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この街に『勇者』はいない【絶筆版】  作者: 田神 へいき
第一部 ■■■ to ■■■■■■■
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第二章 神城裕也

 
















 合宿、二日目。




































































 土を踏みしめる音がする。


 ざくざくと耳に響く。これは砂利が草に沈む音。


 見上げた先では高々と背を伸ばす木々が風で揺れる。


 ゆらゆらと目を撫でる。これは気持ちの良い擬音。


 さらに向こうでは真ん中を陣取った太陽が燃えさかる。


 ジリジリとジリジリと背を焦がす感覚は、どこか近い日のナニカを呼び起こす。


 心を遠くまで引き伸ばせば、落ちて流れる水の音がこだまするようだ。


 これは本当の本当に、ただのまやかし。


 悪い癖、なんだろう。


 目的が目の前を横切ろうとしているのに、自分を挑戦的に挑発しているというのに。

 専心すべき事柄を胸に抱えて足を踏み出しても、そうしようとすればするほど、心は宙を右往左往(うおうさおう)し始める。

 景色が一番見えるのは、人が一番見えるのは、世界が一番見えるのは、自分が、一番見えるのは、


 いつだってそうでないものを見ようとしているときだ。


 ちゅうぶらりんの優柔不断。いつまで経っても収束してくれないこれは、きっと悪い癖で間違いない。


 結局は諦めて、砂上に立つ足のなすがままになるのが常で、その流れのままを考察してみたりなんかもしてみたものだ。してみるものだ。


 森は笑ってる。嘲笑まじりに見えるけど、きっと慈愛に満ちた瞳で笑ってる。


 安らげと。安らいでしまえと。楽になってしまえと。受け入れてしまえと。飲み込んでしまえと。全部を忘れて、そして次の一歩を踏み出せと。

 山が自身に強要しているように感じられる。神様が本当にいたとして、これは気まぐれの慈悲か、職務なのだろう。毎日のノルマに『人を救ったらボーナス』とでも書き記してあるのだろう。


 あぁ、酷いとばっちりを押しつてけてしまっている。ここで自己嫌悪に陥ることさえ、この母なる自然たちには喜ばしいことではなかろう。どう足掻いたって迷惑だ。


 心がかぶりを振る。意味はなかった。


 視界を澄ますと、少し安心した。自身の両足は確かに前進していたようだ。


 滑らかな上り坂で足裏の感触を確かめながら歩む。勝手に確かめさせられながら踏みしめる。湿気のない地面は思っていたよりも固い。昨日よりも。気のせいだが。もしかしたら木のせいなのかもしれない。昨日見たのと周囲の木々は幾許(いくばく)か差異が見受けられるーー気がした。それこそ気のせいだ。


 手の握りが強くなる。その内から漏れる淡紫の明かりがゆらゆらと。陽炎のようだ。しっかりと感触を確かめる。


 少し土が柔らかくなってきた、ような。足元の緑もなんとなく増えているようで合点がいった。


 少し傾斜がきつくなってきた。今までが甘すぎだったのかもしれない。昨日も通ったはずなのに。


 少し足が後ろに引っ張られる感じがした。左側には昨日みんなで登った斜面が見えた。真っ直ぐ進んだ。


 少し足元を確認した。特に理由は思いつかなかった。跡を辿るなら前を向くべきだ。


 少し足が(はや)った。どうしてだろう。少なくとも好奇心とはそれなりに離れたものだ。背中が熱くて、痛い。


 少し戸惑った。どこまでも続いているかと思われた(しるべ)は途絶えて。途絶えたと思ったら横道にそれていた。緑生い茂る先に確かに続いている。踏み込んだ。


 もう一歩。もう一歩。もう一歩。もう一歩。もう一歩。身体は緩慢(かんまん)で、心ははやい。全部がもう、遠くで駆けていた。


 一度立ち止まった。目の前には境界がある。ここにいるぞと主張している。訴えかけている。僕はその先を見ないようにして、足を一歩と半分引いて、まだ立ち止まったままだ。


 ーー中天の太陽が背を焦がす。


 分水嶺(ぶんすいれい)はいつだったのか。


 ーー中天の太陽が背を焦がす。


 あぁ、酷い皮肉だ。


 ーー中天の太陽が背を焦がす。


 通学路を逆走した、あの日がーー



 一歩を踏み出す。



 少し、後悔した。




















「ボン」




 空気が揺れて、炸裂する。発散して、収束する。


 秒にも満たない破壊の凝縮。歩み寄る男が一人。


 パラパラと降り注ぐ砂利(じゃり)を見ようともせず、男は口を開いた。


「ーー『缶ビール』ってもんに、俺は感銘を受けてるんだ」


「向こうじゃ『樽』とか『(びん)』にはいった酒はあれど、『缶』なんてもんは存在しねぇんだ。当たり前だけどな」


「美味い酒が安く、持ち運びしやすい状態で手に入る。それに俺は心底惚れたのさ。開発者の方に百億円ぐらい払いたいね。持ってないけど」


「この話をするとこぞってみんな、『別に缶ビールである必要はないだろ』『缶の酒なんていくらでもあるぞ』って話をしやがるんだが、確かにそうだ。色々あるしな。色々美味いしな」


「それでもやっぱ缶ビールなんだよ。なんでか。なんでかなぁ……」


「向こうじゃあまりお目にかかれない味ってのもあるが、こっちで初めて飲んだ酒だからか。すっかり気に入っちまったらしい。一目惚れってやつかね。ちょいと違うか」


「安いやつの方が好みかね。総合的に」


「まあなんの話だよって話だが、お前もご存知の通り俺は『語り部』。まあ真似事だが。とりあえず喋りたがりでね。そして前置きが無駄になげぇと来たもんだ。ガキのお前は随分としびれを切らしてた気がするが、今やこれがホンモノかどうかも分かりゃしないんだよな。疑いたくはねぇけど」


「あとなんだ、てきとーに話してると言ってることが矛盾してきたりもする。ま、どうでもいい話に整合性なんていらねぇか」



 べらべらと、実に淡々と、何も変わらずに男は口を踊らせる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 何も変わらずに、喋り続ける。



「ーーさて、本題だ」


「酒はいくらでもあるんだが、残念ながら(さかな)がなくてね」


「酒という存在は、しかしそれだけじゃ完結とは言えねぇ。そばに(さかな)が添えられてこそ映えるもんだ」


「お前にはそれを任せたい」



 土煙が晴れていく。



「なぁに簡単だ。話を聞かせてくれ」


「お前の今までの歩みを。どうやって始まったのか。誰がいたのか。なにがあったのか。そして幕は如何(いか)にして降りたのか。俺の聞くことに面白(おもしろ)可笑(おか)しく答えてくれりゃあいい」



 土煙が晴れていく。



「なんせ誰も知らない冒険譚だ。俺にとっては十分に価値がある」


「まずは、そうだな。()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんかをよろしくしたいかね」



 土煙が晴れていく。


 破壊の(すい)を尽くされた無残な世界の中で、


 ()()()()()()()()()


 ()()()()()()()()()()()()()()



「さあ、『対価』を精算する時間だぜ。()()()()




 中天の太陽が、背を焦がす。



第二章 終


ここいらで少しだけ毎日更新はストップ致します。思い返せば17万字くらい、結構書きました。ちょっと助長だったかも。


ここまで読んでくれた方。本当にありがとうございます。いやホント。ありがとござます(^^)


こっから三章の完結まで筆を走らせますので、しばしのお待ちを。


感想やらなんやら貰えれば執筆ブーストかかります。いやもうホントに超ブーストします。是非とも気が向きましたら

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