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女子高生とワーウルフ  作者: Bcar
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由比、エノシマと特訓

 帰宅した私とテオを待っていたのは美味しい湘兄ちゃんの食事じゃなくて、にんまりと笑う仁王立ちをしたエノシマだった。


「役所回りご苦労じゃったな、由比。さぁ、ここからは楽しい家庭教師の時間じゃ」

「え、エノシマ……。私を鍛えるって、本気で言ってるの?」

「当然じゃろう。それがこの国の未来の為じゃ」

「今すごい疲れてるんだけど……」

「それは重畳。無駄な力が無い方がエーテルの制圧には好都合じゃ」


 そう言ってエノシマは私の腕を引っ張る。それを見ていたテオが吠えた。


「エノシマ、ゆいをいじめるな!」


 ぐるぐると唸るテオを見て、エノシマは優しく微笑みかける。


「可愛い従者じゃのう、由比」


 私にそう言うと、テオに向き直り、背伸びをしてテオの肩を撫でた。


「よいか、テオ。これは由比の為でもあるがな。テオ、お主の為でもあるのじゃ。(あるじ)がいざという時に力を発揮できないのなら、そのエーテルを糧に戦うお主の足かせになる。有り余るエーテルを持っていても宝の持ち腐れという物。心配はいらん。虐めやせんよ」


 そう言って今にも噛みつきそうなテオの頭をゆっくりと撫でる。


「……いじめない? こわいおもい、させない?」

「由比にスパルタが向いておらん事くらい、解っておる。心配せずとも、夕食時には済ませる。お主は兄貴殿……湘と待っておれ」

「……ゆい、ひどいめにあったら、テオをよぶんだ。テオ、ゆいをまもりにいくから」


 そう言い残し、尻尾を垂らしてテオ用に置かれた足拭きの為の古くなったタオルで丁寧に足を拭いてリビングに向かっていく。その後姿に今すぐ助けてくれと言いたくなったが、私は言葉を飲み込んだ。


「さ、由比。お主は中庭に来い。まずは今日は基礎も基礎、光弾をまともに打てるようになってもらうぞ」

「……はい」


 私は肩を落とし、エノシマに言われるがまま中庭に移動した。


 中庭にはエノシマが容易したのだろう、ベニヤ板に乱雑に丸印の書かれた的が置かれていた。それは茅姉ちゃんの研究室がある離れに立てかけられている。


「なんであんな場所に」


 私の呟きに、エノシマが答えた。


「少々のプレッシャーは必要じゃろう。的を外せば姉御殿の研究室に直撃じゃな。そうなればどうなるか、言わんでも解るな?」

「おっ、鬼! 悪魔!」

「なんとでも言うが良い。光弾の打ち方くらいは中学の時に習っておるな? 言ってみよ」


 言われて、私は教科書に書かれていた光弾の基礎を思い浮かべる。


「丹田に力を込めて、エーテルの流れを思い浮かべる。流れを手に集中させ、指先、もしくは手のひらにエーテルをただ放射させるよりも鋭く放つ……だっけ」

「ふむ、テストで言えば75点と言ったところじゃな。流石にそのくらいは解るか」

「あ、当たり前だろ! そのくらい、小学生でも解らい!」

「じゃが、お主にそれを実践せよと言っても出来んじゃろう? 鋭く放つ? お主に出来るのはだらだらとエーテルを流す事、ただのエーテルの放射だけじゃ」


 図星だった。私は光弾がうまく撃てない。中学の時から、実技はいつもE判定だった。


「由比、教科書の中身は全部忘れよ。筆記のテストで100点が取れても、実践できんのでは意味がない。ま、お主はその筆記も危ういのだろうが……それも心配はいらん。身体が覚えればどう書けばいいかも自ずと解る」


 そう言うとエノシマはその小さな手で私の手を取る。そしてピストルの形を作る。エノシマの光弾と同じ形だ。


「お主に馴染むのはこの形じゃろう。丹田? エーテルの流れ? そんなもんは全部忘れろ。イメージするのは拳銃じゃ。心の中で銃弾を思い浮かべ、心の中で引き金を引け。それだけじゃ。最初だけ儂がお主のエーテルの流れを誘導してやる。幸い儂のエーテルとお主のエーテルは似通っているしな。それ、やってみよ」


 言われるがままに、人差し指を的に向ける。エノシマのエーテルが私の手に放射されると、足の先から、頭の先から、自分のエーテルが指先に集まっていくようなぞわぞわとした感覚に身を捩りそうになる。それを感じ取ったのか、エノシマが叱咤した。


「逃げるな、由比! それでいいんじゃ。そのまま指をぶらさずに……撃て!」


 心の中で、引き金を引く。そのイメージを浮かべると、私の指先に光の玉が生まれ、放たれる。光弾はベニヤの的の中心から少し逸れた位置に穴を空けた。

 私がきょとんとしていると、エノシマが手を離してにんまりと笑みを作る。


「善き哉。ざっとこんなもんじゃ。感覚は掴めたか?」

「なんか……指先からエーテルが吸い取られたみたいな……」

「そう、それが光弾じゃ。少量ならば連発もできるが威力は低く、高圧ならば連発はできんが威力も高い。お主は蛇口のひねり方は知っているが、ホースの握り方と向け方を知らんだけじゃ。それも、蛇口は最大にまでひねる事しか出来ん。それでは、ホースは自分勝手に暴れるだけじゃろう? 今の感覚を忘れんうちに、どんどん撃て。エーテルはまだまだ余っておろう?」


 私は再び指先を的に向ける。足の先から、頭の先から、指先に向かってエーテルが吸い取られていくような感覚。そして、引き金を引く。

 私の指先から放たれた光弾は、やはり的の中心からはすこし外れたが、さっきよりも中心に近い位置に穴を空けた。


「エノシマ……、こんな、簡単に撃てるようになるもの?」

「そんな簡単な事も出来んかっただけじゃ。教員は教科書の帳面通りの事しか教えてくれんからな。一度撃てるようになれば、あとは精度を上げるだけじゃ。自転車に乗れるようになった時と同じじゃな。自信さえつけば簡単に乗れる。転けるより先にペダルを踏む、それだけじゃ。お主はもう、光弾を撃てる」


 私は指先を見つめる。

 私は、もう、光弾が撃てる。

 再び的に人差し指を向けて撃つ。今度は意識せずとも簡単に光弾は発射された。的のほぼ中心だ。


「重畳。やはりお主には立派な才覚があるではないか。今日の特訓はここまでじゃ。どうじゃ? 厳しくなかったろう?」


 満足そうにエノシマが笑う。

 今まで出来なかった事が、あまりにもあっけなく出来てしまって拍子抜けしてしまった。


「お、お兄ちゃん! テオ!」


 私がばたばたと屋敷に入っていくのを、エノシマは笑顔で見送っていた。


 足は自然と台所に向かう。料理をしているお兄ちゃんと、その隣にはテオがいる。

 テオはお兄ちゃんに何かを自慢していたようだった。


「それで、このくびわは、テオがゆいのものっていうしるし。ゆいがつけてくれた。……あ、ゆい!」


 私に気が付き、テオは私の方へ駆け寄ってくる。


「ゆい、いじめられなかった?」

「大丈夫だった! テオ、お兄ちゃん、私、光弾撃てたよ! もう撃てるって、エノシマが言ってくれた!」


 それを聞いて、お兄ちゃんはエプロンの裾で手を拭いながら私に言う。


「そっか、良かったな、由比。これで魔術師のスタート地点に立てたな!」

「うん! まだ何が得意か解らないけど……なんか自信ついた!」

「得意なものが見つかると良いな。ま、お前のペースでやればいいさ」

「ありがとう、お兄ちゃん!」


 テオも嬉しそうに尻尾を振っている。


「ゆい、エーテルいっぱいつかった? すこしつかれてるみたいだ」


 言われて、若干の倦怠感が身体に伸し掛かっている事に気がついた。それでも、それより喜びが勝っている。


「私は平気だよ。このくらい、ご飯食べたらすぐ回復すると思う。テオは身体大丈夫? ワクチンとか打ったから、怠かったりしない?」

「うん、すこしぼーっとするけど、げんき。ゆいがつよくなって、テオもうれしい」

「明日には怠いの無くなるって巧先生言ってたから、そしたらお風呂入れてあげるからね」

「おふろ? みずあび?」

「お湯で洗うんだよ。せっかく専用シャンプー買ってきたんだし、使おうね」

「……ちょい待った、由比」


 口を挟むお兄ちゃんは困ったように頬を掻く。私が何かおかしい事をいっただろうか、と思っていると、それより先にお兄ちゃんが答えを出してくれた。


「テオはオス……男だろ? 体つきを見るに、もう大人だと思う。 いくら幻獣だって言っても、年頃の女の子と一緒に風呂っていうのは……」


 言われて、はっと気がついた。

 そうだ。テオはオス……男なんだ。

 昨日は気にせず同じ部屋で寝ていたけど……テオは押入れで丸まっていた古い毛布を使って離れた場所で寝ていた。……多分テオは何も気にしていないだろうけど。


「……お兄様、テオにお風呂の入り方とドライヤーの掛け方を教えてあげてください……」

「おー、任せろ。という訳で、テオ、風呂は俺と入ろうな」

「……? ゆいがそうしたほうがいいなら、わかった」


 いくら狼の姿をしていたって、男の人なんだ。急にドキドキしてきた。手も繋いでいるし、抱きしめもしている。最初に出会った時はほっぺたを舐められている。

 うわぁ、どうしよう。もしかして、いままでとんでもない事をしてきたんじゃないだろうか。


「……ゆい?」


 心配そうなテオの声で我に返った。

 テオは不安げに私の顔を覗き込んでいる。


「よくわからないけど、ゆい、テオのこときらいになった……?」

「そっ、そんな事無いよ! 大丈夫だから!」

「うん、……よかった」


 無邪気に尻尾を振るテオを見ていると、やはり異性である以上に大事な存在なのだと胸の奥が熱くなってきた。

 これは血の盟約の力なのだろうか? けれど、それよりも、こんなに慕ってくれているテオを大切にしたい。……そう思った。

 私が思いに浸っていると、エノシマが私の背後から台所に顔を覗かせる。


「やれやれ、一仕事終えて疲れたのう。兄貴殿、今日の夕餉は何かな?」

「今日はカレー。エノシマさん、辛いの平気? うちはいっつも中辛なんだけど」

「おお、カレーなんて何十年振りじゃろうなぁ! 中辛好きじゃぞ。楽しみじゃなぁ」

「テオには別に料理用意した方がいいか?」

「みんながたべてるもの、たべていいって、せんせいいってた」

「そっか、内臓の仕組みやらは人間寄りなんだな。じゃあタマネギも平気か。テオもカレーだな」

「ゆいとおなじものたべるのはじめてだ。うれしいなぁ」


 本当に嬉しそうに笑い、尻尾を振るテオ。

 あぁ、平和だ。

 けれど、この平和が崩れる時が来るのだとエノシマは言っていた。

 それでも、今はこの平穏に浸っていたい。

 いつまで続くかわからないけれど……それでも、今だけでも。

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