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女子高生とワーウルフ  作者: Bcar
15/16

プライベートビーチの決闘

「エノシマは最初から知ってたの?」


 私は震える声を堪えながら言う。


「おおよそは」


 エノシマは淡々と答えるだけだ。


「私とテオが出会ったのも、エノシマが仕組んだの? 私たちを利用して、未来を変える為に?」

「それは……」


 エノシマが言葉を選ぶように視線を逸した。


「……そう思うのならば、そう思ってもらってかまわん。じゃが……」


 エノシマが何かを言おうとした瞬間、弟切さんの身体が跳ね飛ばされた。

 驚き、慌てて海龍の方を見ると海龍はその身を起こそうと藻掻いている。


「弟切!」


 お姉ちゃんが弟切さんに駆け寄る。弟切さんは怪我こそないものの、息も絶え絶えといった様子で何度が咽るように咳き込んだ。


「申し訳ありません、姉様……。弟切の力では、あれをこれ以上押さえ込む事はできません」


 海龍は首をもたげると、地に響くような低い声を発する。それは、脳に直に触れられるような不快感を覚えさせるものだった。


「愚かな辺境のニンゲン如きが、我を退治ようとするか。神の使いと讃えられたこのレヴィアタンを」


 海龍がばしゃん、と音を立てて尾を跳ねると、それは大きな波になってこちらに襲いかかる。

 お姉ちゃんが咄嗟に張った巨大な防御壁で波は打ち消されたが、それは海龍の些細な動きでしかなく、暴れればどんな被害をもたらすか容易に想像できるほどのものだ。


「このままじゃ防戦一方ね……。攻撃する隙もありやしない」


 お姉ちゃんは防御壁を張ったままで舌打ちする。


「エノシマ、あんたあいつと戦ったんだろう!? 一体どうやって倒したんだ! 今すぐ答えやがれ!」


 思わず私が叫ぶと、エノシマは苦々しい顔で言う。


「……倒せておらん。じゃから言うたであろう、日本は滅びたと! 彼奴の鱗は強靭じゃ。並の魔術じゃ太刀打ちできず、殆どの魔術師は彼奴に喰われただの糧に成り果てた! 兄も、姉も、噛み砕かれ、食い殺された!」


 それを聞いていたお兄ちゃんが「ふぅん」と言い、一歩前に踏み出した。


「つまり、丸呑みされれば、柔らかい内臓から生きて攻撃できる可能性もある訳だ」


 そう言い、お兄ちゃんはエーテルを放射させる。

 潮風に乗り、お兄ちゃんの身体がふわりと舞った。


「兄貴殿、何を!」

「ちょっと一寸法師になってくる。茅姉は被害が出ないように防御陣を展開させ続けてくれ。短期決戦になるだろうから、後は頼むぞ、由比」


 そう言い、なんでもないように笑って、空を走った。


「お兄ちゃん!!」


 私の叫びも虚しく、お兄ちゃんを喰らおうと大口を開けた海龍の口の中に、お兄ちゃんは吸い込まれていった。

 海龍はぺろりと舌なめずりをして口元を歪ませた。

 ……あぁ、あれは笑っているんだ。


「愚かよのう。我の胃の中でどれほどの間生きていられると思うたのか」


 くつくつと笑う海龍に、私は咄嗟にテオを見た。


「……テオ! お願い、私と一緒に戦って! お兄ちゃんを助けて!!」


 私は願うような思いでテオに縋り付く。しかし、テオは首を横に振るばかりだ。


「……むり、だ。かみさまに、さからうなんて、テオが、かみさまを、たおすなんて」

「……テオ……」


 怯えるテオを見て、海龍は笑い声を堪えられないように声を零す。


「カカカカ! そうであろう、血の薄れたひ弱な人狼よ! お主のような下等な種族が、我に敵うはずもない! 小娘、お主は頼る相手を間違えたな!」


 言われて、私はぎっと海龍を睨む。


「そんな事ない! テオは……テオは、私を守るって言ってくれた!」

「ならば、試してみるか? その人狼の、忠誠心を」


 そう言うと、海龍の目が怪しい光を放った。それはテオに一直線に走り、照らし出す。


「グッ……オオッ……!?」


 テオが唸り声を上げる。悶えるように身体を震わせていた。


「テオ! どうしたの、テオ!」


 私は思わすテオに駆け寄る。


「いかん、由比! テオから離れよ!」

「えっ?」


 私が振り返ると同時に、なにかが頬を切り裂く感触がした。

 視界に移る、灰褐色の被毛と、赤い血液のついた鋭い爪。


「人狼よ、その小娘を食い殺してしまえ」


 海龍の声に答えるように、テオの身体がゆらりと揺れた。その目は真っ赤に血走っている。まるで、炎を宿したかのように。

 高く遠吠えを上げ、私に向かってその鋭い爪を振り下ろす。


「テオ! どうしたの、テオ!」


 私は覚えたばかりの小さな防御壁を何度も張り、テオの攻撃をどうにか掻い潜る。

 テオはぽたぽたと涎を垂らし、私の事をぎらぎらとした目で見つめてくる。


「小娘よ、お主の従者は我の支配下に置いた。最早、血肉を求めるだけのただの獣よ」

「テオ……! テオ、私の声が聞こえないの!? テオ!」


 私は何度も何度もテオを呼ぶ。しかし、テオの攻撃の手は止む事はない。

 エノシマはそれを見つめながら歯噛みしていた。


「くっ……、これでは、儂の時空と同じ……! テオを殺すしか、他には……」

「そんな!」


 テオの爪が、再び私の肌を切り裂く。薄皮一枚で済んだらしく、じわりと血が滲む程度だったが、直撃を食らったらひとたまりもないのは自分がよく知っていた。

 いつだったか佳苗が呟いた言葉が脳裏をよぎる。


 ――敵にはしたくないタイプだよねぇ。


 テオは、敵じゃない。

 敵じゃないのに、どうして私は自分を守らなきゃいけないんだろう?

 テオは、私を守ると言ってくれた。

 私に笑いかけてくれた。

 私を好きだと言ってくれた。


 私は防御陣を張るのを止めた。

 そして、爪を立てて襲いかかってこようとするテオに両手を広げる。

 じゃれつくテオを、いつものように抱き留めるように。


「テオ」


 テオの鋭い爪が、私のお腹の肉を切り裂いた。衝撃で崩れ落ちそうになる身体を必死で堪え、私はテオを抱きしめる。

 テオの牙が、私の肩口の肉をえぐり取った。

 痛みを通り越しているのか、それとも、アドレナリンのようなものが出ているのか、不思議と痛みは感じなかった。

 私はテオを抱きしめながら言う。心の底から思う、大切な言葉を。


「テオ、大好きよ」


 瞬間、肩に食らいつくテオの顎の力が緩んだ。肉を切り裂いていた爪が引っ込み、ゆっくりと私の背中に回る。


「……ゆ、い」

「なぁに、テオ」

「ゆい! ゆい! ゆい!!」


 テオの腕の中は温かい。

 なんでこんなに温かいんだろう。

 テオは体温が高いから?

 ううん、違う。そんなんじゃない。


「ゆい、ごめん、ごめんなさい、テオは、テオは!」

「テオはなんにもしてない。悪くない。大丈夫。少し悪い夢を見たんだよ。……さぁ、テオ」


 私はテオの瞳を見つめて言う。


「テオに悪夢を見せた、悪いやつを、やっつけよう」


 テオは大きく頷いた。

 テオの腕に支えられながら、私は海龍を睨みつける。


「テオ、あいつに名乗ってあげな!」


 私の呼びかけに応じるように、テオは高らかに吠えた。


「わがなはテオ! シオドミアンからしょうかんされた、とうじょうゆいが、つかいまにして、じゅうしゃ! あるじのめいれいだ、おまえを、たおす!」


 テオの全身の毛がざわざわと揺れる。いや、身体が膨らんでいる。

 私のエーテルが呼応するように瞬いた。テオは首輪を外すと四つん這いになり、吠える。

 その身体が、どんどん大きくなっていく。あの海龍に迫らん勢いで。


 私の身体の傷はいつの間にか癒えていた。テオの身体から放射されるエーテルが、私の傷を照らし、癒やしていた。

 エノシマが私の隣に立ち、言う。


「由比、エーテルを放射させ続けろ! それがテオを強くする!」

「はっ、はい!」


 私は地面を強く踏みしめてエーテルを放射させる。

 テオの身体は巨大な狼の姿になっていた。

 毛並はエーテルを浴びて白く輝いている。


「やはり、テオは」


 エノシマが呟くように言う。


「シオドミアンには世界を司る二柱の神獣がおった。一柱は海を司る海龍、もう一柱は、地上を司る神狼。神狼はある時、人間の娘と恋に落ち、子を孕ませ……そして、人狼という種族が生まれた。神狼はその罪を問われ、地下深くに封印され、人間の前から姿を消したという」

「……じゃあ、テオは」

「シオドミアンの神獣、フェンリルの血を引くワーウルフの生き残りじゃ」


 巨大な身体を震わせ、テオは吠える。


「由比」


 テオの声が、脳に響く。それは海龍が発する声に近かったけれど、不思議と不快感はない。


「テオは、レヴィアタンを倒す。由比を、皆を、助ける為に。だから、由比」


 テオが私を見て、目を細めて笑った。


「由比は、テオを助けてくれ」


 私は両手を握って、大きく頷く。


 巨大な狼が、海龍に飛びかかる。

 海龍は悶えるように身体をしならせるが、その牙は海龍の鱗をいとも簡単に切り裂いた。

 血飛沫が舞うが、瞬時にエーテルになり掻き消える。


「ぐぅうう!! 憎き狼の末裔如きがぁ! 西ノ宮、どうした! もっと東條を(ねた)め! (そね)め! 何故、我に力を寄越さん!!」


 呆然としていた健吾が、口を開く。


「……あんなもん、見せられて……、どないして妬めるいうねん……。力の差、歴然としとるやないか……。俺には、あんな真似、ようせえへん……」


 海龍は憎々しげに歯ぎしりをする。その間もテオの攻撃は休まる事はなかった。


「ならば、狼の力の源を喰い殺すまで!!」


 そう叫び、海龍の牙がこちらに向かってくる。

 私は咄嗟に光弾を打ち込むが、海龍の牙に弾かれるばかりだ。

 

「由比!」


 テオの叫ぶ声がどこか遠くで聞こえた気がした。

 だが、次の瞬間海龍の首が大きく右に逸れた。

 巨大な光弾が海龍の顎に放たれたのだと理解した時、健吾が手を正面に組んでこちらに向けていたのに気がついた。

 健吾の光弾が、海龍の首を弾いたのだ。


「俺に由比みたいな真似はできん……。けど、お前を喚び出した責任くらいは取ったるわ!」


 健吾の周囲に水が舞い、水は褐色肌の美しい女性の姿をした精霊の形を取る。


「フィールス、由比を援護せぇ! 俺はどうにかレヴィアタンを弱体化させる!」

「はい、健吾様」


 フィールスと呼ばれた水精は私に寄り添い防御壁を張った。

 真夏の海の匂いが一層強くなる。フィールスのエーテルの匂いだろう。


「東條由比様、我が主、西ノ宮健吾様の命により、援護いたします」

「あ、ありがとう……!」


 エノシマはテオの攻撃によって鱗が剥がれ落ちた場所を的確に狙いすまして光弾を撃つ。その度に海龍は痛みに悶えるようにのたうち回った。私はその間もテオに向かってエーテルを放射させ続ける。


「グオオオ……!! 矮小な、弱い、ニンゲンと、フェンリルのあいのこ如きがぁ!!」


 海龍は悶ながらテオの首筋に噛みつき、身を捩ってその肉を引きちぎる。

 テオは痛みに喘ぎながらも、その身体を両前足で踏みつけ、腹に噛み付いた。

 その瞬間、海龍につけられた腹の傷の内側からエーテルの光が漏れる。同時にその肉が弾け、魔術によって強化された腕がそれをさらに引き裂いた。


「やれやれ、大暴れしてくれたなぁ。中にいる身にもなってくれよ、酔うじゃないか」


 裂け目から服のあちらこちらを溶かした松本さんを担いで、やはり服のあちらこちらを溶かした湘兄ちゃんが姿を見せた。空を走りながら、砂地に着地する。


「お兄ちゃん! 松本さんも、無事だったんだね!」

「胃液の海はちょっときつかったけどな」


 言いながらお兄ちゃんは松本さんを下ろす。

 お兄ちゃんより長く胃の中にいた松本さんは皮膚を火傷したように炎症を起こしていたが、それほど大きな怪我はないようだった。


 テオが、ウオオオン、と高く吠える。

 はっとしたようにテオを見ると、血飛沫をエーテルに変えながら、海龍がその姿を消そうとしていた。


「おの……れ……。ニンゲン……が……」


 その言葉を最後に、海龍レヴィアタンは、エーテルになり、溶けた。


 テオも、その身をエーテルに変えようとしている。

 レヴィアタンの攻撃で、身体のありとあらゆる箇所から血が零れていた。

 しかし、それも同時にエーテルの霧になって掻き消えていく。テオの身体ごとだ。


「テオ!!」


 私は慌ててテオにエーテルの投射を再開する。それでも、テオのエーテル化は止まらない。


「あぁ……!! テオ、行かないで!! 死んじゃやだよ!! 私を守ってくれるって、言ったじゃない!!」

「由比……。いいんだ。テオは、由比を守れた。もう、十分だ。テオは幸せだった」


 溶けようとするテオは笑って言う。私はあふれる涙を拭いながら、必死でエーテルを放射させた。

 その隣に、エノシマが立つ。


「どれ、儂の出番じゃな」

「エノシマ?」

「言うたであろう、悔いがあると。その最後の悔いを、果たさせてもらう」


 そう言うと、エノシマは両手から膨大な量のエーテルを放射させた。それがテオの身体を包み込む。


「儂も由比(・・)じゃ。お主と同じエーテルを持っておる。忘れておったか、由比? 儂のエーテルも存分に使うがいい。そら、仕上げじゃ! 名前を呼んでやれ、由比!」


 そう言ってエノシマが一層エーテルを強く放射させると、巨大な狼はその姿を消し、一頭のワーウルフが海に向かって落ちていくのが見えた。

 それは消えかかっていたが、確かに姿を成していた。


「テオ! テオ! テオ!!!」


 私が必死に名前を呼ぶ。名前を呼ぶ度にワーウルフの形がその輪郭をはっきりさせていく。


 お兄ちゃんが空を走り、それを追うように弟切さんも空を駆けた。

 そして、姿を成した人狼をしっかりと抱きとめ、こちらへと降りてくる。


 私は砂浜に落ちていた首輪を手に取り、ワーウルフへと歩み寄る。

 傷だらけのワーウルフはぼんやりした目でこちらを見つめていた。


「テオ……?」


 私の手を、ワーウルフの大きな手が撫でる。


「ゆい、……もういちど、くびわを、つけてくれる?」


 辿々しい口調でそう言われ、私は彼の首に首輪を巻いた。

 ぼんやりとエーテルの輪が私たちを照らし、彼の傷を癒やしていく。


「ゆい、テオは、まだ、ゆいのテオでいてもいい?」

「テオ!」


 感極まり、私はテオに抱きつく。

 テオの被毛から潮の匂いと、お日様の匂いがした。


「やれやれ、これで一件落着じゃな」


 エノシマの声に振り返ると、エノシマの身体が透き通っているのに気がついた。


「エノシマ……」


 その手をさわろうとするが、空気を切るように通り過ぎてしまう。


「お別れじゃ、由比」


 エノシマは、子供のような笑顔でそう言った。

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