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この街に『勇者』はいない【絶筆版】  作者: 田神 へいき
第一部 ■■■ to ■■■■■■■
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第一章[表]チープでスナックで平凡な

 「こんにちはー」軽い挨拶混じりに建付けの悪い引き戸を通って中へ。返事はない。


 腰程度の高さの棚が左右に並び、大小多種多様な菓子が所狭しと彩りを浮かべていた。マジックペンで書かれた値札はいずれもワンコイン以内の低価格だ。

 落ち着いたその空気は、太陽に炙られた身体を清々しく通過していく。

 今すぐにアイスを買って帰りたいが、ここまで来たらそうはいかないだろう。裕也は微笑ましい左右の色彩を振り切って、奥へ奥へと足を運んだ。そして座敷の前で靴を脱ぎ、(ふすま)を開けた。


 懐かしさが(ただよ)う六畳。


 男が四人いた。


「お? この前ぶりだなぁ裕也(ゆうや)。こんなゴミ溜めにわざわざお越しなさるとは」


「引きずられて来たんだよ、ロッド。来たくて来たんじゃない」


「お暇なこと結構。ご機嫌(うるわ)しゅう、なんてな」


 無精髭を生やした着物姿の男だった。

 胡座をかいて座る男は、まだ吸いはじめであろう煙草をつまみ、横目で裕也に笑いかけた。

 その笑顔は浮足だった無邪気さとは無縁の、もっと凪いだような心象が滲んだ『大人』の表情だ。着物の袖からがっしりと筋肉質な腕が覗き、その印象に拍車を掛けていた。


「おいユウ見ろよ。なんか白熱してるっぽいぜ!」


 興奮する幼なじみ。裕也は彼の視線を追ってから、冷静な判断を返した。


「白熱って言うか……蹂躙(じゅうりん)……?」


 ロッドと呼ばれた男と誠人の視線の先では、二人の男が台を挟んで向かい合っていた。


 将棋台だ。


 裕也はその遊戯の基本的なルールしか理解していないが、それでも分かる。戦況はかなり傾いていた。


 向かって左側で悠々(ゆうゆう)たる面持ちで構えるのは白髪の老人だ。


 年は五十代後半ほどだろうか。全体的に少し小柄で、しかし弱々しい印象を全く与えない。そんな不思議な雰囲気を纏わせている。背筋がピンと伸びているからそう感じるのかもしれない。胡座をかいて肘をつくというかなり楽な体勢の中、崩れない芯がそこにはあった。

 盤面を見下ろす双眸(そうぼう)(たか)。余裕綽々(しゃくしゃく)。それでいて鋭い圧を感じさせる。

 あと如何(いか)なる趣向か、正面にデカデカと『懐中電灯』の四文字があしらわれた、少々威圧的なグレーなパーカーを着ている。その年で何デビューなのかは知らないが、恐らく間違えている。安い個性付けだ。平常通り、誰も一言も指摘しない。


 対する右側で唸るのは、眉根を寄せて悩み顔の青年だ。


 かなり細身で頬は少しこけて見える。年は二十代後半ほどか。髪は癖のある黒髪で、目には活力が薄い。というか前髪が長くてちぢれているので目がほとんど隠れてしまっている。少し危なっかしい。

 全体的に生命力が薄そうな青年だ。枯れている、という表現が近しいだろうか。今まさに少ない命を盤面で燃やしているという印象だ。

 そしてーー


「なあマサ……」


「どした? ユウ」


(くれない)さん、なんで()()()()着てるんだ?」


「罰ゲームなんだと」


 全体的に枯れた細身の青年。


 アロハシャツを着ていた。


 真っ赤な下地にハイビスカスがこれでもかと咲き誇ったド派手なアロハシャツに、突き抜けるような真っ白の短パン。

 人様の服装をとやかく言うのがそもそもよろしくないとは思うが、まるで似合っていない。似合ってなさすぎて笑いも起きない。本体が服なのか人なのかも怪しく思えてくる。

 いっそ大人三人の服装を時計回りすればピッタリ合致しそうだ。名案。細身の彼は今日から『懐中電灯』である。

 しかしこれは罰ゲーム。前回によっぽど酷い負け方をしたのだろうから、そういう解決は野暮(やぼ)ってものだろう。


 そして、悲劇は今回も繰り返されようとしていた。


 老人が一手指す。


「うわぁ……」青年の表情は苦渋でわずかに歪み、数十秒の熟考。一手を返す。

 そうして打った手を老人は数秒で返してくるのだから、青年にとってはたまったものでは無いだろう。盤面を見なくてもどちらが劣勢なのかは明白だった。


「っあぁ……、銀さん、もうちょいこう、未来ある若者に対して手心とかないんですかねぇ……」


 額に手をつき、(くれない)と呼ばれた青年は溜息混じりにボヤいた。


「カカカ、てめェが未来ある若者だとか言うようになったか。えェ?」


 銀さん、と呼称された白髪の老人は感慨混じりに笑った。


「そりゃあ勘弁してくださいよぉ……」


「何言ってんだ。俺ァこれ以上ないくらい褒めてやってんだぜェ。己に価値を見いだせるのってなァ悪いことじゃあねェ。ーー未来ある若者は揉んでやらねェと」


「だから勘弁してくださいって……。なぁロッドさん。オタクもそう思うっしょ?」


「俺ごとき若輩者じゃ意見はできねぇ。すまん」


 ロッドは真剣そのものの目付きで茶化し、スルメに手を伸ばした。


「残念だったな小僧。そもそも俺ァ、それなりに手ェ抜いてるつもりだ」


「嘘ですって、銀さんの飛車(ひしゃ)エグい動きしてますもん」


「そりゃてめェが雑魚(ザコ)だからだ」


 ほい、とっとと次打ちな。そんな死刑宣告を四手ほど繰り返し、


 唐突に終わりはやってきた。


 鳴り響くシンプルな着信音。劣勢の青年はポケットからスマートフォンを取り出し、今しがた浮かべていたのとはまた異なった嫌悪感を眉根に浮かべ、応答した。

 その内容はあまり(かんば)しいものではないようだ。

 紅は気の抜けた相槌(あいづち)を五、六回ほど繰り返してから「今日オフなんで無理」と一言返す。


 数秒そのまま。それからスマホをポケットに押し込んで立ち上がった。


「すんません。ちょっとオレ、上司からお呼び出しですわ」


 どうやら断りきれなかったらしい。


「おぉ、大変だなァ現役は」


「今回はツケってことで」


 老人の「別にいいからとっとと行きな」というジェスチャーを汲み取ると、無気力気味に後頭部をかき、いそいそと出ていこうとする。


「休日出勤とか大変ですね!!」


 誠人(バカ)が去り際に一言。


「いやぁ、まあオフじゃないからしゃーなしですわ」


 爆弾発言を置いて男は去っていった。そういえば今日は天下の平日であった。

 …………まさかあのアロハシャツを着たまま行くのだろうか。

 平日の出勤をサボりながら南国へ行って日帰りしてきたモヤシ野郎パック三十円とか、そんなふうな陰口を叩かれないのだろうか。裕也は彼の行く末を少し心配した。


「んじゃまァ、シラけちまったし、俺もお暇すっかねェ……」


 と膝をパンパン払いながら老人が立ち上がる。


「またいつでもどうぞ。駄菓子屋あかねをご贔屓(ひいき)に」


「別にてめェの店じゃねェだろうが。ーーおーい(そら)ちゃーん。適当に酒あるー?」


 ロッドの(うやうや)しい二十度の礼を適当にあしらって、酒を貰いに奥まで行ってしまった。店長であるお婆さんが奥で作業でもしているのだろう。

 そしてさっさと一升瓶(いっしょうびん)を三本抱えて、「坊主たちもほどほどにしとけよ」と一言、ニヤリと笑みを刻んで去っていく。ほどほどにしとくのはあんただろう、とはさすがに言えなかった。


「オレ、トイレ」


 自己紹介して誠人(バカ)がどっか行った。


 あっという間のわずか数分で、人口密度が随分(ずいぶん)下がってしまった。月並みだが、部屋が広く感じられるアレだ。


「まあ、裕也も座りな」


 ロッドは将棋台を部屋の隅に寄せながら言った。裕也が畳に腰を下ろすと、眼前にスルメが積まれた木皿が置かれた。一本(くわ)える。


「んじゃまあ、ちょいと待たせちまったが、これから本題と行こうか」


「…………」


「お前さんたちの用件、()()()()()()だろ?」


 むぐむぐとスルメを咀嚼(そしゃく)しながらだんまりの裕也。ロッドは当然をわざわざ確認した。裕也にとっては嫌な話だが、これ以外に彼への用向きなんてありえない。



「ーー『四足歩行の幽霊』。実は続報があったりするぜ」



 その新事実は、裕也にとっては何一つとして魅力的ではないのであった。




 ーーーー




『宇宙人が降り立った地』


 尾鰭(おひれ)憶測(おくそく)で凝り固まったオカルティックなバラエティ番組で、この街はこのような奇怪な扱いをされたりする。


 裕也たちが暮らす九野里(くのさと)市はそんな片田舎の、社会の激流にも、オカルトブームの波にも乗り損ねた地方都市だ。


 とある界隈では『それなりに』有名で、その他大勢は名前も知らないだろう。


 そう、この街はーー



 ーー『出る』のである。




「現在進行形で今が旬の『三つの噂』。調べんなら『四足歩行の幽霊』から攻めるべしって助言(アドバイス)は、言った自分で後押しすんのもなんだが、確定的に最優先だと思うぜ」


「…………そう」


「返事はもうちょいハッキリハキハキが基本だ。興味ねぇか?」


「だね」


「嘘はいけねぇな」


「嘘じゃないよ」


「そうか。ならば良しだ」


 ロッドは腕を組んで、大仰にふむふむと頷いた。


 この筋肉和服男、ロッドは所謂(いわゆる)『情報屋』のような趣味を持つ変人である。


 年は恐らく三十代。かなり年は離れているが、幼い頃からの裕也たちの友人であり、親戚のおじさんのようであり、公園にやってくる紙芝居職人のようでもある。そんな絶妙な立ち位置の男性だ。

 日本人とドイツ人のハーフだそうだが、操る日本語に不自然な部分は見当たらず、容姿も一般的な日本人より少々彫りが深い程度。外国人、という感じはあまりしない。


 さらには職業不詳ーー曰く、世界中を飛び回っているらしいーーで、さらにどういう経緯か、あの駄菓子屋に住まわせてもらっているという。

 端的に言えば『怪しいおっさん』だ。だから最初は、関わるのを躊躇してしまっていたのだがーー


 人生とは、得てして何が起こるか分からないものである。


 彼が扱う『情報』は、大小様々な伝承や都市伝説に怪異譚(かいいたん)。それらに満たないちょっとした噂話までもを主体とする、広義的には『オカルト』と区分されるモノだ。


 彼が些細(ささい)な、それこそ子供(だま)しじみた対価によってもたらす多種多様な情報(ものがたり)は、少年少女の好奇心を、冒険心を駆り立てる、重要な立ち位置だったのである。


 幼い裕也たちはいつしか、頻繁にあの駄菓子屋に通い、彼から色々な話を聞いたものだ。作り話としか思えない荒唐無稽(こうとうむけい)な話や、インターネットを駆使しても見つからない童話に御伽噺(おとぎばなし)

 飢えた子供心には大変中毒性の高い、麻薬じみたスパイスが十分に効いていた。


 幼い頃の、大切な思い出だ。


「待たせたなお前ら!!」


 元気いっぱいでトイレが帰ってきた。裕也は一言尋ねる。


「どこ行ってたんだ?」


「どこって……トイレだよ」


「だよな」


 (いぶか)しげに首を傾げる誠人に、真顔で裕也は返した。

 意味わかんねぇ、と誠人は吐き捨てると、すぐさま意識を切りかえたのか、身を乗り出すようにロッドに詰め寄った。


「さあ!! 幽霊の話をユウにしてやってくれ!!」


「他人事に乗り気すぎるだろ……」


「は! むしろお前はオレに感謝すべきだ!!」


 一人増えただけで一瞬で騒がしくなった。つい耳を塞いでしまいたくなる騒音だ。


「お前ら変わんないな。ガキのまんまだ」


 ロッドは豪快に笑った。どこか嬉しそうな、そうでもないような笑いだった。

 それに釣られたのかは定かではないが、誠人もニシシと笑って返す。


「オッサンも全然変わってねぇよ。オレはあんたが爺さんにでもなってんじゃとか心配してたんだぜ」


「そいつは心外な話だ。()()()()()()()()?」


 ロッドは心外そうに頬を緩めた。

 実は彼と再開したのはつい最近で、それまで彼はこの街を去っていたのだ。


 その間、実に五年。


 ロッド本人は『世界の真実を求める大いなる冒険さ』と言っていたが、その真実は定かではない。駄菓子屋のお婆さんに聞いたら仕事の都合だと言っていた。


「あれは二年と少し前のことだった。『徒花(あだばな)の賢者』と呼ばれる超越者を求めて秘境の森に足を踏み入れたんだ。俺は(つた)にまみれた文明の残滓を目撃しーー」


「卑怯の森すっげぇぇ!!!」


 真実は、定かではない。


 その真偽のほどを確かめる気にもなれない話に食いつく誠人。この光景はいつも見ていた。

 昔と変わらない、幼いあの日の光景だ。


 ーーでも、


「変わったよ、みんな変わった」


 裕也は微かに(つぶや)いた。


 ロッドは『たったの』と表現し、裕也にとっても過ぎた今となってはそのような感覚もある。


 だがそれでも、五年は長い。


 人を変えるのには十分過ぎるほど。知覚外の()()は、数年もあれば大きく膨らんでいくものだろう。

 裕也はそう考えていて、その感覚に、恐怖に近い感情を覚えていた。

 変化は、怖い。


「ーーさて、前置きが長くなったが、そろそろ本題に入ろうか。『四足歩行の幽霊』の話だ」


 ロッドは手を叩いて場を仕切り直した。

 ただし。そう流れを区切ると、ロッドは人差し指を立てて言った。




「その前に一つ、簡単に条件がある」



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