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この街に『勇者』はいない【絶筆版】  作者: 田神 へいき
第一部 ■■■ to ■■■■■■■
2/36

piece■■ ボクは傍観者。キミの旅路には無関係な、お節介焼きのお茶目なキャラなのさ

 



「あんた死にますよ」




 部屋の主からの『ありがとう』に、青年は『どういたしまして』と、そう返した。


 眠気覚ましに入れた珈琲(コーヒー)

 左手のトレーに乗せられたそれは、誕生の弾ける元気を内に秘め、大人ぶった白い吐息を吐き続ける。

 部屋に溶けるように、主人の髪色のように暗くて黒い。


 長ったらしい白の廊下を抜けて、いかにもな自動ドアを通った先の、一つの個別ルーム。

 基本的な照明は統一され、それをそのまま流用している部屋の光度は、自身の部屋とはそう変わらないーーはずだ。


 だが不思議と薄暗く感じるのは、さざめく波のように足元を覆う資料の山のせいか。

 はたまた奥のデスクにそびえるデスクトップパソコンのような、それでいてその常識とはかけ離れた巨大な絡繰り仕掛け(マシン)のせいか。

 とにかくその部屋はどこか暗く、重い。


 それはまるで、主人の荷物を肩代わりしているかのように。


「いきなり死にますよ、とは。……実に、実に物騒極まりないじゃないか。君はボクの処刑人か、裁判官にでもジョブチェンジしたのかな?」


 神官の所には行ったかい? と、部屋の奥から白衣が笑う。それは訳の分からなさを覆う苦笑ではなく、理解した上での言葉遊び。手のひらの上の人形遊びだ。


 知っている。青年は知っている。

 もうとっくの昔に、そんなことは分かっていた。


 それでも、と右手に持った紙束。無数の名前と、続けて様々な情報が一緒くたになった、とある資料を視線でなぞる。


 知り合いなんて一人もいない。


 それは見知らぬ人物達の羅列。何度反芻(はんすう)しようと間違いなく赤の他人。

 そもそも異世界人の名前なんて普通は知る由もなく、そんなのは当たり前の話だ。


 それが本当に『普通』なら。


 その苗字は見覚えがありすぎる一族の証。

 そして普通でないのは彼らの出自()()()()()()。何よりその情報の深度(・・)。掘り起こした領域(エリア)が常軌を逸している。


「これ正直、掛け値なしに第一級秘匿情報(ブラックデータ)っスよ。知られたら破滅まっしぐら。…………何のためにこんな危険(リスク)ーーいやそもそもどうやってこんなにーー」


 その言に秘めるは、怒りと動揺と失望ーーーーがわずかに欠片ほどと、情報共有の権利主張。あとは一応の形式だ。

 こんなことを……悲しいかな、往々として起こすのが、この秘密主義者のクソ相棒様なのだから。


 白衣から伸びた手が言葉を遮った。


 多い多いと。今度こそ本当に苦笑して。


「よし、一つずついこう」


 そう言ってまずは一本。人差し指が天井を指す。


「破滅はしない。

 北斗クンはボクがそんなヘマするタマだと思ってるのかい? 最低として次の開門までは絶対、それ以降もまず無い。向こうはそんな興味も意欲も、毛ほども残しちゃいないさ。知ってるだろ?」


 立てた指がすぐさま三本に増えた。


 こちらに疑問を投げかけておいて、キャッチボールに応じる気はサラサラないらしい。あとで硬球を投げ込もう。


「情報の所在は企業秘密。

 昔にね、それはそれはスゴい偶然があったのサ!!」


「……ヴァンさんの偶然ほど信用できないものはーー」


 無いと、北斗は断言出来る。

 だが続きは言わせないと。二本に減った指が示す。


「動機は……彼への報酬だよ。

 至極当然の常識に沿った考えだろ? 褒めてくれたまえ」


「それ本当に報酬、ちゃんと相手の利になるような事なんスかね?」


「失礼な。ーーボクの仮説が確かなら、きっと役立つナニカを提示できるサ」


 わざとらしく唇を尖らせて、自身の目論みが白紙同然の紙切れである事を暴露した。対する北斗は呆れと不満を視線に込める。


「『鬼が出るか蛇が出るか』。どうせ彼女への届け物のついでだし。土産は多いに越したことはない」


「ーーっ、決まったんスか!!?」


 その反応に対し、ヴァンデは極めて愉快気に肩を竦めた。


「いや〜まだだよ。ただの『勘』さ。ーーまあ彼女が試験者(テスター)として適任だってのは、紛れもないボクの本心だけれど」


 ホントだぜ、と無邪気に笑う。


 実際問題、『彼女』は試験者(テスター)としての資格はあるだろう。それも申し分無しと言えるほどの。

 だが、初期ロットを当てるには()()()()()()()()()()()。彼女では『純正(まっしろ)』なデータは得られないと判断できる。

 そもそも協力してもらえるかも分からない。試験者(テスター)は別に用意する方が良いと思うのだが……


「…………でも当たるんスよね。それ」


 欠片ほどの確証もないのにそう断じてしまえる何かが、この男にはある。本人も自負しているのは明白だ。強いて言うなら経験則か。

 だが例え外れていたとしても、『彼』には報酬が必要だというのはチームの共通認識だ。

 それだけのものを自分たちは得たのだから。


「それで、この正念場の大事な時期に一体何を?」


 納得はした。異論もきっとないはずだ。だがそれを聞かねば船には乗れぬ。



「北斗クンはちっちゃい頃、『勇者伝説』、信じていたかい?」



 問いの上からバターナイフで塗りつぶしてやったかのような問いは、意図の全く読めないクソ問だった。


「いきなりなんスか? ……別に、信じちゃいなかったっスよ」


「それはキミだけかい?」


「…………誰も信じてなかったっスけど」


「いつから?」


「そんなもん分かんねぇっスよ。考えたこともねぇ。あの街の人間ならサンタさんといっしょに卒業っス」


「今は?」


「……んなもん、信じる信じないの次元じゃないでしょうが。…………何を言わせたいんスかヴァンさん。今さら『信じてなくてゴメーン』とでもさせる気っスか?」


「ナニ怒ってるんだいそんな裏声出してー」


「関係ないでしょ、はよ結論!」


 会話のワビサビが分かってないね〜。ヴァンデは白衣をはためかせながら肩を竦める。あんたのどこに和の心があるんだよ。


「キミの言う通りだよ」


「は?」



「『勇者』の実在を信じるのか、信じないのか。文字通りその議論以前の問題だったのサ。そもそもね」



 白衣は羽ばたくようにくるりと回り、軽快にデスク上のキーボードを叩く。

 そして然るべき要素を入力しEnterキー(ひきがね)を弾く。画面上で揺らめく『(ありかた)』の指紋(こせい)が、手を繋ぎあって溶けていく。


 数秒の後に確定された情報に、彼は何を思ったのか。



 遥か彼方の忘れ物に巡り会ったような。



 長い旅路に暇つぶしを思いついたような。



 かつての盟友からの手紙を受け取ったような。



「何はともあれ」


 とにかくその表情はいつもより何段階か迫真で


「この番外編(エクストラゲーム)は、中々に趣向が凝らされているようだ」


 少し、遠く感じた。



 ぬるくなった珈琲(コーヒー)は欠伸をグッと押し込めて、彼の口にはとても合うはずだ。

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