その目的は一つだろう。

 裕也はところどころ染みのある年代物の扉に手をかける。


「こんちわー」


「あ、先輩こんにちは」


 建付けが良いとも、さほど悪いとも言えない微妙な不協和音。それに続いた気の抜けた挨拶に答えた声。


 入り口から一番近い椅子に座る男子生徒は、いっそ不自然な程に姿勢よく、いっそ眩しい程の爽やかな笑顔を浮かべている。


「今日も晴れてるな」


「まさに日本晴れってやつですね」


「昨日は暑すぎた」


「夏の空気を先取りできました」


 キラキラにこやかな少年は日野原 智紀(ひのはら ともき)。一年生だ。

 爽やかで笑顔で真面目で高身長で顔立ち良し。およそ男性に必要な要素を五連鎖させている、文字通り『いい男』だ。中学はバスケ部だったそうな。さぞ、おモテになるのだろう。

 この部活に入部してしまったのはなにかの間違いであるに違いない。

 

 裕也は智紀の斜め向かいのパイプ椅子にドサッと座り込み、部屋の内装を視線でなぞる。


 この部室は旧校舎一階の一番端に位置し、日当たり風通し共に良好。

 広さは通常の教室の半分程あり、長机、黒板、ホワイトボード、ロッカーetc…。

 基本的に必要であろう物は一通り揃っているが、何より目を引くのは壁一面を本で埋め尽くす巨大な本棚だろう。


 椅子ごと振り向いて本棚をざっと見回す。


 所狭しと詰め込まれているのは普通の小説や漫画に加え、地域の歴史や伝承の本だったり、怪奇現象の本、よくわからない哲学書に、UMAとかエイリアン特集雑誌等が、巻数に空きを作りながら並んでいる。偏りながらも多種多様な珍品が揃っていると言えよう。

 代々の先輩方が、少しずついらなくなった本を置いていったらしい。ここは地味に歴史ある部活だと聞いている。『私はこうやって魔閃光を撃った』なんてタイトルの本もある。著者は需要という概念を知らないのかもしれない。


 陰影の色彩豊かな表紙の中から、目に付いた真新しいハードカバーを手に取り、パラパラめくる。

 比較的新しい本が増えている時は、基本的に文芸部から譲り受けたものだ。二つ隣に居を構えている。

 そのルートで入ってくる本はなにかしら心に残る、名作だったり迷作だったりがほとんどとなる。文芸部の加賀美(かがみ)副部長がめぼしい品を布教用に数冊買ってくるからだ。


 濃いサブカルと謎の哲学的精神論に彩られた狂気の調和に、訝しげに表紙を確認する。『私はこうやって螺旋丸を撃った』 このシリーズ加賀美の趣味かよ。


 知らなくて良いものを知ってしまった。そんな薄ぼけた後悔を晴らすように、パンッと、小気味良い音を立てて本を閉じた。

 この部室に流れてくる物品は本に限らずそれなりに多様だが、その中身もいやに多様だ。多様というか、独創的。独創的で奇っ怪。しかし断らないのがこの部の変わらない方針でもあった。

 それがしっかりと現部長にも受け継がれているようで、胸を小さく締め付けた。


 ーーそういえば、


 裕也はふと違和感に気づく。ポットからお茶を注ぐ後輩に尋ねた。


「……しのかはまだ来てないのか?」


「部長ですか? 部長なら今ーー」




 ーーーー




 吹き込む風は涼やかで、差し込む日差しは暖かだ。昨日の夏日はすっかりと影を潜めている。年中続いても構わないほどにはベストな気象条件と呼べるだろう。


 少年は踏みしめる木の音を感じながら階段を、三階まで上がった。


 木目の廊下には(まだら)に木陰が落ちて、揺らめく陽だまりに少女が一人。隙間(すきま)風のような息遣いが鼓膜を通り抜ける。少年は浅く息を吐いた。


「おーい、部長の威厳はどうしたんだー?」


「…………っふ、にゅぉ〜」


 実に至福といった様子で夢の世界を揺蕩(たゆた)う彼女に手を伸ばす。

 その手を払うようにして、単純な唸り声のようで食肉目ネコ科にも思える声で少女は目を覚ました。


「……あれ〜……ユウくんだ〜」


「……おはようございます、部長様。御加減(おかげん)はいかがでございましょうか?」


「今日は天気もいいし〜、風も気持ちいいしで〜最高の気候だと思わない〜? こんなの年に数日もないよ〜」


「それもう今月四回目だよ」


 幸せそうに目を擦り、緩みきった笑顔を浮かべる少女、篠川(しのかわ)しのかは、いったい今どういう状況なのだろう。

 よく分からないが、廊下の窓際に机に密着させ、旧校舎裏側の自然を一望できる位置で座しているのだ。突っ伏して、四肢をぶらぶら遊ばせている。


 絹のような滑らかで健康的な長髪は、日に照らされることで微かに揺れめく天然モノの栗色だ。手足と共に雑に投げ出されているのが勿体無いが、損なわれないものがそこにある。

 裕也と同じく高校二年生である彼女は、裕也の所属する部活の部長も務めている。

「ほえ〜」と普段の三割増しで間延びした声を漏らす様はだらしないにも程があるが、部長である。人材不足か実力主義か。六対四で前者だ。


 ーーそれで、


「なにしてたんだ? こんなとこで」


「そんなの見ればわかるでしょう〜」


「光合成」


「七割せいか〜い」


 中途半端に現実味のある割合。出来れば大不正解であって欲しかった。


「残りの三割はこれなのです!!」


「…………」


 ズビシッ。少女は扇子で鋭く答えを指し示した。繰り出された会心の一撃に裕也は声を失う。

 それは意外性のある答えに対する驚きでもあったが、メインはその意図が理解し難いものであったからだ。彼女の性格上、無意味ではないのだろうが。


 それは、窓から見下ろす木々を描いた、所謂(いわゆる)ところの風景画だった。


 幼い頃に縦横無尽にキャンバスに走らせたクレヨンで描かれたそれは、否応なしに彼女の才を感じさせる逸品だが、


「…………『地域伝承”美術”研究会』になるのか?」


「? 違うよ〜。これはね、肩慣らしなんだ〜」


「……?」


 裕也の疑念は伝わりきらずに却下され、返す答えには言葉が足りない。後者は汲み取れるのが目の前の少女だ。


「ポスター、作ろうと思って」


 それでも結局分からない辺りが、彼女らしいのだと思う。

 しのかは壁にかかる時計を確認してから、うにょ〜、と目いっぱいに背筋を伸ばすと、「ぼちぼち戻らなきゃの時間だね〜」と言いつつ、黄色のクレヨンを手に取った。正直ネコキャラは間に合っているので、裕也としては別のキャラ付けを要求したいところだ。


 柔らかな色彩がキャンバスを転がる。


「なんだかね〜、うちの部活ってパッとしてないでしょ?」


 くりくりと右手は踊らせるに任せて、しのかは緩やかに言葉を(つむ)いだ。


「まあ、そうだな。…………ずっとそうだった気もするけれど」


「そうだね〜。今思えば、なんだかもっとやれることはあったと思うんだよね〜」


「やれること、か……」


「ただの暇人の集いじゃあ、なんだか物足りない気がしない?」


「そうでもないよ。ずっと毎日が平穏で平常。我が部はその一端を担い、それ以上をそこに求めるなんて贅沢(ぜいたく)だ」


「もぉ〜。そういうの、わたし良くないと思うな〜」


 机を半歩後ろから軽く覗き込むような裕也がキザったらしく高説(こうせつ)を垂れてみせる。前を向いたままのしのかは頬を膨らませているに違いない。

 朱色(しゅいろ)を手に取るしのか。裕也は少し苦笑して、


「活動は()()()()()()、してる方じゃあないか? 僕はそう思うけど」


「もっとだよ〜。わたしは部長として、もっとこの部を引っ張って行かなくちゃいけないと、そう思うのです。活動の機会はもっと増やすべきなんだよ〜」


 その声に宿るのは怒りではなく、微かな不満と歩みの意思だ。(あい)も変わらず、彼女は所属する部活動の活性化を心から願っているのだろう。


「……ユウくん、今また同じこと言ってるって思ったでしょ」


「思ったよ。変わらないというのは、(まこと)に尊きことであります。ーーまあつまり、この絵は宣伝用に使うってことか?」


 思ったことをまるで思ってもない風に言い、サラサラと走る藍色を追う。少女の声は明るい。


「肩慣らしって言ったでしょ〜。まだ本番じゃないけど、どう思う?」


「太陽で溶けてたのにはそれなりの経緯があったわけだ」


「絵について」


「発想が安直」


「もう一押し」


「これで部費を捻出(ねんしゅつ)できるんじゃないかな?」


「褒め言葉として受け取ります。及第点マイナス十点くらいあげましょ〜」


 裕也の軽口を、少女は片手間であしらってしまうのであった。こういう斜に構えているとか、ひねているとかと形容されるであろう上っ面も、随分と慣れてしまったものだ。上手いとは、言い難いだろうが。


 深緑が拡がり伸びる。


「じゃあね〜、ホントに美術部名乗っちゃおっか〜」


「合法的に絵で部費を稼ごうって?」


「だよ〜」


「今ある美術部は?」


「吸収合併〜」


「そういうのは、ワクワクしそうだな」


「マサ君なら飛びつくだろうね〜」


「分かりみが深い」


「そういうことならじゃんじゃん描いちゃわないと」


 まだまだ精進あるのみだよ〜。しのかは冗談混じりにガッツポーズをする。ここまで精緻な絵が描けるのなら精進なぞ必要ない気もするし、宣伝用のポスターに必要な要素とも少しズレている気もする。


 ぐりぐりと水色が駆ける。


「ユウ君さ。なんかあった?」


「ーー、なんで?」


「なんででしょ〜?」


 (やぶ)から棒で突発的なしのかの問いを問いで返すと、またさらに問いで返される。その渋滞を解消せんと裕也が動き出す前に、少女は亜麻色をはためかせながら振り返った。


「……やっぱり」


「…………あぁ、」


 身体ごと少年に向き直った少女は、目線を合わさんとして、その大きく透き通った瞳でこれでもかと主張し始めた。少年は数度の攻防の後に負けを認めて観念し、()()()()()()()()()()()


「ユウ君がなにか隠し事をする時はーー」


「視線をちゃんと合わさない、か」


「よろしい」


 しのかは勝ち誇る。少なくとも、そういうふうな笑顔が咲いた。

 再三言われ続けてきた悪い癖は、とうとう治ることはなかったのだ。しかしそれがたとえ悪い癖であったとしても、手放さなかったこと自体は果たして悪いことだったのだろうか。答えは出ないが、胸には細かな針が刺さる。


「顔は一応見てるんだけどね〜。目は合わない。なんでかな〜?」


「さぁ、やましい気持ちでもあるんじゃないか?」


「自分を卑下するのはよろしくないね〜」



「…………悪いニュースがあるんだ」



「それはとびっきりに楽しいニュースだね〜」



 少女は目いっぱいの色彩を胸に抱えて立ち上がった。




 ーーーー




「はい。じゃあこれで全員揃ったんでいつものやつ始めるよ〜」


 部室に戻り、各自定位置へ。

 しのかの号令が、今日の活動開始の合図であった。裕也と智紀はそれなりに(かしこ)まってパイプ椅子に深くかけ、しのかはホワイトボードを背にして立つ。


「コホン、では、今日の『地域伝承研究会』の定例会議を始めま〜す」


 一本の黒マーカーを手に取り、ボードに素早く線を走らせる。そしてその一文をペン先で指して言った。


「まずは各自報告から。もう僅かで四月も終わってゴールデンウィークに入りますが、そろそろ皆が腰を落ち着け始める頃だよね〜。つまり今が稼ぎどきの納めどきというわけであります。ーーてなワケで、新入部員ゲットしてきた人〜」

 

「ない」


「ないですね」


「うんうん〜。もう新入部員は入らないのかな〜? もったいないなぁ〜」


 予期していた即答に残念そうに肩を落とすしのか。


 『地域伝承研究会』それが裕也たちが所属している部活だ。


 名前の通り地域の伝承を研究するのが目的で、部員は現在三名。


 まず前提として、この九野里市はオカルトめいた伝承や心霊現象だったりの話がそれなりに発掘される、言ってみれば『出る』地域である。

 しかし、実際には語尾を濁すべきだろう。『らしい』だとか『かもしれない』などなど。当然の話だが、それら科学的に存在が証明されているわけではないのだ。所詮は噂話(うわさばなし)与太話(よたばなし)である。


 この街の人々がそのような世迷言(よまいごと)に関心を持つのは、せいぜいが小学生までの幼い時分か、胡散臭い心霊現象番組で取り上げられたぐらいのものである。『怪奇!! 宇宙人が降り立った街、九野里!!』といった塩梅か。裕也は自らのセンスを(なげ)いた。

 だがしかし、この浮世には一定数、趣味趣向が摩訶不思議(まかふしぎ)アドベンチャーな人間が決まって存在しているものだ。

 そんな人種は、例えば古びて崩れかけのボロっちい学び舎に集まり、日々生産性のない話題でワイワイやってたりするものである。必定というやつだ。想像にかたくないというやつだ。


 彼らの片棒を担いでしまったことを、かつては裕也も後悔したものだが、それは今関係の無いお話。


 この地域伝承研究会は日夜そういった類の、超常現象等々を調査、研究し、いつかその謎を解き明かすという高尚な目的のある由緒正しき部活動ーーに見せかけた部室でダラダラする部である。


 現在の活動は大きく三つ。


 この部室に集まること。


 あまり意味を成していない定例会議。


 時間を潰す。


 以上だ。なんて素晴らしい部活なんだ!! とは誠人の談。


 しかし、部長(しのか)はそんな腑抜けた現状に納得していない。本気で超常現象を求めているのだ。

 何か面白いネタが転がってないかと頻繁にそわそわしている。


 だが噂話には事欠かないとは言っても、そうホイホイと妖怪や霊が湧いて出てくるなら、この街はもっと盛大に観光地か、それとももっと別ベクトルのナニカになっているだろう。


 よって基本的には、しのかも他の部員と変わらず、部室で暇と虫しか潰していない。

 そのような日々を過ごす彼女は、渋々といった調子で諦観を吐き出す。


「もう新入部員を集めるのは諦める時期かな〜。出来れば去年よりも増やしたかったんだけどなぁ〜」


「一人減ったな」


「同好会として成立するための最低人数は満たしてますから、別に今焦って探なくてもいいんじゃないですか?」


「う〜ん、そうだよね〜。とりあえずこれは、めぼしい人がいたら連れてくる! くらいで置いとこっか〜」


 そう言って『新入部員について』の文字の横に『保留。頭のはしっこ入れとく!』と二列で書き、円で囲う。


「じゃあ議題その二。毎月発行してる会誌について。一応決まったから報告しときま〜す」


 先の一文の下に手早く文字を走らせる。


「ーーと言っても、これは去年と変わらず文芸部との合同誌として発行させてもらう運びとなりました〜。

 原稿の締切は来週いっぱい。テーマは『自己紹介兼今年一年の抱負』です。そこのファイルに入ってるA4サイズの紙に好きなように書いてね〜。

 トモ君は一年生だけど、厚みが足りてないらしいので出してくれると嬉しいな〜」


 意外な程に部長らしく報告を終えると、何か質問はないかと視線を男子たちに投げた。裕也は謙虚に形式的に、目線の高さの挙手をする。

「どうぞ」しのかは左手の扇子で裕也を指した。


「書きたくないです」


「書いてくださ〜い」

 

「何日ぐらい超過出来ますか?」


「ユウくん二日前倒しね」


 続いて智紀が、こちらは比較的伸びやかに挙手をした。


「厚みが足りてないって、文芸部の人数も減ったって事ですか?」


「う〜ん、確かそんな事無かったと思うよ〜。これは元々の担当する分が極薄だったから、これからは増やしてくれって話〜」


 しのか曰く、去年までの会誌では極端にこの部活の担当分が少なかったと、文芸部ーーというより生徒会が違和感を持ったらしい。だから今年からは出来るだけ多く書いてほしいのだそうだ。


「……少し勝手な話ですね」


「でも実際、後ろの方にチョロっとしか書いてないんじゃ少し寂しいとは思うよ〜。この部の活動の一環だしね〜。先輩方は気にしてなかったんだろうけど、わたしは気にしちゃいます。

 そうだ! なんなら一人で二枚書いてもいいんじゃないかな〜」


 と、唐突に閃くしのか。今の顔は半強制レベルの本気度だったと考察する。笑顔で仕事量を倍化するブラックぶりだ。

 裕也たちの苦笑をどう取ったのか。しのかは微笑み返してから、『会誌について』の一文の下に星型の重要マークと共に『一人二枚!!』と書いた。


 ……いや決定しちゃったよ。


「二人ともよろしくね! じゃあ次の議題行くよ〜」


 意見は先程の挙手で締め切ったと、極めて迅速に次の議題へと移行する。

 智紀が何か言いたげな顔をしたが、裕也が静かに首を振るのを見ると、諦めたようにその言葉を飲み下した。


「議題その三。最近巷を騒がせている『三つの噂』について。各自ネタを掴んだ人は挙手をお願いしま〜す」


 一瞬くるりと見渡して、しのかの視線が止まる。満面の向日葵(ひまわり)が咲いた。



「昨日はお楽しみでした〜?」



「おかげさまで、ね」



 言い方にはもっと気を払って欲しいと、天井の(かす)れたシミに思う。

 景気良く拡げられた扇子が『逆転ホームラン』とデカデカに謳っていた。


 あぁ、悪いニュースだ。

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