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この街に『勇者』はいない【絶筆版】  作者: 田神 へいき
第一部 ■■■ to ■■■■■■■
20/36

第二章[表]合宿行こうよ大型連休①

 ガタガタと体が揺さぶられる。


 その度に沈みかけていた意識は引き上げられ、少し関節をほぐしてから、また沈み始める。


 そしてまたガタガタ揺れるの繰り返し。田舎のバスはこれだから。裕也(ゆうや)欠伸(あくび)混じりに息を吐く。


 睡眠を諦めて窓の外を見やると、見慣れない緑の景色が後ろに流れていた。

 初めて向かう場所ではないが、視線の高さが違うだけでずいぶんと変わって見える。何となしに不思議な気分だ。


「……もうちょい、いけるか」


 腕時計を確認し、そう独りごちた裕也。諦めることを諦め、波のように頭を揺らす睡魔に身を委ねる。


 ゆらゆら、


 ゆらゆら、、


 ゆらゆら、、、


 ……


 …………


 ……………………


 ……ん


 また、揺れている。本当に乗客を飽きさせないエンターテイナーでアグレッシブなバスだ。そして運賃は無駄に高いと来た。

 せっかくなんだから車ぐらい()()()が出してくれてもいいだろうに。TSU〇AYAの会員証に化ける紙切れじゃないんだぞそれは。


「ーーー。ーーーーー。……ーー。」


 にしても、やたらと身体に響く揺れだなこれーー


「先輩。ちょっと起きてください神城(しんじょう)先輩」


 揺れの原因がこの大型車両ではないことを確認。うっすらと目を開く。


「…………ぁぁ。智紀か。先輩の眠りを妨げるとは不届き千万だな……」


「ふざけてないでいい加減答えてくださいよ」


「何を?」


 重たい頭でそう返答する。後輩、日野原智紀は様々な感情がたゆたう湿り気の強い視線で、裕也を()めつけた。

 そしてそのまま後方に視線を返す。


 その先にいたのは、間抜け面を限界まで弛緩させ、口から鈍い唸りと体液を垂れ流して人の形をしたーー


「あの人、先輩のお知り合いですよね」


「…………知らない人だ」




 ーーーー




 遡ること、三日。



「これで、よしっと」


 神城(しんじょう)裕也(ゆうや)は手に持った紙の四隅を画鋲で留めた。


 市立九野里高校。その本校舎三階の東掲示板に、今しがた貼られた一枚の掲示物を、少し距離をとって見やる。



『わたしたち伝研は世の中の不可思議の情報を募集しています。超常現象、怪奇現象、噂や怪談その他もろもろ何でもござれ!!』



 そう銘打たれたそれは、他の掲示物と比べても目を引く出来栄えであるだろう。

 四月は矢の如く眼前を過ぎ去り、そろそろ学ランが暑くなってきた今日このごろの五月一日。

 しのかが部活宣伝用の貼り紙を完成させたので、裕也はそれを掲示する手伝いをしていた。無事に最後の貼り紙の設置も終わり、我らが地域伝承研究部こと、伝研の部長は随分とご満悦のご様子である。

 まあ無理はない。それだけこの貼り紙に期待しているということは、この眩しいほどの笑顔からも一目瞭然だ。もう一ヶ月前に作っておくべきだったのでは? そんな戯れ言は口に出すだけ野暮だしキレたら怖い。


 ーーこれで部に面白い噂の一つや二つ集まるようになれば言うことないんだけど……


 だが現実は非情でいじめたがりだ。簡単な話、裕也自身が貼り紙を見て興味をそそられるかと言えば、まあ嘘になる。目に付くから人が集まるとは、一概には言えないわけだ。


「うふふふ〜、これでガンガン情報が入ってくるようになるねぇ。楽しみ」


「………いや、こんなんじゃ簡単には集まらないと思うぞ」


 ーー大きな獲物を釣りあげるのに必要なのは待ち続ける忍耐力だとじっちゃんが言ってた。

 だから気長に待つことが大切だと言いたかったのだが、彼女の笑顔のまま凍りついた表情から察するに、そこまで言う余裕は与えてくれないようだ。これはまずい。裕也は直ちに身を反転しーー


「もう!  こんな貼り紙じゃ誰も見向きもしないってこと!? ユウくん酷いっ!」


 間に合わなかった。

 しのかは頬を膨らませ怒る。プンスカという擬音がとても似合いそうな感じだ。可愛い。

 彼女は基本的におおらかーーというよりぼんやりーーだが、割と沸点は低い。ガチの時は静かに怒るから怖いのなんのって。さらに結構引きずるからタチが悪い。

 部内の穏やかな空気を保つためにも、ここは一つ言っておくべきだろう。裕也は一筋の汗を払うように咳払い。


「いやいや、今のはそういうのじゃじゃ……なくて。……もっと気長に待とうってこと。こういうのは効果がすぐに出るもんじゃないし」


 噛みまみた。

 それでもなんとか弁解するも、彼女のジト目からすると信用されていないらしい。離れない目線が流れる汗を加速させる。


「この貼り紙はかなりいい出来で目を引くだろうけど、不可思議な現象なんてそうそうあるものじゃないよ」


 じー


「それに知ってたとしてもその人がこれを見るとは限らないし」


 じー


「だから情報が集まるのはもうちょい先になるんじゃないないかな〜……なんて」


 じー


「……………うん、やっぱり出来がすごくいいからすぐに集まることも無きにしも非ずというか……」


 結局その視線に耐えられなくなってこちらが折れてしまった。彼女は我慢の限界だったようで、フフッと笑い声を漏らす


「まあとりあえず、(けな)してる訳じゃなさそうだから許します〜」


 どうやら彼女に遊ばれていたらしい。裕也は安心してほっと胸をなでおろす。


「とりあえずこれで思い残すことはないわけだ〜」


「なに。しのか死ぬの?」


「ふふふ〜。どちらかと言えば、これからわたしの戦いは始まるの〜」


「あぁ。……決めたのか?」


 しのかは窓から茜色に染まりつつある空を見上げて言い放った。



「今週の土曜日! 記念すべき今年度最初のミッションのGW(ゴールデンウィーク)での決行を、ここに宣言しま〜す!!!」



 予定調和だなぁと。裕也は懐かしさ混じりに夕焼けに苦笑した。




 ーーーー




 そんなこんなGW(ゴールデンウィーク)。五月四日の土曜日午前。


 裕也たち地域伝承研究会は、九野里市の中でもさらに自然の空気漂う辺鄙(へんぴ)な目的地まで。

 積み重ねた年期が塗装に滲むバスの、少々固い座席が彼らを導く。

 通路を挟んで四つ。進行方向正面を向いた、最後列から三番目の座席に、彼らは横一列に座っていた。向かっている方角故か、車内はガランと()いている。少し悪いが、荷物は前の席に置かせてもらっていた。


「やっべぇ!! くっそ田舎だなここ!!!」


 後ろの座席をちろりと一瞥(いちべつ)


 数分前までの熟睡ぶりは幻覚だったのか。十数年来の”知人”は窓に張り付いて、流れる景色にスカスカな感想をこぼしていた。少年心を忘れていないのは外見通りということだ。


「やっべぇ!! くっそ田舎だなここ!!!」


 目が合った。


「やっべぇ!! くっそ田舎だなーー」


「ーーそれ僕に言ってたのかよ……」


 このように、意外性が売りだが、しかしそれは必ずしも人間的な魅力とは結びつかない。確かに目の前のアホづらで証明されてしまっている。そう考えれば、彼は相当に貴重なサンプルということになるだろう。


「生き証人だな。長生きしろよ」


「ほほう、ついにお前もオレの最強無敵な世界的価値に気づくときがーー」


「ーーユウくんはもっと考えてること口に出した方がいいと思うよ〜。マサくんは察して」


「僕は口下手なんだよ」


「は! オレは言われるまでもなくそんなことは把握済みだぜ!! つまりオレの真価はさらに高みへと龍の如く駆け上がりーー」


「で、この人は結局どこの誰なんですか……?」


 奥歯に軍艦巻きの海苔が挟まったような、軽く沈痛な面持ちの一級好青年の後輩。やはり部外者が気になって仕方が無いらしい。


「……智紀。真面目だよな」


「なにかいけませんか?」


「いけなくない。意外ではある」


 ーーイケメン好青年はもっとチャラついてるもんだと思ったけど。


 イケメンリア充は、概ね()()()()()()矯正、もしくは強制が入るような経験を積み重ねてきているというのが、裕也の持論だった。時たま中心グループの取り巻きの端で笑顔で相槌だけひたすら打つ隊歴七年の戦歴が、その持論にルナチタニウム合金に匹敵する硬度を持たせる。冗談だが。

 まあ、こうひたすら真面目さが滲み出るような人種になることだってあるだろう。その予防線としての”概ね”だ。


「ほうほうほうほう。どうやら新顔の坊やはオレについて知りたい様子。ならば名乗ろう!! 天地に轟く我が真名(まな)ーー」


「しのか。そろそろ押しといた方が良くない?」


「あ、そだね〜」


 ポチッとな、と軽い掛け声と共に窓際のボタンを押し、「次、止まります」の車内放送が流れる。


「…………我が名はーー」


「そういえば智紀。お前GWを二日も()いてよかったのか?」


「え、…………まあ、ずっと暇ですし」


「ホントか? ……性格的になんか破綻してるのかお前?」


「なんでですか!? 先輩方だって来てるじゃないですか!」


「いや僕の顔面偏差値じゃ推薦もらえんし、しのかは性格的に破綻してるところに心当たりが多すぎてーー痛ァァァ!!」


「ゴメ〜ン。カード切り損ねちゃった〜」


「先輩の額からカードがぁぁぁ!!」


「我が」


「いったぁ……。なんだこれ? 何マスターズだ?」


 額からカードを引き抜く。バスの慣性力と投擲の貫通力で、額には跡がへこみになっているが、出血はない。

 カードを見る。逆さでぶら下がる全裸の人々と、……ラッパ持った天使……?


「何モンスターズでもないよ〜。これはタロットカード」


「タロットカード? なるほどこれが……なんか幻影とか駆けてそうだな」


「我」


「わたしね〜、最近ちょっと初めて見たんだ。占い。ーーやってみる?」


 手に持ったカードの束を掲げて、笑顔の提案。


 ーー相変わらず器用なことで……。


「うーん、俺はいいです。あまり占いとか好きじゃなくて……」


「オレも。己が運命はこの手で切り拓くって決めーー」


「じゃあ僕を占ってくれ。すぐ終わるよな?」


「らくしょ〜だぜ〜」


 通路を挟んで向かいの彼女にカードを手渡す。それを束に差し込むと、軽やかパッパと切り始めた。

 バスが停車するまでもう数分もない。……むしろそれだけ時間があることが、否応なく向かうのが田舎であることを思わせるのだ。


「ユウくんは何を占って欲しい〜?」


 考えてなかった。


「……うーん。そうだな……『これからの運勢』……とか?」


「おま、捻りもクソもねぇなーー」


「あ、好きなタイミングでストップって言ってね〜」


「……ストップ」


 カードを切る手が止まる。形を整えてから手のひらに乗せ、裕也に向けて差し出した。


「それでは、束の上から一枚引くのだ〜」


「……それだけ? そんなんでみらーー」


 瞬間。一段と強くバスが揺れた。


 その衝撃に文字通り紙のように軽いカードたちは抗えない。蕾が花開くように宙を大げさに舞い、床に散乱した。カード裏に描かれた青い鳥が空を羽ばたき、ご満悦なようにも見えた。

 裕也の『そんなんで未来が見通せたら青タヌキ型ロボットの必要性が疑われるぞ』というツッコミは、当然の如くかき消える。それが神の救いなのか悪戯(いたずら)なのか、足元のカードを拾って確信した。


「……嫌がらせだな」


 再度バスが大きく揺れ、裕也はカードを取りこぼす。どうやら今度は停車したようだ。他のカードはしのかの手の中でガッチリと、同じ轍を踏んだのは裕也だけらしい。


 窓の外を見やる。目的地は全容を把握出来ないほど巨大で、逃げることなく待ち構える。出来れば先にこちらに来ている()()()()()に待ち構えていて欲しかったが、おおかた酒でも浴びて夢の彼方なのだろう。


 流れる車内アナウンス。折りたたまれて開くドア。


「着いたね〜」


「うっし! なんかだいぶ久しぶりに来ーー」


「みんな〜 バスから一歩でも降りた瞬間からが合宿だからね〜」


「笑ったらケツひっぱたかれそうだな」


「ではゆくぞ〜! 我らが地域伝承研究会決戦の地。銀英山へ〜!」


 そう号令して真っ先に降車した部長。

 裕也は足元の、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()引き抜いてから続いた。


 ーータロットの意味なんて知らないけど、まあ普通に考えたら……


 示された運勢。しかしその意味を聞く気には、不思議となれなかった。






「結局誰……? もういいけど」

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