piece:1 『勇者伝説』と暴君少女
「ユウはさ。『勇者』って信じる?」
例えばの話をしよう。
神様が今日一番の善行を賞賛してくれるとしたら、いったい何が思い浮かぶだろうか。
数秒前までの自分なら『家族にアイスを買って帰るサイコーな自分』と答えるだろう。
今の自分なら『笑わなかったこと』答える。間違いない。
「……メグ」
「何よ」
「からかっていい?」
「目玉ほじくるわよ」
「……最近語彙がスゴいね。語彙が」
少なくとも少年には無かった。
「もう中学生だもの。当然の嗜みだわ」
「どっかの暴君かってぐらい慎み深い嗜みですね……」
「で、どうなのよ?」
「じゃあ信じない、で。はい話は終わりだサヨウナラーー」
「帰れると思ってるの?」
「……帰りたいとは、思ってます、はい」
肩に背負うように持ち直したビニール袋がガサリと揺れる。
バニラ、チョコ、ストロベリー、チョコミント。四色がうっすらと透けて見えていた。固定三種にフルーツ系一種。これが我が家の絶対規則だ。
帰り道に不幸にも遭遇してしまった幼馴染み暴君。
「立ち話もなんだから」と公園に連れ込まれる暴挙。
座らさせられたタイヤがやたら濡れていた不運。
というかこれは『逆らったらお前もこんな感じに埋めてやるぞ』という暗示なのでは? と考える被害妄想。そのまま言ったら憐れまれた。殺生な。夜の公園でふたりぼっちは寂しいかなぁ、という心配りだったのに。それも言ってみたら無視された。もうアイス溶けるからはよ帰らせろ。
まあ悪意だけで無視したわけではない。少年がバカやってる間、彼女は真剣そのものに再考している様子で、
「そうね。…………じゃあ『勇者』についてどう思う?」
「大して変わってないし。……『勇者』ってあれだろ? なんか地面から生えてきた『魔王』を頑張ってぶっ倒したってやつ。昔はさんざっぱら聞からされた気もするけれど……なに? ロッドのことでも懐かしもうって企画?」
「時に物語に思いを馳せるのも、また嗜みよ。慎み深きね。…………懐かしい名前」
ポツリと一言。彼女なりの郷愁の念も共に零れる。
「今頃何してるのか……」
「死んだんじゃない。不摂生で」
「かもね。…………にしても『勇者』ねぇ。やっぱりヒーローみたいな感じなんじゃないか? 『魔王』って分かりやすい敵も居るし。愛と勇気で人々を守り抜く、みたいな?」
「なんでちょっと疑問形なのよ」
「そりゃ疑問形だよ。知らないし」
「不甲斐ないわね。もうちょっとあるでしょ。なんかこう……もうちょっとあるでしょ!!」
ズビシと一発、指さし確認。真っ直ぐ威圧的な瞳は揺らぐことなく、語尾を一瞬だけ濁して。
なせだか怒られている気分だ。いかに世界広しといえど、こんなに理不尽なことは見渡す限りどこにもないーーとも言えないのが痛ましい。週二ぐらいはある。その事実が恐らく一番の理不尽だ。
ここは九野里市。何の変哲もない地方都市。
『街角ゾンビ見た事があるランキング第八位!!!』とローカル番組で特集されるぐらいにはオカルトの匂いがする、街談巷説、道聴塗説。怪異譚とバケモノガタリの街でもある。
ちなみにゾンビへの突撃インタビューはゲロあり千鳥足あり衝撃の家庭事情発覚ありの大スペクタクルだった。
『勇者伝説』というのは、そんな与太話の中でも一際ウソ臭い、安もんファンタジー被れのお伽噺であり、彼女の好物でもあった。
仕方がないので、と前置きするのが馬鹿らしくなるほど馴染んだ思考で、少年はもう一言か二言考えてやることにした。
「個人的には人知れず人々を助ける系とか? 『誰に認められなくとも……俺一人だけの戦いだとしても……。それでも俺は……!!』的な孤独故の葛藤とかあったら良しかな。傑作フラグ大放出」
「アンタの好みなんか別に聞いてないわ」
「ヤバいキレそう」
「八つ当たりは見苦しいわよ」
「人間、見苦しいくらいがちょうど良いらしいよ。メグは高潔に過ぎるんだ」
「小指へし折るわよ」
「なんでだよ」
「声がウザイわ」
「うそーん言動以前の問題」
謂れのない毒が少年の心を痛めつける。ツッコんだら負けだがそれで良い。
「まあいいわ。アンタの思う通りのボッチ『勇者』だとしましょう。あながち間違いじゃないかもね。…………もしもよ。ユウ」
だからそんな仮定も、軽口で切り返してしまうが吉。それが良しだ。そのはずだ。
「もしも私が『勇者』になったら、ユウはどうする?」
月がこちらを見ていた。
その瞳には嘘はなく、虚勢はなく、強情も否定も疑心もない。
ただそう思ったから、そう尋ねただけ。
ふと聞きたいと思ったから、気まぐれに尋ねただけなのだろう。
この少女の人生は十割の計画性と、もう十割の天啓で出来ている。彼女は将来的に善性を備えた暴君となるはずだ。
遠くて眩しい、月光の瞳。
「ならないよ」
「……はぁ?」
「だから、メグはそんな『勇者』になんかならないよ」
少女は純粋な疑問を、いっそ不機嫌に見えるほどに歪ませた眉で表現した。切り返される前に声を裏返す。
「『はぁ? なにそれ意味あるの?』」
「……え、いきなりなによ……怖……」
唐突な裏声は声変わりを終えたばかりの少年にしては上出来な部類だと自画自賛したが、少女には普通に引かれた。酷い。
「メグが『勇者』になってから言いそうな第一声。……『勇者は孤独ぅ? バカ言ってんじゃないわよ。手数は力よ。力』……みたいな?」
「なんでちょっと疑問形なのよ?」
「僕、別にメグじゃないし」
「あっそ。もしかしたら孤独を強いられるやむを得ない事情とかあるかもしれないんじゃないの? 『勇者』って」
「『いい? ルールってのはね。穴を見つけてからが勝負なのよ』……とか何とか言って結局なんとかするんじゃない? 知らんけど」
「……ユウの中の私はどんなやつなのよ」
「暴君。…………知らんけど」
「アンタそれ付けたら許されると思ってるでしょ」
「付けなくても許されると思ってる」
「じゃあ許すわ。貸し三つね」
そう言うと、少女は勢いを付けて前に跳んだ。座っていたタイヤが弾性で揺れる。そのまま公園を出て、帰路に着くようだ。
「それで? 結局私がアンタの言う通りの『勇者』になったとして、ユウはどうするの? どうしてくれるのかしら?」
「そんなの、別に変わらないよ。なんやかんでずっと味方だ」
「ふーん、そう」
舞うように駆ける少女は夜空に映えて、少年は自分なりの足取りで背中を追う。
「だから、いつか自慢話の一つでもさせてくれよ。『こいつが世界を救った”勇者”なんだぜ、スゴいだろ』……ってね」
星が瞬くこんな夜に。少年は少女に夢を見た。
「…………アンタ何気に恥ずかしいこと言ったわね」
「え、感想今!? 何分遅れだよ!?」
「なんか変に気どっててイタイ。そういうのチューニビョウって言うのよ」
「マイルドにオーバーキルな舌使い」
「可哀想だから貸しは一つでいいわよ。感謝なさい」
「…………じゃあ今精算で。はいこれ」
「あら? アイスを貢いでチャラにしようなんて虫がいいわねーーってチョコミントじゃない!! よりにもよって!! こんなの歯磨き粉よ歯磨き粉!!」
「……なんかもうメグは色々怒られてもいいと思うぞ……」