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女子高生とワーウルフ  作者: Bcar
9/16

湘、その仕事

 びゅうびゅうとビル風が吹き抜ける。

 その風に黒いジャージを嬲られながら俺は腕にはめたデジタル時計に目を落とす。PM11時49分。約束の時間まで10分近くある。

 夜の街でも働く者はたくさんいて、大通りには24時間営業のファミレスやコンビニの看板が煌々と照らされてる。遠くのビルに目をやれば、まだ明かりのついているオフィスもあり、日本人の勤勉さに敬意と共に呆れも湧いた。

 ふと背後に気配を感じ、ちらりとそちらを見れば見慣れた顔がそこにあった。


「あちゃあ、今日こそ先に来れたと思ったのに」

 おどけたように言う女は短い真っ赤なベリーショートに黒いマスクを掛けていて、その表情は読みにくい。


「まだ待ち合わせまで5分もあるだろ」


 俺がそう言うと女は肩を竦めた。それにどういう意図が含まれているのかまでは俺には解らない。


「『空歩(くうほ)』クンは勤勉だねぇ。他のメンバーは遅れてくる事もザラなのにさ。そんなに仕事好き?」

「別に、仕事が好きな訳じゃないけどな」

「だよね。知ってた」


 女は鞄から薄いタブレットを取り出し、なにやらすいすいと操作する。そして俺に小さなインカムを手渡す。俺はそれを受け取り耳に嵌め、女の持つタブレットを覗き込む。そこには地図が表示されていて、俺たちの立つビルや、路地裏になにやらアイコンが光っていた。その四方に、赤いマーカーが点滅している。


「今日の目的は」

「連続女子殺害事件の犯人、その共犯者……いや、下僕かな。ま、要するに残党狩りだね」

「大元は叩けたのか?」

「『紅蓮(ぐれん)』クンがド派手にやってくれたよ」

「この間のガス爆発事故はそれか……」

「隠蔽する方の身にもなってほしいよねぇ」

「じゃあ、ナビは任せたぞ『千里眼(せんりがん)』」

「いってらっしゃい、『空歩』クン」


 俺はビルのフェンスによじ登り、その頂点から空に向かって踏み出した。足元から風圧がかかり、それに足を踏み入れる。それを強く蹴り飛ばせば、俺の身体は宙に舞うように飛び上がった。それを繰り返し、俺は空を走る。

 俺に空を舞う魔術は使えない。風精の使い魔が居るわけでもない。俺にできる事は自分の肉体を強化する事と、弱体化する事だけだ。けれど、それに関しては誰にも負けない自信があった。

 肉体のあらゆる現界を越え、人の身体のままで空を走る事すら可能になる程度には。


 インカムから『千里眼』の声が響く。


「『空歩』クン、右の路地、居酒屋の裏に1。左前方、大手前ビルの裏に1。とりあえず近い所からお願い。大手前ビルの方は『切裂(きりさき)』クンに頼むから」

「了解」


 俺は短く答え、左足を踏み込み右へと方向を変える。徐々に高度を下げながら周囲を見渡す。居酒屋のある路地。ゴミが積まれたその影に、異形の影が見えた。

 俺は自分の肉体の体重を元に戻し、足の筋肉にエーテルを通す。重力に逆らうのを止めた俺の身体は急降下し、地面に着地する直前で体重を最小限に軽くすると目的の影の正面に着陸した。少しの衝撃と痛みを伴ったが、俺にとっては些細な事だった。

 目の前にいたのは子供のような体躯に、鋭い爪と牙を備えた緑色の肌の亜人……ゴブリンだった。


「ギギッ!」


 ゴブリンは怯むように声を上げるが、殺気を隠そうとはしていない。


「連続女子殺害事件、『吸血鬼』の喚び出した使い魔だな」


 俺はジャージの中に仕舞っていた首からかけた認証票を引っ張り出し、ゴブリンに突きつける。


「現代特別魔術師事件処理班、コードナンバー1034『空歩』だ。お前を処分する」


 いつもの口上を読み上げ、俺は強く地面を蹴った。指先にエーテルを集中させ、腕の筋力を強化させる。ゴブリンの頭を掴み上げ、眼前に掲げた。


「グギッ……ギギッ……」


 ゴブリンは俺の腕をその爪でひっかくが、ジャージが切り裂かれるばかりで肉体にまでは届かない。届いたとしても肉は鋼のように強化させているから、無駄な抵抗なのだが。


「言葉は分かるか? お前が望むなら元の世界に……おそらく、オールドエンドだろう? 帰してやっても構わない。俺も無駄に殺しはしたくないからな。ただし、もう何も襲わないと約束できるのなら、だ」


 ゴブリンはじたばたとしていたが、微かに首を縦に動かした。


「そうか。わかった……最後にひとつ、質問してもいいか?」

「ギ?」


 俺はゴブリンの頭を掴む手を緩める。


「人間の血肉は美味かったか?」


 ゴブリンの身体が、びくんと反応した。


「……そうか。美味かったか」


 ゴブリンはぶんぶんと首を振る。その反動で身体が左右に揺れた。


「じゃあ、死ね」


 俺はゴブリンの頭を離し、左手にエーテルを込めてゴブリンの腹に指を突き立てた。肉は水のように抵抗は無く、俺の腕はあっけなくその胴を突き抜けた。手にぬるりと血が滴る感触がする。

 ゴブリンは声も上げる事無く絶命し、肉体と血液はただのエーテルの塊になり、空に溶けた。

 事を終え、俺はインカムのスイッチを押してそれに向かって言葉を告げる。


「こちら『空歩』。目標は達成したぞ。……『千里眼』? 応答してくれ」


 何度かスイッチを押していると、しばらくノイズ音が走り、『千里眼』の声がした。


「……お疲れ様、『空歩』クン。戻ってきていいよ」

「あぁ、了解」


 俺は階段を踏むように空をまた歩き出す。そして『千里眼』の待つビルの屋上へたどり着くと、インカムを外して『千里眼』に渡した。


「ご苦労様。……しかし、結構えげつない事をするねぇ」

「何の話だ?」

「インカム、ミュートになってなかったよ。希望を持たせて殺すなんてさ」

「……帰すつもりはあったよ。でも、人の血の味を覚えたゴブリンは、また人間を襲うだろ?」

「まぁね。英断だったと思うよ」


 『千里眼』はインカムを受け取る。そしてまたタブレットをすいすいと操作して「ご苦労様、『切裂』クン。ここいらの残党はもういないから、戻ってきて」と言い、自分の着けていたインカムを外す。


「後の処理とか、書類整理とかは私がやっとく。直帰していいよ、『空歩』クン」

「……あぁ」


 俺はゴブリンが傷をつけたジャージの上を脱ぎ、『千里眼』に渡す。『千里眼』もそれを受け取り、くるくると丸めて脇に置いた。


「一応備品なんだから大事に着てよね」とぼやいていたが、俺は知らないふりをした。


 夜の住宅街をゆっくりと歩いて帰る。家の近くは茅姉が結界を張っているから、そうそう面倒事は起こらない。それをも打ち破った彼女……エノシマさんは、やはり上位の魔術師なのだろうとぼんやりと考えた。


 家の引き戸を開けると、明かりが灯る。

 リビングを覗くと、姉と妹とその使い魔と居候がテレビのバラエティ番組を眺めて笑っていた。


「あ、お兄ちゃん。おかえりー」

「おかえり、湘」

「しょう、おかえり!」

「兄貴殿、おかえり」


 口々に発せられる言葉に、ようやく俺は顔に笑みを浮かべる事ができた。

 台所から出てきた、急須を持った弟切が笑って頭を下げる。


「おかえりなさいませ、湘様」

「あぁ……。ただいま、皆」


 今の仕事は好きじゃない。殺しだって好きじゃない。家で家事をやってる方が性に合う。皆もそれを知っている。知らなくても勘付いている。俺の仕事の話なんて、誰も訊ねてこないのがその証拠だ。

 それでも、この世界の平穏を保つため、俺は明日もこの仕事を続けるのだろう。

 この家族たちの団欒を保つためにも。

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