第一章[表]帰り道を逆走した日
背負う月が大きく迫る。
空はとっくに茜色を通り過ぎ、完全に夜になっている。あの焼けるような暑さは爽やかな涼しさへと変わり、頬をなでる風が心地よい。
少年たちは夜空の半月と弱々しい街灯に照らされて、住宅地を歩いている。
「いや〜、やっぱり来て正解だったろ。久しぶりにこんなに駄菓子買ったぞ、オレ」
そう言って片手のビニール袋を掲げる幼馴染み。
袋いっぱいに詰まっている駄菓子は、しかし、裕也のものより随分と小ぶりだ。
それもそのはず。誠人の袋の中は甘い菓子がほとんどを占めており、スナック菓子中心の裕也とはかさ張り方が全く違う。
少しだけ得をした気がして、裕也は、それこそほんの少し上機嫌になった。
「まあ、たまにはいいかな」
素直な感想とシガレットを咥える。
ロッドがこの街に帰って来てから一ヶ月ほど。
偶然に近い形だが、誠人が彼と裕也をまた引き合わせたのは、総合的に見て『良かったこと』なのだと裕也は思っていた。あまり足を運ぶ気にはなれないが。
「フムフム、もっと感謝したまーーてそれ!! オレのシガレット!!!」
「取られる隙を見せた方が悪い」
こっそり抜き取った菓子をかじる。ほのかなココア味が、なんとも微妙な口当たりだ。だが、不思議と嫌な気はしない。
ギャーギャー喚くその声は、裕也の耳を右から左へと通過していった。
左右に並ぶ住宅群は、歩くほどに景観を変える。不用心に自転車を投げ出している家もあれば、謎の大量のダンボールが駐車場に置かれた家もある。車が入ると崩れそうなぐらいにスペースを圧迫していた。熟練の技術がそれを解決するのだろうか。
他には、明らかに過剰に思える数の花壇を道端に並べに並べ、しかも壁には蔦が這うという、一角がジャングルと化しているような家もあった。人が住んでいるのかも怪しい。
ーーあれ? この道…………。
「マサ、お前この道知ってる?」
「あぁ!? …………あぁ、ホントだな。知らねぇ」
不機嫌そうにシガレットを咥えた誠人は、すぐさまそれを噛み砕いてからそう言った。
「駄菓子屋行くの久しぶりだったしよぉ、どっか間違えちまったかな」
「そうかもな。ーーうわぁ、今どき絶滅危惧種だろ、青いポリバケツのゴミ箱とか」
「そうかぁ? あるだろ」
「え? ないよ」
「あるある。オレん家の近くとか絶対ある」
「マジか。勘違いだろ」
視線の先にあるそれは、近年は滅多に見かけない気がする。裕也こそ勘違いしているのかもしれないが。
試しにゴミ箱の中身を確認してみると、尋常ではない量の紙くずが詰まっていた。何だか不気味だ。ブラック企業のシュレッダーにだってこれだけの量は詰まってはいない。
「そういえばよ、最後のアレってどういうことなんだ?」
「? どれのことだ?」
「条件の話だよ。なんであんなこと聞いたのか、オレには全くわからん。なんの意味があったんだ?」
「……さぁ、僕もわかんないな」
唐突な質問に首を横に振る裕也。誠人は腕を前で組んで首を回しながら数秒唸ると、どうでも良さげに吐き捨てた。
「まあ意味わかんねぇのも相変わらずだわな。良い話も聞けたし、それが料金だっつぅなら儲けもんだ」
「いや、『対価』は後払いって言ってたぞ」
そだっけか? と誠人は首をかしげて、それから何かに気づいたようにまた頭を捻り始めた。
「…………じゃあマジでなんだったんだ? 条件って?」
「だからわかんないって」
先と同じ台詞を繰り返す裕也。またも誠人は唸り始めるが、考えるだけ無駄だと思う。
ロッドという男が何を考えているのかなんて、誠人にも、もちろん裕也にも計り知れるものでは無い。行動の意図が読めない。裕也にとってはそれも、ゴミ箱の中身以上には不気味な話だ。
「……でもさっきの話。ユウの役には立ちそうなんだよな?」
「……まあ、一応」
「なら別に良いか。またオッサンに会ったときに聞けば。それにーー」
「それに?」
「お前、こないだまでなんか元気なかったろ?」
完全に脈絡を無視してそう言った。
「あのオッサンの言う通りなのはアレだけどよ。なんかやるのはやっぱ大事だ。……役に立ったんなら、連れてった甲斐があったってもんだぜ」
誠人は一瞬目を伏せて、それから裕也に向き直って荒っぽく笑う。それがどこか照れくさいのを隠すようで、らしくない。
「……んだよ。何がおかしいよ…………」
「いや、だって、お前、それ、そんな…………らしくない」
その内容も仕草もタイミングも、その全部がらしくない。
らしくないのが、驚くくらい誠人らしい。
「だぁぁぁぁぁぁぁ!!!! いいかユウ!!!」
更なる照れ隠しか、誠人は激しく唸りながら、両手で頭をガシガシと掻き毟った。
裕也はその反応に少々面食らうが、お構い無しといった様子で頭半個低い目線から吠える。
「お前、最近ちょっと元気になったろうが!!」
「………たぶんな」
「んで、その原因はオレでも分かる!!」
「気は向かないけどな」
「そんじゃあちょっとぐらい協力してやろうってのは、普通だろうが!!! なぁおい!!!」
「……やっぱらしくないよ」
「そうか!!!」
半ばヤケクソ気味に胸を張る誠人。
ズンズンと先に進む背中を見やり、それから裕也は気づく。
「おいマサ」
「あぁ!!」
ヤケクソ通り越してキレ気味の少年に、裕也は足元へ視線を促してやる。
無機質なアスファルトに菓子が散乱。薄く山を築き、街灯に照らされて鮮やかな色彩を生み出していた。
両手の荷物を無視して頭を掻き毟ったりしたら、当然こうなる。なんの捻りもなく誠人らしい。
数拍の沈黙を誠人は気の抜けた顔で咀嚼し、しゃがんで一つずつ回収していく。裕也も手伝って拾った。
そうしてる時間が不思議と長く感じられるのは、これまた奇妙な事に不快には感じない。
「なあ、マサ」
「なんだよ」
言いたいことは山ほどあって、
言うべきことも多くある。
けれど、言える言葉は一握りだ。
「気が向いたらさ。また行こうな」
誠人は大ぶりのチョコレートを、不細工に投げ出されたビニール袋に放り込むと、ひょこっと跳ねるように立ち上がった。
「当たり前だろ!」
電灯の灯りを背にし、少年の表情は影に溶けてよく分からない。
きっとそれはお互い様で、こんな子供みたいな約束は、だからこそ今が、
見下ろす顔は灯りに照らされーー
不自然に固まった。
ーーーー
月夜の晩。
電灯に照らされたアスファルト。割れ目から除く下草。
幼馴染みの向こうで輝く半月は、どうしてかとても大きく見える。
「……? おいマサ……」
少し慎重な声音で問うた。
突然の友人の豹変は、裕也にとっては本当に予想外の事態で、恐らく只事ではない。いつものように茶化して流す気にはどうしてもなれなかった。
そんな揺れる心からの言葉に、帰ってきたのは絞り出す一文。
「…………ユウ………黙って、振り返れ」
「? なんだよいきなり…………………」
言われるがままに、緩慢に振り返る。
え。
いる。
視線の奥。
丁字路の角。
いる。
『黒』がいる。
夜の大気に溶けるようで、際立ち浮かび上がる揺らめく影。
全容すらも曖昧で流動的、かろうじて四足で立つ数メートルないくらいの生き物だと推測できる。その闇の中の一点がこちらを見やるようにぼんやりと光っていた。
『四足歩行の幽霊』
「………嘘だろ」
「あっ」
いったい何時、どのタイミングで。しかし誠人が声を上げた瞬間には、その姿は視界から消えていて。残ったのは霧散した黒い気配。
チカチカと瞬く街灯が少年たちの心をチリつかせる。
数秒呆然と思考の海に沈んでいた裕也は、飛び跳ねるように目を瞬かせた。
「マサ、お前今のがーー」
「すげぇ!! あれが例の幽霊なのか!!」
まるで世界の終わりが振替休日にやって来たと言わんばかりの深刻な表情の裕也に対し、今にも駆け出さんと好奇心を爆発させる誠人。
弾けるように飛び出した。その肩を裕也は強く引き止める。
「ーーっ、んだよユウ!」
「駄目だ。行くな。得体の知れないモノにそんなホイホイ」
「お前がそれを言うのかよ!!」
「それは、そうだけど……」
言い淀む。しかしその手の力は緩まらない。その頑なに譲らない裕也の態度に、流石の誠人も諦めに天秤が傾く。
ーーだが、
「おい、ユウ!! まだいるぞ!!」
「な!?」
先程とは違い、角を通り越して正面奥の闇の中。
間違いなく、捉えどころのない黒を纏ったナニカがそこにいる。
先より一回りほど大きい。というよりハッキリと存在しているのがわかる、ボヤけのないただ一つ。そのまま奥へと移動して、闇に紛れて見えなくなっていく。
「オレは行く!!」誠人はその台詞と共に飛び跳ね、駆け出した。
「待てよマサ!! ーークソッ!」
昔馴染みをこのまま放置しては帰れない。こうなっては追いかける他あるまい。
あんな得体の知れないモノに、ちゃんとした備えもなく近づくのは悪手も悪手。
裕也はそれを噛み締めるように、心のなかで舌打ちしながら駆け出した。
相当な速度で駆ける誠人になんとか追いつき、食らいつく。
「は!! 結局ユウも来るんじゃねぇか!!」
「喜ぶな。一人で行かせるわけにはいかないってだけだよ」
「相変わらず素直じゃねぇ!!」
「相変わらず察しが悪いよ!!」
お互いに息を切らせながら走る。背負ったリュックサックが絡みつくように重い。
『黒』はたまに右折左折するが基本的に道なり直進。同じ方角へと走っていく。『黒』との距離は大きいが、追いかけようと思えば見失うことは無い。
しかし問題はそこではなかった。
「ユウ!! こりゃアレだ!!」
「なんだ!!?」
「怪奇現象あるある!! 『なんか空間がおかしい』だ!! しのかが言ってた!!」
「いやわかるけども!!」
いくら加速しても距離が全く詰まらない。
足を緩めれば緩めるほど離されていくのに、逆は決して起こりえない。出来の悪いゲームのイベントのようだ。
『黒』が丁字路を右折。数秒遅れてそこに全身で滑り込んだ。距離はやはり詰まらない。
続く三叉路は左へ、僅かな起伏のある坂道を上がって下るのは思いのほか太腿に響く。
少し右に逸れた道を道なりに、視界の左に田んぼの大群を捉えたと思ったら、すぐに目の前は住宅群に戻る。
しかし、やはり一向に距離は詰まらない。
「にゃろぉ!!」アスファルトを踏み締めてさらに加速する誠人。裕也はもはやヤケクソ気味で背を追った。
こんなことをする意味はあるのか?
そんな疑問が脳裏をよぎる。正直ただ追いかけるだけではどうしようもないのでは? やるならやるで別のアプローチを考えた方が良い。
しかし裕也がその疑問を行動で示す前に、すぐ目の前を小さなナニカが飛んで行った。
それは『黒』の手前で着弾。発射点は前の少年。
先ほどまで地面に散らばっていたそれらが、彼によって投擲され、もう一度地面に散らばっていく。
「ユウもなんか投げろ!! なんか!!」
「お前ロッドに殺されるぞ!!」
「バカヤロウ!! なんのためにこんなに駄菓子があるんだよ!!」
「食うためだね!! 断じて食うためだね!!」
手元のビニール袋からイタのチョコやチロルなチョコやゴエンなチョコやスーパービックなチョコなどを雨霰に投擲する誠人の寿命は近い。
矢継ぎ早に連続投射された駄菓子は、しかし一発も『黒』を掠めることなくアスファルトに激突。恐らく中身は粉々だ。勿体ないと嘆く暇もない。
「くっそ!! ーーおい!! 早くユウも投げろ!!!」
「投げないし、そもそも投げれないよ!!」
「お前そんなの後で謝りゃなんとかーー」
「さっきのとこ置いてきた!!!」
裕也は誠人を追いかける時、いやその前に散らばった菓子を拾っていた時に、自分の菓子の入った袋を電柱の影に置いてそのままだ。もう一度手に持つ判断は咄嗟には出なかった。
「ーーっんなら、これならぁぁ!!!」
「!? おいバカっ!!」
当てが外れた誠人は豪快に振りかぶる。
数打つ機関銃か無意味ならばーー
ーーならば次点は大砲だ。
「ーーどうだァァァァ!!!!」
誠人は背負っていたリュックサックを砲丸投げばりの遠心力を乗せて投擲。
教科書筆箱弁当箱(裕也から借りた)漫画四~七巻etc..を搭載した砲弾は、喜劇的な放物線を描いて必中の勢いで『黒』に迫る。
「しゃおらァァ!!」
命を燃やした暴挙の甲斐か、砲弾は『黒』に見事命中し、誠人は勝利を確信する喝采をあげる。
しかしーー
「なんだアレ!? 幽霊か!!?」
「さっき自分で言ってただろ!!」
学生の魂は『黒』を華麗にすり抜けてアスファルトに激突した。……あまり想像したくないが、その中身は駄菓子たちと同じ運命を辿ったに違いない。沸き立つこの感情はなんだろう。四巻以前と以降でキズの付き方が劇的に変わってしまう……
「だぁチクショー!! じゃあアレだ!! ユウ、お守り投げろお守り!!」
「お守り!?」
裕也が誠人の鞄の中身の心配を、場違いながらそんなことを考えていると、誠人が叫ぶ。
「なんか持ってただろ!! オッサンに『レイゲンアラタカがうんちゃら』って言われてた石!!」
「ーーっ、マサ!! また曲がるぞ」
「なにぃ!!? 任せろぉ!!」
伊達に陸上部はやっていないと主張するように、誠人は全身でしなるように踏み切り、『黒』が曲がった角へと飛び込んだ。
それはとても鮮やかな跳躍で、
ーー芸術的に跳ね飛ばされて空を仰いだ。
そのまま締めた魚のように伸びた誠人。沈黙の支配。裕也は速度を落としつつも駆け寄り、怪我がないことを確認する。お互いに。
「……矢車先輩……」
「…………とてつもなく痛ぇ」
珍獣のごときタックルを食らった青年は、吹き飛んだ眼鏡を拾って無愛想に呟いた。
ーーーー
「ーーハンバーグ低ショックッッッッッ!!!!!」
謎の叫び声と共に少年の体が玩具みたいに跳ね上がった。
「…………フガッ……?」
見上げた空は、月がやったらめったら大きく見える。冷たい空気が肌でザワつく夜だ。
「…………ここ、どこだ??? ってか寒っっ!」
誠人は口の端からヨダレを垂らしながらキョロキョロと首を振る。事態の把握と直前までの行動との擦り合わせが上手くいっていないようだ。
そんな風に座り込んでいる少年に、紺の作業服を着た青年が近づき、右手を肩に置いた。
「誠人。お前はもう少し、考えて生きた方がいい」
「? どういう意味っすか?」
「人は思い切り良くジャンプしても空は飛べない。『鵜の真似する烏』、というやつだ」
「???」
すこぶる真剣な眼差しで諭すようにする眼鏡の青年に、誠人の間抜け面は四割増しだ。
そんな誠人の反応に疑問でも感じたのか、青年は裕也に視線を向ける。「まあ……はい」としか言えなかった。
「…………て、矢車センパイ!!? なんでこんな所に!??? てか幽霊!! 幽霊どこいったァァ!!!!!」
「マサ五月蝿い。近所迷惑。幽霊はお前が寝てる間にどっか行ったよ」
ようやく状況を把握したのか、誠人が喚き散らす。裕也は反射的に耳を指で塞ぎながら答えた。
「はぁ!? おいユウお前なにやってんだ!! 馬鹿か?? 追いかけろよ!!」
「無理だよ」
「お前には立派な足がついてるじゃないか」
「ついてるけども!!」
「お前たち二人とも近所迷惑だ」作業服の青年が静かに一喝する。少年二人は条件反射に口を接着した。どこか懐かしく思える感覚だ。
彼は矢車一真。裕也たちの二年上の先輩にあたり、ついこの前の三月に高校を卒業した。
裕也が所属する同好会の前部長でもあり、色々と良くしてもらったと素直に思える、頼りがいのある青年だった。裕也と親しい誠人にとっても、そのような印象が残っている。
誠人は角の向こうを見やる。街の闇に消えた『黒』たちは、どこへ向かったのだろうか。
後ろ髪を引かれる思いはあったが、これ以上追いかける気にはなれなかった。興が冷めたというやつか。
二人の方に向き直る。じっくり話すのは久しぶりなのか、どこか気まずそうな雰囲気の先輩後輩は、言葉少なに会話をしている。
「そーいやその格好。バイトっすか?」と少しの会話の間を縫って誠人が尋ねると、「まあそんなところだ」と一真は返した。
彼が羽織っている紺色の作業服風の上着は、誠人にも覚えがあった。確か近辺で活動している慈善団体か何かのものだったはずだ。我ながら冴えてると自画自賛する。
数分か、それとももう少しか。独特の間で会話は続く。
一真が最近ラーメンに凝っていることや、実は体調が芳しくないのにバイトに駆り出されてることなど、裕也と誠人には益も損もない情報を得たところで、一真は腕時計を確認した。
一息を長く吐いてから、
「『幽霊』を追っていたんだったな」
と平坦に言った。二人が肯定の意を返すと、また軽く息を吐いた。
「お前たちが部活動に熱心なのは分かる。直属の後輩がしっかりと活動しているというのは素直に嬉しく思うし、陸上部が空を目指すのも、まあそういうものなんだろう。知らぬ世界がまだまだあるということだ。また一つタメになった」
何か致命的に勘違いしていそうな一真は、少しズレたような結論に至ってから、「それはそれとして、だ」と区切りを入れて、
「あれは片付けてから帰れ」
彼が向けた視線の先、風に吹かれているのはアスファルトに散乱する駄菓子とリュックサック。
視線を戻すと去っていく背中。逆らえない。
空気はひんやりと冷えて、きっと帰宅するまで溶けたりはしないだろうと、半月の夜空にそう思った。
くすねた板チョコは粉々だった。
ーーーー
「なぁユウ?」
「……なんだよマサ」
後日談、というほど時間は過ぎてはいないが。
矢車と別れて一分弱。少年たちは散乱する菓子類を回収していた。
「なんでこんな近くにオレの駄菓子落ちてんだ?」
「え?」
「なんか鞄もめっちゃ近くに落ちてんだけど……。オレら結構走ったよな?」
そう疑問を呈す誠人。確かに、散乱する菓子類とリュックサックとの距離は十メートルほどしか離れていない。
「……だな。まあそんなこともあるんじゃないか。……たまたまだろ」
「いやいやだってオレめちゃくちゃ走ってたから投げたタイミングとかバラバラーー」
ふとよぎった疑問が不気味な形を為していくのを肌で感じる誠人は、言葉を言い切る前に何かに気づいた、もしくは見つけたような反応をした。
電柱の影にはビニールの袋。中身は溢れんばかりのスナック菓子。
投げ出された自転車は錆びて朽ち。
ダンボールが駐車場に山を作り。
道端を埋めつくす花壇には何も咲かず。
青いポリバケツは空っぽだった。
たっぷりと時間をかけて、誠人は裕也へと視線を合わせた。
「……怪奇現象あるある」
「『なんか空間がおかしい』」