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女子高生とワーウルフ  作者: Bcar
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それぞれの思惑

「あーっ!! ほんっまムカつくわあのガキ!」

 西ノ宮健吾はスーツを脱ぎ、ホテルのスイートルームのベッドに倒れ伏す。

「ああいやぁこういう、こういやぁ、ああいう。可愛げのない……! いっぺんぶちのめしたろうかな」


 ぶつぶつと言いながら髪をがしがしとかき乱す。それと同時にドアが控えめにノックされた。


「誰や?」

「坊っちゃん、松本でございます」

「入ってええで」


 ドアが開かれ、老紳士が頭を下げて入ってきた。健吾はベッドに腰掛けたままつまらなさそうに言う。


「なんや、松本。説教かいな? 悪いけど紳士のお作法やとかそんなん聞いとる程余裕あらへんで」

「いえいえ……。とんでもございません。聞けば、東條のお嬢様の事でご立腹だとか」


 老紳士――松本は西ノ宮に仕える執事であり、健吾の教育係でもあった。健吾の魔術の師匠と言えるのも彼、松本である。西ノ宮流の綺麗な所作、教科書通りの美しい魔術を教えてたのは松本だった。そんな師を横目に、健吾は鼻を鳴らす。


「フン、大した事あらへん。シオドミアンなんて聞いた事もあらへん世界のワーウルフ……犬っころを召喚できたからなんやいうねん。俺の使い魔、フィールスの方が強いに決まっとるやないか」

「シオドミアン……失われた世界ですか。今ではどの魔術書もあの世界と繋がる魔法陣は書かれておりません。東條様はおそらく、古文書を解き明かし召喚されたのではないかと思います」

「ハッ!? 魔力量以外E判定のあの劣等生がそんな真似……」

「逆に言えば、強大な魔力量があれば可能だとも言えましょうか……。これでは酷く差をつけられてしまいましたな、坊っちゃん」


 松本は穏やかに微笑みを湛えたまま言う。健吾は立ち上がり、松本の胸ぐらを掴んで叫んだ。


「俺が由比に劣っとる言う意味か、松本!」


 松本はされるがままになっていたが、更に言葉を紡ぐ。


「坊っちゃんならば更に強大な魔獣を使役するのも可能でしょう。シオドミアンの資料ならば、西ノ宮の蔵を探せば見つかるでしょう。それを復活させれば、坊っちゃんにも、あるいは」

「……けど、俺にはフィールスがおるやないか」

「坊っちゃんとフィールス殿は血の盟約を交わしておりません。召喚獣は何体持っても良いのですよ」

「……俺も、シオドミアンの使い魔を持てば……」

「それも、ワーウルフなどという下等な種族ではなく、もっと上位の使い魔を使役できれば、西ノ宮の力をより誇示できるでしょう」


 健吾は掴んでいた松本の襟首を離し、呟くように言う。


「……そうや。東條なんざに負けてられるか。西ノ宮……俺の方が、上位の術士や。草の根分けてでも見つけたる……。シオドミアンの幻獣を、召喚する方法……!」


 それを聞き、松本はそっとほくそ笑んだ。



 一方、東條家では、お出かけ着からいつもの巫女装束に着替えたエノシマがせんべいを齧っていた。温かいほうじ茶を啜り、息をつく。それにすがりつくように由比ががくがくとエノシマの肩を揺らしていた。


「やれやれ、それにしても西ノ宮のボンは血の気が多いのう」

「エノシマ、大丈夫だよね!? 私のせいで内乱起きたりしないよね!?」

「運命は必然と流れるものじゃ。変えようとしても変わらんものもある。由比、お前さんが泣こうが喚こうが、変わらんものは変わらんのじゃ」

「あぁあ……!」


 頭を抱える由比を見てエノシマは笑い飛ばす。


「お主はどんと構えておれば良いのじゃ。儂もついておる。何のために時空を飛んできたと思っておるんじゃ」

「でも、エノシマ人は殺せないって……」

「心配いらん。ほれ、お主も茶でも飲め」


 そこに濡れ髪をタオルでがしがしと拭きながら茅が現れた。化粧も落とし、いつものスウェット姿だ。


「お風呂空いたわよ。由比、あんたも入ってらっしゃい」

「う……うん……」

「さっぱりすれば考えも落ち着くわよ。ほら、行った行った」


 茅に背中を押され、由比も渋々といった様子で風呂場へ向かう。それを見送ると茅はエノシマと向い合せの位置に座り込み、菓子盆からせんべいを引き抜きかじりだした。


「姉御殿は慌てんのじゃな」


 エノシマが湯呑みを置き、菓子盆からラムネの包みを取り出す。


「運命は必然なんでしょ? 変えられないものを変えようとしたって仕方ないじゃない。エノシマさんが本当に変えようとしてるものは、もっと違うもの。そうなんでしょ?」


 エノシマがラムネの包みを剥がす手が一瞬止まる。


「それにあなた、エーテルが殆ど回復していないじゃない。食事も睡眠もたっぷり取ってるのに」


 エノシマは苦笑し、ラムネを一粒口に運ぶ。


「姉御殿にはお見通しか」

「東條流宗家の当主ナメないでよね」


 当主はばりばりとせんべいを噛み砕きながら言う。いつの間にか傍に控えていた狩衣姿の弟切から湯呑みを受け取り、急須の中身を乱雑に注ぎ、口をつけた。

 それを見守りながら、エノシマはふうと溜息を吐く。


「時空跳躍の弊害じゃろうな。光弾程度ならまだまだ撃てるが、大きい術式の魔術なら、使えて後2度か3度といったところか」

「そう……。内戦になっても、今のあなたはまともな戦力にはならないって訳ね」

「うむ、じゃから由比を鍛えておるのじゃが……なかなか、な」

「あの子、どう? ちゃんと出来てる?」

「そうじゃの。まぁ、今のところ想定の範囲内といったところか。何、心配せずとも使い物になる程度にはしてやるわ」

「その為にあなたは来たんだものね」

「うむ」


 それぞれの思惑を抱えたまま、週末の夜は更けていく。知らないのは湯船に浸かる由比と、由比の部屋でボロ毛布に包まり寝息を立てるテオだけだ。

 それでも、その日は必ず訪れる。

 それがいつになるのかは……未来を知るエノシマも、預かり知れるものではなかった。

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