自分勝手な婚約者。
---------休みが明けた出勤日。
出社すると美紗は既に自分の席にいて、パソコンに届いていたメールをチェックしていた。
いつもはコンタクトなのに、今日はメガネ姿の美紗。
美紗の瞼は少し晴れていて、眼球も赤くなっていた。
痛くてコンタクトが出来なかったのか、メガネでいつもと違う目を隠したかったのか。
美紗はあれからどれだけ泣いたのだろう。
「おはよう、美紗」
そんな美紗に近寄り話しかけると、
「おはようございます。佐藤さん」
俺に話し掛けられたくなかっただろう美紗が、バレバレにも程がある作り笑いを浮かべながら俺を見上げた。
美紗と俺の関係は、同じ部署の人間全員が知っている。
だけど、俺らは会社で慣れ慣れしく接したりしない。職場だから。
でも、挨拶だけは敬語なしで交し合ってきた。美紗とオレは恋人同士だから。
『おはよう』には『おはよう』を。『お疲れ様』には『お疲れ様』を。
なのに今日は、『おはようございます』。
美紗が俺と距離を置こうとしていた。
「ねぇ、美紗。朝会終わったらちょっとだけ会議室に来て」
美紗が俺を避けようとしているからと言って、おとなしく避けられたままでいられるわけもない。
「……それは、仕事の話ですか?」
職場で仕事以外の話を断ろうとする美紗の態度は間違っていないとは思う。だけど、電話さえ出てくれないくせに、会社内での私語厳禁はちょっと酷い。
「……まぁ」
実際、事と次第によっては会社の人間も関わる話だったりする。
「……分かりました」
返事をした美紗は、俺の顔を見ることなく頷きながら視線を下げた。
俺との間に壁を作ろうとする美紗の態度に、イライラに似たモヤモヤが募る。
美紗は何も悪くない。でも、俺だって悪くない。
だけど、かつて自分に極悪非道な仕打ちをした真琴の兄の俺は、美紗の目にはどう映っているのだろう。
いつも通り淡々とした朝会が終わると、美紗に目くばせをし、2人で会議室へ。
美紗は椅子に座らずに、立ったまま気まずそうに床を見つめていた。
そんな美紗の隣に立ってみても、美紗は相変わらず俺の方を見てくれない。
「ねぇ、美紗。なんで電話出てくれなかったの? 結婚しないっていうのも本気じゃないよね? 招待状こそまだだけど、もう部署のみんなに言っちゃってるじゃん。『結婚式に来てくださいね』って」
そんな美紗に、薄ら『仕事も関係してます』的な要素を無理矢理織り込み話しかける。
「……本当にごめんなさい。『許してください』って言われても許せるわけないよね。電話、出なくてごめんなさい。全部分かってるの。何を言われなくても、説明されなくても、勇太くんは何も悪くない事はちゃんと分かっているの。分かってるけど…。分かっているのに…。どうしても、どうしても、頭に気持ちがついていかないの。部署のみんなには、私から話す。私の我儘の結果だから、私が何とかする。結婚の約束を破った私を信用出来ないかもしれないけど、勇太くんに……佐藤さんに迷惑は絶対に掛けません。佐藤さんは何の心配もいりませんから」
美紗は何度も何度も頭を下げ、名前で呼んでくれていた俺を【佐藤さん】と言い直した。
美紗が俺との間に作った壁をどんどん厚く、どんどん高くして、俺の侵入を拒んだ。
「待ってよ。勝手に1人で結論付けるなよ。俺の気持ちは無視すんの? 俺はしたいよ。美紗と結婚したい。今そんな気持ちになれないなら、延期したっていいと思う。取りやめることないだろ? 俺、待つから。いくらでも待つから」
だけど俺は、どんな壁もよじ登るし叩き壊す。
だって、美紗へのあのプロポーズはノリでもなければ、流れでしたわけでもない。俺の一世一代だったんだ。
「いくらでもなんて待たせられるわけないでしょ。……あれからずっと考えてた。佐藤さんのこと。佐藤さんの両親のこと。…真琴ちゃんのことも。佐藤さんのことが大好きで、私なんかに優しくしてくれる佐藤さんのお母さんとお父さんのことも大好きになって…。あんなに可愛がってもらったのに、【真琴ちゃんを産んだ人なんだ】って思うと佐藤さんの両親が怖くなった。佐藤さんのことも、【真琴ちゃんのお兄ちゃん】って考えるだけで苦しいの。こんな色眼鏡で人を見る私なんか嫌でしょう⁉ 私も自分自身が嫌で嫌で仕方がない。何も悪くない人に嫌悪を抱いて不義理を通す自分を最低だと思う。だから、私の為になんか待つ必要ないんです。いつになるのか分からない時間を待たせるなんて出来ない。佐藤さんにはもっと素敵な人がいる。私とじゃ幸せになんかなれない。幸せになって欲しい。佐藤さんは。絶対に」
美紗が、泣き腫らせた目から涙を零した。
美紗は、俺のプロポーズが一世一代のものと分かっていた上で、真剣に考えた末の破談の申し出だった。
泣きじゃくる美紗に、テーブルの隅に置いてあった箱ティッシュを手渡す。
美紗はそれを「ありがとうございます」と受け取ると、そこから何枚か引き抜き、メガネを外して涙を拭った。
美紗の目の周りは少し皮が剥けていて、痛々しかった。
なんで美紗がこんなに泣かなければいけないのだろう。なんで俺がこんな目に遭わなければいけないのだろう。
全部全部、真琴のせい。真琴への怒りが蘇る。
ふと、痛々しい目をした美紗が壁に掛けられた時計を見上げた。
「佐藤さん、30分後にアポ入っていませんか? 朝、佐藤さんのスケジューラーに確か商談の予定が書かれていたと思うのですが……」
美紗はいつも、自分の予定だけでなく営業の人間のスケジュールもチェックしていた。営業の予定を気にかけてくれる美紗は、営業に指示をされる前に必要な書類を揃えたりする気遣いが出来る為、みんなから信頼されていた。
「うん。もうそろそろ出ないと。また今度……」
「もう行ってください。遅れちゃいます」
『また今度ゆっくり話そう』と言いかけた俺を、美紗が遮った。
この言葉を、1秒も要しないこの言葉を、何故言わなかったのかと後々後悔するなんて思いもしなかった俺は、帰ってきてから言おうと飲み込んでしまった。
「じゃあ俺、ちょっと出てくるわ」
「あ、佐藤さん。私が真琴ちゃんに苛められてたってことは、誰にも言わないでください。苛められっ子ってレッテル貼られるの、嫌なので。私にも一応プライドがあるので」
会議室を出ようとした俺の腕を美紗が掴んだ。
この時、バカな俺は【美紗の名誉を守る為】と思い、
「分かったよ。絶対に言わないから」
すべきでない約束してしまった。
俺の返事にホッとしたのか、
「ありがとうございます。引き止めてすみません。お仕事、頑張ってきてください。行ってらっしゃい」
少し微笑むと、俺の腕から手を放し、その手を横に振った。
何日かぶりに見た美紗の笑顔に嬉しくなって、
「うん。頑張ってくる。行ってきます」
美紗に手を振り返して会議室を出た。
俺がいない間に、美紗がとんでもない動きをするなんて、考えもしなかった。
---------上手く商談を纏め、意気揚々と会社に帰る。
「ただいま戻りましたー」
自分のデスクに行き、パソコンを立ち上げていると、
「聞いたぞ、佐藤。木原さんの浮気が発覚して結婚ダメになったんだってな。木原さん、おとなしそうな顔してなかなかやるね。今日、課の若手だけで飲みに行くかって話になってるんだけど、佐藤も来るよな? てか、お前の励まし会みたいなモンだから強制参加な。大丈夫‼ 木原さんには悪いけど、木原さんには声掛けてないから」
隣のデスクの同期・岡本がイス滑らせながら俺に近付いてきた。
「は⁉ 何の話だよ‼ 誰がそんなこと……」
ふざけてんのか⁉ と岡本の顎を鷲掴むと、
「小田さんが言ってたんだよ。『さっき本人から聞いて自分も驚いた』って言ってた」
岡本が、俺に顎を押さえつけられて変形した唇を動かして噂を流した犯人をバラした。
小田さんは美紗の同期で、美紗と同じく営業事務の女子社員。
見るからに男友達の多そうな彼女は、営業の男性社員ともよく会話をするコで、営業と事務の橋渡し的な役割をしている。
小田さんと美紗は正反対なタイプだが、同期ということもあり、相談し助け合いながら仕事をしているせいか、2人は仲が良い。
その小田さんがいる事務員さんたちのデスクの方に目をやると、明らかにへんな空気が流れていて、どう見ても美紗が仲間はずれにされていた。
「……何がどうなってるんだよ」
岡本の顎から手を放し、美紗のデスクに向かう。
「木原さん、ちょっと来て」
美紗の都合もお構いなしに、美紗の二の腕を掴んでそのまま会議室に引っ張り込んだ。
ドアを閉め、美紗の二の腕を解放すると、
「どうしたんですか⁉ いきなり」
美紗が眉を顰めて俺を見た。
「こっちのセリフだよ。どういうことだよ」
「……何のことですか?」
俺の質問にとぼける美紗。
「変な噂が立ってる。美紗の耳にも入ってるんだろ? 誰がこんなデマ……。美紗、心当たりない? 岡本は小田さんから聞いたって言ってた」
「……犯人を捜してどうするの? 破談になった事は間違いないんだから、別にいいじゃないですか」
噂を流した人間ではなく、そいつを突き止めようとする俺を煙たく思っている様子の美紗。
「何言ってるの⁉ 全然良くないだろ‼ 美紗が浮気したってことになってるんだよ⁉ 冗談じゃねえわ。許せねぇわ」
噂を流布したヤツにも、美紗の態度にもイライラして、つい大きな声を出してしまった。
その声に美紗が1歩後ずさった。
脅えた目で俺を見る美紗は、俺と真琴を重ねて見てはいないだろうか。
恩着せがましい言い方だけど、俺は美紗の為に怒っているというのに、美紗にそんな顔をされるのは辛い。美紗に責められている様で悲しい。神経が磨り減る。正しいと思っていることを口にするのが、何故許されないのだろう。
「……小田ちゃんは、誰から聞いたってことになっているんですか?」
美紗が声を震わせながら俺に尋ねる。
美紗に怖がられている事が、辛い。
「美紗から聞いたって」
「……小田ちゃんは、嘘吐きな子ではないですよ」
美紗は小田さんを庇いたいのだろうか。
しかし、美紗の言う通り、小田さんは嘘吐きではない。ただ、『これは内緒の話なんだけどね』と前置きをして秘密の話を拡散させてしまう少し口の軽い子ではある。
【小田ちゃんは嘘吐きではない】【口が軽い子】……。
……と言うことは。
「小田さんが嘘を言っていないんだとしたら、美紗が小田さんに嘘吐いたってこと?」
小田さんと仲が良く、小田さんの性格を知っている美紗が、小田さんの口の軽さを利用して自分の悪評を広めた?
なんでそんなこと……。
「……これが、自分のしたことに対する私の落とし前の付け方です。佐藤さんの不利益になることは一切しません。どうかこれで許して頂けませんか?」
美紗が、俺に向かって腰を折り曲げ頭を下げた。
「許すとか許さないとか、そういうことじゃなくて‼ なんで俺に何の相談もなくそんなことしたの⁉ しかも俺のいない間に。ちょっとやり方が酷いよ、美紗‼」
美紗の肩を掴んで顔を上げさせる。
「……だって、佐藤さん優しいじゃないですか‼ 結婚待つって言ってくれたり、相談したってどうせ自分が盾になっちゃうでしょう⁉ 私の頭ではこれしか思いつかなかった。自分の知らない間に勝手に動かれたのは、気分が悪いと思います。それは本当にすみませんでした。でも、佐藤さんにこの計画に入ってきて欲しくなかった。自分の責任は自分で取りたかったから」
見る見るうちに美紗の瞳に涙が溜まり、頬を伝って床に零れ落ちた。
「そんなのダメに決まってるだろ。なんで美紗が悪者にならなきゃいけないんだよ。おかしいだろ。俺、美紗がみんなから変な目で見られたり、辛い思いさせられたりするの耐えられない。俺、みんなに本当の事話してくる」
早く誤解を解かなければと会議室を出て行こうとした俺の手を美紗が掴んだ。
「私が真琴ちゃんに苛められてたこと、みんなに話すんですか? 今日の朝、約束してくれたじゃないですか。私のプライド、守ってくれるんじゃなかったんですか? それに嫌味を言わせてもらうと、私、変な目で見られたりするのは真琴ちゃんのおかげで慣れてるし、免疫もあるから大丈夫です。あの頃と違って、相手は加減を知っている大人ですし。あの頃に比べたら痛くも痒くもないんです。それと、私の姿ももう少しの我慢で見なくて済む様になりますから。さっき、部長と課長に退職の希望を伝えてきました。後任が決まって、引き継ぎが終わるまでの間だけ辛坊してください」
次々と出てくる美紗の驚愕発言に愕然とする。
美紗は俺にまで嘘を吐いた。
真琴の話をみんなにしないでと口止めしたのは、会社での俺の立場を守ろうとしたからだ。妹のせいで破談になった等と社内に広がれば、俺が白い眼で見られることは目に見えているから。
自分のプライドを守りたい気持ちもあるかもしれない。でも美紗は、自分の気持ちを優先して誰かを傷つける様なことは絶対にしない。
確かに結婚の取り消しを申し出たのは美紗だ。だけど、その原因は美紗じゃない。美紗の言う『自分の責任』って何なんだ。美紗に何の責任があるんだよ。美紗は何も悪いことなんかしていないのに、何で自分1人で背負おうとするんだよ。退職って……。美紗は、会社を辞めて俺の前から消えるってこと? 結婚が立ち消えになっただけじゃなくて、もう会うことさえ出来なくなるのか?
「待ってよ。ちょっと待ってよ、美紗。勝手すぎるよ」
「こんな自分勝手な人間と結婚しなくて良かったですよね。佐藤さん、仕事に戻りましょう。この会議室、10分後に利用予約入っているので、そろそろ出ないと」
美紗は手の甲で涙を拭うと、無理矢理な笑顔を作りながらペコっと頭を下げると、会議室からトイレに直行して行った。
女はずるい。
泣いてもなんとなく許されるから。
男はそうもいかない。男のくせにって言われるから。
俺だって今、泣きたいくらいにしんどいのに。
「はぁ……」
無意識の溜息を吐いて俺も会議室を出ると、自分のデスクを通り過ぎ、少し離れた所にある部長のデスクへと向かう。
俺に泣いている時間などなかった。泣いている場合ではない。
資料に目を通しながら「うーん」と唸る部長に話しかける。
「部長、お忙しいところすみません。お話したいことがあるので、御手隙の際に少しだけお時間頂けないでしょうか?」
「あ、佐藤くん。別に今話してくれていいんだけど……色々大変みたいだね。大丈夫?」
部長は持っていた資料をデスクに置くと、俺に気の毒そうな顔をした。
「大丈夫です。仕事も順調です。商談も上手く行きました。あの、今日木原さんから色々相談を受けたかと思うのですが、そのことはまだみんなにはお話されてませんでしょうか?」
「商談、成功したの⁉ さーすーが、佐藤くん‼ ……木原さんの件ねー。木原さんの為にも佐藤くんの為にも、早くしなきゃとは思ってるんだけどねー……ちょっと今忙しくて、なかなかすぐに代わりを見つけるのが厳しくてねー……なーんにも決まってないからまだみんなには言ってないんだー。気まずいだろうけど、もう少し待って欲しいんだよねー。ごめんねー」
苦笑いしながら微かに残る綿毛の様なものが生えている頭をポリポリ掻く部長。
部長は見た目も喋りもユルいが、仕事はカナリ出来る。だから部長なのだけれども。多くの仕事と部下の責任を一身に抱えている部長は今、美紗の後任探しの案件を人事に相談する時間がないようだ。
それは、俺にとっては好都合。
「良かったです。木原さんの件は俺が彼女を説得しますので、みんなには黙っていて頂けますか? 今木原さんに抜けられるのは困るじゃないですか。彼女、素早く正確に仕事出来る人だから」
「確かに木原さんの仕事ぶりは素晴らしいと思うよ。……でもねぇ。事情が事情だし、やり辛いでしょ。佐藤くんも木原さんも周りのみんなも。再来週には少し時間出来るから、それまで、ね」
心配しなくても大丈夫だよ。とウインクをする部長。
ウインクをするおっさんは、なかなかキモイ。
「その事情、違いますから‼」
部長のキモさにサブイボを堪えながら訂正を試みるも、
「えー? ガセなの? あの噂。じゃあなんで木原さんは『辞めたい』って言ってるの? あ、寿退社? 木原さんは専業主婦になりたいわけだ。佐藤くんは共働きしたいの?」
美紗が盛大に嘘を広めたせいで、部長の質問が何一つ真実に掠りもしていない始末で、どこから手を付けて良いのか分からない。
「そういうことではなく……」
「え? じゃあやっぱり結婚しないの? 何? どっち? するの? しないの?」
どう説明すれば良いのか困惑している俺に、部長がグイグイ突っ込んでくる。
「したいです。私は」
とりあえず、目の前の質問に答えると、
「え? 希望? 何『したいです』って。『します』じゃないの? 佐藤くん、将来の夢語ってるの? しかも、倒置法で」
部長が困り果てる俺を面白がりだした。
「部長。真面目に聞いて下さいよ。真剣に話してるんですから」
「ごめーん。だってちょっと羨ましくなっちゃってさー。俺にはもうないもん、嫁へのそんな熱い感じ。嫁にとっても俺なんか漂う空気の様なもんだと思うしねー。【あって当たり前】みたいなさー」
つまらなさそうに唇を尖らす部長。キモイを通り越し、いよいよ不気味。
「でも、なきゃ困るでしょう?」
「まぁ、こんな薄らハゲのオッサンと一緒にいてやってもいいぞっていう新しい空気なんて見つからないだろうからねー」
部長が自らの額なのか頭皮なのか分からない空間を『ペシン』と手のひらで叩いた。
「……イ、イヤイヤイヤ。そんなことは……」
「何吃ってるの、佐藤くん。そこは即刻『そんなことありませんよ、部長‼』って煽ててゴマすらなきゃダメでしょうが。キミ、営業でしょうが。俺なんか、視界に入るゴマというゴマを片っ端からすり潰して、同期で1番最初に出世してやったからな‼ なんなら、毎日すり鉢小脇に抱えてたからな‼ ハゲナメんなよ‼ 髪の毛生えてりゃ偉いのか⁉」
また自分のオデコ……恐らく、オデコを叩く部長。
「ナメてません‼ チャ……チャーミングじゃないですか」
営業たるもの、部長に言われた通り、即座に言葉を取り繕う。
「チャーミングぅ⁉」
が、俺のチョイスした言葉は部長には受け付けなかったらしく、部長に細い目を向けられた。
「だ……男性ホルモン‼ そう‼ 男性ホルモンが多いんですよ、部長‼ 男らしいです‼」
慌てて違う言葉を捻り出したものの、またも言葉選びを間違ったらしく、
「男らしさと引き替えになんで髪の毛を奪い取られなきゃいけないんだ⁉ ウチのヤツが、この前熱出した俺に冷えピタ貼ろうとして、貼る位置に迷いやがって『ご自分でどうぞ』って諦められてセルフサービスにさせられたこの頭が男らしいのか⁉ なんで何十年も一緒にいて旦那のオデコの位置を見失うんだよ。最悪分からなかったら眉毛のちょっと上にそっと貼ればいい話じゃねえか。なぁ⁉」
部長に『はい』などと返事が出来るわけもない話の同意を求められてしまった。
美紗の話をしていたはずなのに、何故部長の頭皮問題に話がすり替わってしまったのだろう。
「仲良しですね。部長と奥様。羨ましいです。空気の様に漂う……かぁ。空気も過去も漂うんですね」
ただ、部長の話を聞いて、ますます美紗と結婚したいと強く思った。部長は、何だかんだ楽しそうで幸せそうだから。
「何? 空気も過去も漂うって。佐藤くん、夢変わった? この正味3分で? 詩人にでもなりたいの?」
確かに自分で言っていて『意味分かんねぇな。気持ち悪いな』と思った言葉を、部長がすかさず拾う。さすが、営業部長。会話は切らせない。
「私の言葉じゃないです。言われたんですよ。ある人に『流れるのは時間だけで、過去は水に流れて行ってくれない。過去はその場に留まって未来に漂ってくるもの』みたいな事」
「それ言ったの、木原さんじゃないよね? 彼女、そういうことを言うタイプじゃないもんね。俺、哲学好きの名言吐きたがりなヤツ、好かんわー。そいつの胸倉に潜り込んで『はぁ? 何言っちゃってんの、お前』って下から顔覗きこんでやりたくなるくらい、好かんわー」
部長が「ケッ」と白けながら笑った。
「下からなんですね。上から見下ろせばいいじゃないですか」
「ほぅほぅ。身長160cmの俺に上から……。ほぅほぅ。どうやって? いちいち椅子の上に登れとな?」
髪の毛の次は自分の身長を持ち出して、自虐しつつ俺を突っつく部長。
部長は、髪と背丈を話題に笑いを取りつつ営業してきた人間の為、実はそれほど髪も身長もコンプレックスとは思っておらず、むしろ『おいしい』と思っていそうな人だ。
そういう考え方をする人だから、仕事相手も『この人と仕事をしたいな』と思うのだろうし、部下も部長を慕うのだと思う。
未だかつて、部長の悪口を言っている人間に出会ったことがない程に、部長はやっぱりチャーミングなのだ。
「で? なんで過去の話が出てきたの? なんか、良からぬ過去の事実が発覚して揉めてるとか?」
そんな部長から鋭い指摘をされた。
チャーミングで仕事が出来る部長は、ふざけている様でしっかり人の話を聞いている。
「木原さんとの約束で詳しくはお話出来ないのですが……まぁ、そうですね」
「ふーん。佐藤くん、哲学好きの名言吐きたがり野郎が何言ったか知らんが、【漂う】程度のものなんか害はあれど致命傷にならんぞ。まぁ、蓄積していったら違うけどな。たとえば、火事で煙が漂っているとするだろ? そうしたら、ハンカチか何かで鼻とか覆うだろ? 器官に煙が侵入しないように守りながら避難すれば助かるだろ? 火が燃え盛っていたら無理だろうけど、それはもう【漂う】ではなく大惨事の域だから論外な。漂っているもの自体をどうにか出来なくとも、身動きがとれないわけじゃない。つまり何が言いたいかと言うと、【漂う】なんていう中途半端な言葉でまどろっこしい話をするヤツ、俺嫌い」
会ったこともない和馬を毛嫌いする部長。
なんか和馬に申し訳ない。あの時の和馬はただ、思ったことを口にしただけだっただろうに。
「……【漂う】の件、木原さんが言ったんですけどね」
何故か熱く【漂う】を説明する部長が面白くて、ちょっとしたカマをかけてみたくなった。
「え⁉ 嘘でしょ⁉ 何でもっと早く言わないの‼ 営業たるもの、変な方向に話しが流れ出したら光の速さでカットインしなきゃダメでしょ‼ 今の話、口外厳禁ね‼ というか、忘れて忘れて‼」
自分の唇の前で両人差指を交差させ×を作って困り顔をする部長は、どこかのご当地のキャラクターになれそうなほどに愛くるしい。
「まぁ、嘘なんですけれども」
次なる部長のリアクションを期待して嘘を白状すると、
「嘘かいな‼ 佐藤くん、上司に嘘吐くとは見上げた根性だね」
東北の雪国出身の部長が、たどたどしいエセ関西弁でツッコミを入れた。下手くそすぎて、逆に面白い。
「すみません。部長とお話するのが楽しくてつい……。話が脱線してしまったのですが、木原さんの件、どうかお願いします」
話を戻し、今一度部長に頭を下げた。
「……許せるの? 木原さんのこと」
下げた俺の顔より更に下に自分の顔をすべり込ませ、俺を覗く部長。
さっきのふざけた感とは違うトーンの声で尋ねる部長は、きっと真剣に訊いているのだと思うが、結構間近にある部長の顔に笑いが込み上げてきて、思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えた。近すぎるよ、部長。
「許す必要なんかないんです。木原さん、何も悪くないんです。ちょっと色々拗れてしまって……」
「そっか。何があったか気になるところだけど、上司だからって部下のプライベートに首を突っ込むのは違うと思うから自粛するね。俺ももう1回木原さんと話して慰留してみるから、あとは佐藤くんがどうにかしてよ‼ 俺、自分の部の空気が悪いの嫌なんだもーん」
部長が俺の顔の下を潜り抜け、短い両腕を『うーん』と唸りながら伸ばした。
「ありがとうございます。部長の部下で良かったです。本当に」
プライベートのゴタゴタを仕事に持ち込む部下のお願いを聞き入れてくれる、寛大な上司の下で働けている事を幸せに思う。
「まぁ、俺の大事な大事な可愛い部下の佐藤くんのお願いだからねぇ。大事な大事な可愛い部下の木原さんのお願いを蹴って佐藤くんのお願いを聞き入れるんだから、頑張るんだよ‼ というか俺も、どこの馬の骨かも分からん男に木原さんを嫁に出す気にならんからな。佐藤くんだったら安心だと思って祝福してたんだからな」
部長は、美紗のことをあたかも自分の娘かの様に話すと、小さな手で作った小さな拳を「ファイト、佐藤くん‼」と俺に向けて突き出した。
「頑張ります。お時間頂戴して申し訳ありませんでした。部長とお話出来てなんか…元気出ました。ありがとうございました。仕事戻ります」
俺も部長にガッツポーズを返し、頭をさげると、
「いつでも聞くよ。遠慮なく」
その頭を部長がガシガシ撫でた。
なんか、泣きそうになった。何気に俺、相当弱っていたらしい。
「はい。宜しくお願いします」
出てきそうな涙と鼻水をすすり上げ、部長に笑顔を見せると、自分のデスクに戻った。
「ふぅ」と大きく息を吐き、気持ちを切り替え、パソコンのキーボードに両手を置く。
画面を見ながら指を動かし、報告書を作成していると、
「部長と何の話? 木原さんと一緒の部署じゃやり辛いからって、異動の打診してたんじゃないよな? 木原さんには悪いけど、この部署からいなくなるべきなのは、佐藤じゃなくて木原さんの方だと思うよ、俺は」
岡本が顔を顰めながら俺の傍にやってきて、その表情のまま美紗の方を見ながら俺に話しかけた。
岡本が俺を気にかけてくれるのは嬉しい。
美紗の嘘を信じての言動故に、岡本は悪くない。でも、岡本は仕事で何かと美紗に助けてもらっていた。だから、美紗にそんな顔を向けて欲しくない。
美紗は洞察力に長けている。誰かが困っていれば、すぐに察知してさり気なく手を貸す様な人だ。
他人の気持ちを汲めるからこそ、自分がどうすれば相手にどう思われるを分かっている。だから、みんなにそれとなく嘘を吐き、自分が悪者になる様に仕向けることも出来る。自分をみんなにとっての目障りな人間に仕立て上げて、事実が知れれば俺に向けられるだろう偏見をも全部背負って会社を去ろうとしている美紗。美紗は、自分さえななくなれば綺麗に片付く様に事を運んでいる。そして今のところ、美紗の思惑通りに進んでいる。美紗は策士だ。
……もうバラしてしまおうか。美紗が悪者になっていることが耐えられない。俺はどんな冷たい視線に晒されても構わない。だけど、それをしてしまうと美紗が自らの意思でカミングアウトしたわけでもない、美紗が苛めを受けていたという、他人に知らせる必要のない過去を露呈しなければいけない。
苛められっ子は悪くない。でも、どうしても【可哀想な子】という印象が付いてしまう。
今の美紗は違うのに、美紗を【苛められっ子だった可哀想な人】にしたくない。
今まで美紗が過去を一切話さなかったのは、思い出したくなかったということだけでなく、美紗が言っていた通り、プライドを守りたい気持ちもあったからだろう。
美紗の心を傷つけず、嘘を訂正する方法はないのだろうか。
「普通に仕事の話だよ。異動なんかしないし、美紗もどこにも行かない。美紗は何も悪くないから」
今すぐに解決策など見つかるわけもなく、それでも美紗への誤解を解きたくて、説明の出来ない解答を口にした。
「なんか良く分かんないから、飲み会でじっくり聞かせろよな」
岡本が俺の肩をポンポンと叩いた。
「ゴメン。今日は行かない。また今度な」
肩に置かれた岡本の手を下ろし、パソコンに視線を戻す。
岡本たちと酒を飲んでいる場合ではない。俺がじっくり話さなければいけない相手は、岡本ではなく美紗だ。
「はぁ⁉ お前の為の飲み会だって言ってるだろうが」
「頼んでないだろうが。つーか、ただ単にお前が飲みたいだけだろうが。俺、報告書作んないとなの。マジでデスク戻って。お前も仕事しろ。働け、岡本」
ズィーっと俺に顔を寄せた岡本の顔面を『これ以上近寄るな』とばかりに右手で鷲掴み、引き離した。
「ノリ悪ー。佐藤、ノリ悪ー」
口を尖らせ拗ねる岡本を他所に、報告書の作成に勤しむ。
さっさと仕事を終わらせ、速やかに退社し、一刻も早く美紗と話し合いたい。岡本のことなど構っている場合ではない。
猛烈に働き、気付けば退社時刻になっていた。
今日はノー残業DAY。仕事を終えた社員たちが続々と事務所を後にする。帰宅して行く社員たちを追う様に俺もデスクの上を片付け、パソコンをシャットダウンさせた。
ふと美紗のデスクに目をやると、美紗はそこに居らず、既に美紗のパソコンの電源は落ちていた。
美紗、もう帰ったのか? 早く美紗を追い掛けないと。話の続きをしないと。
デスクの下に置いていた鞄を慌てて拾い上げ、事務所を飛び出した。
エントランスで周りを見回しながら美紗を探していると、
「……え。なんで?」
美紗ではない、ここにいるはずもない人間の姿が目に入った。
俺の視線に気付いたのか、そいつがこっちを見て軽く会釈をすると、俺の方に歩いてきた。
「あ、どうも。お疲れ様です。俺の職場、この近くなのでちょっと来てみました。さすがにちょっと心配で。美紗ちゃん、大丈夫ですか?」
そこにいたのは、和馬だった。
「大丈夫ですから‼ ここにアナタがいると、ちょっと色々と……」
ここに美紗が現れて、和馬が『あ、美紗ちゃん』なんて親しげに近付いていったりした所を部署の人間に見られた日には、美紗の嘘が真しやかなものになってしまう。
和馬の腕を掴み、強引に会社の外に連れ出そうとすると、
「なになに⁉ どうしたんですか⁉ なんで俺、ここにいちゃいけないんですか?」
理由も話さず追い出そうとする俺が癇に障ったのか、和馬はその場に立ち止まり動こうとしなかった。
「……美紗が、社内で嘘を吹聴していて……。自分が悪者になって俺を庇おうとしてる」
今度は和馬の背中を「話すから取りあえず歩いて下さい」と押す。
「嘘って、どんな?」
和馬がくるりと身体を翻し、「歩くから取りあえず話してくださいよ」と俺を見た。
「自分が浮気したせいで結婚が取りやめになったって。……だから、アナタが親しそうに美紗と喋ってる姿を会社の人たちに見られたら面倒なんですよ‼」
美紗の吐いた嘘を簡潔に説明すると、
「佐藤さんは、どうしたいんですか? 結婚、どうするつもりなんですか?」
俺の説明では足りなかったのか、和馬は質問を被せた。
「しますよ‼ するに決まってるじゃないですか‼」
焦りが声の音量を上げ、怒鳴る様に即答する。
早く和馬にこの場から去って欲しい。
「それ、美紗ちゃんの気持ちは考慮されていますか? 結婚後のこととか、ちゃんと考えていますか? 佐藤さんの両親が年老いた時、介護が必要になるかもしれない。可能性として、痴呆になることだってないとはいえない。認知症の人は、自分の意と反して暴言を吐いてしまう事がある。死を意識するほどに自分を苛めた人間の親の、本心ではないにしろ、心無い言葉に美紗ちゃんを晒すことは出来ますか? 美紗ちゃんに親の面倒を看させることに、あなたの心は痛みませんか? 美紗ちゃんは、幸せになれますか?」
俺の気持ちとは裏腹に、和馬から矢継ぎ早の質問が返ってきた。
「……」
さっきまで大声を出していたくせに、一言も出ない。返事が出来ない。
『美紗ちゃんに、自分を苛めた人間の親の世話をさせられますか?』
俺は美紗に、残酷な事を強いろうとしているのだろうか。
俺は、美紗を幸せにすることは出来ないのだろうか。
『漂っているもの自体をどうにか出来なくても、身動きは取れる』
俺が動いて美紗を苦しめる事にはならないだろうか。
思考が定まらず、やるせなさで身体に力も入らなくなり、和馬の肩を握っていた手もダラリと下に滑り落ちた。その時、
「あ、美紗ちゃん」
和馬が俺越しに美紗を発見した。
「え⁉」
振り向くと、一斉に出入り口に向かって歩いてくる社員の人波の中に、美紗がいた。
美紗の前には、これから飲みに行くであろう、岡本たちが歩いている。
今日はノー残業DAY。全員が同時刻に退社する日。
和馬……なんでこんな日に。
『美紗や岡本たちに見つかる前に和馬をここから出さなければ』と再度和馬の肩を掴み、その場を離れようとした時、美紗と目が合った。
人と人の間を縫ってこっちに駆けてくる美紗。
そんな美紗に、岡本たちも気が付いた。
俺らの方に走って来た美紗は、
「すみません。勝手に腕を組みます。ごめんなさい」
と、俺ではなく和馬の腕に絡みつくと、
「このまま私と一緒に会社を出てください。お願いします。変なことに付き合わせてすみません」
「え? どういうこと?」と困惑している和馬を連れて会社の外に出て行った。
美紗が、みんなが見ている前で嘘に嘘を重ねた。
和馬を自分の浮気相手と見せかけ、捏ね上げた。
みんなは美紗の嘘を事実だと確信しただろう。
俺には嘘だと分かる。分かっている。
だけど、目の前で他の男と腕を組み、身体を寄せる美紗に、怒りも哀しみも混ざり合う何とも形容し難い感情が脳内を駆け巡り、ただただ辛く苦しい。
「……ないわ。浮気相手を会社に迎えに来させるとか、まじでないわ」
茫然と立ち尽くす俺の隣に小田さんがやって来て、美紗の後ろ姿を睨み付けた。
「佐藤、やっぱ飲みに行くぞ。強制連行」
岡本も俺の傍に来て、勝手に俺の肩を組んだ。
美紗と和馬の光景にデカいダメージを受けてしまい、なんか物凄くしんどくて、飲みに行かなかったところで和馬とどこかに行ってしまった美紗と会話することは不可能だし、
「……行くわ」
もう全部が嫌になり、全部がどうでもよくなって、飲み会を断る行為でさえ億劫になった。
---------岡本たちに連れられ、会社から少し離れた居酒屋へ。
適当な席に座り、誰かが適当に頼んだであろうビールを適当に飲み、運ばれてきたつまみを適当に口に放り込む。
みんなとワイワイ酒を飲みたいとか、愚痴りたいとかいう気持ちは全くなく、ただ酒の力を借りて今の辛い気持ちを一瞬で良いから忘れたかった。
「元気出してくださいよ。もう、美紗のことなんか忘れてしまいましょう」
俺の隣に座った小田さんが、俺が飲み干したビールグラスを下げ、新たに頼んだビールを俺に手渡した。
そんな風に言われると、余計に忘れられない。
頭を過る、美紗と和馬が腕を組みながら歩く後ろ姿。
それを掻き消す様に、受け取ったビールに口を付け、勢いよく流し込む。
美紗は今頃和馬と何をしているのだろう。
俺は今、楽しくもない酒を飲みながら何がしたいのだろう。
「慰めましょうか? 佐藤さんのこと」
小田さんが、よしよしと俺の頭を撫でた。
「慰めてもらえばー? 誰と何しようが浮気ってわけでももうないんだしさー。折角小田さんが癒してくれるって言ってるんだし、甘えちゃえばー?」
岡本が笑いながら俺らを眺め、何気にグサっとくる言葉を何の気なしに放った。
『誰と何をしようが浮気にならない』
美紗とはもう終わっているということか。
美紗の行動は全部嘘なのに。俺は終わりたくも終わらせるつもりもないのに。
俺は……終わらせたくないのは俺だけなのか……。
美紗は終わらせようとしているんだもんな。
美紗が和馬と腕を組もうが、何をしようが批難出来ない。
俺が何をしようと、美紗は俺を咎めたりしないだろう。
「……小田さんって、どこ出身?」
「何ですか? 急に。うどんの国、香川ですけど?」
脈略不明の俺の質問に、小田さんが戸惑いつつも笑いながら答えた。
「大学は?」
「学歴まで探りますか? 大学まで地元ですよ」
尋問し続ける俺に、不審がる小田さん。
大学まで香川にいた小田さんが、真琴と知り合いである可能性は限りなく低い。
真琴のことを知らない人と付き合った方が、結婚した方が楽なのかもしれない。
アルコールが弱気を呼んできたのだろうか。
「……慰めて。小田さん」
小田さんの肩に頭を乗せると、
「いいですよ」
小田さんが俺の頭に自分の頬を付けた。