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女子高生とワーウルフ  作者: Bcar
14/16

レヴィアタン

 夏休みに入り、お盆も近づこうとしているある日の午前、家の電話がけたたましく鳴り響いた。

 弟切さんが音もなく駆け寄り、受話器を取る。


「はい、東條でございますが」


 私とテオはリビングから覗いて様子を見ていたが、どうもあまり良い話ではないようだ。「少々お待ち下さい」と言い、保留ボタンを押すとお姉ちゃんの書斎の前に立ち声をかけた。


「姉様、西ノ宮のお坊ちゃまが、直々に話がしたいとの事なのですが」


 しばらくして、お姉ちゃんが襖を開けて顔を出す。またゲームで徹夜明けなのだろう、疲れた顔をしてのろのろと電話に向かい、受話器を持つ。


「お電話変わりました、茅でございます。なんの御用でしょうか、健吾さん」


 私とテオは思わず顔を見合わす。お姉ちゃんは、「はい」だとか「はぁ」だとか生返事をしていたが、突然「……はいィ?」と声を上げた。


「お誘いとてもありがたいのですが……。いえいえ、とてもそんな。……はい。……はい。……分かりました、伺わさせていただきます……。では、失礼致します」


 受話器を置き、深い深い溜息を吐く。

 私は恐る恐るお姉ちゃんに歩み寄り、その顔色を伺った。


「……お姉ちゃん、どしたの?」

「なにかをお披露目したいから、プライベートビーチでパーティを催すんですって。そのお誘いの電話。ご家族皆さんで来てください~、ですって」


 インチキくさい関西弁を真似てお姉ちゃんは言う。

 その声はおどけているようにも、諦めているようにも聞こえた。


「……お披露目? プライベートビーチって、西ノ宮の?」

「そう。次の土曜……明後日ね。迎えのバスを寄越すっていうんだから相当ね。服装はラフなものでいいってさ。泳ぎたかったら水着持ってきてもいいって言ってたけど、どうする?」

「えっ、絶対嫌だ」

「そうよね、私も嫌だもの。ま、ろくでもない自慢話聞かされに行きましょうか……」


 お姉ちゃんは深い深い溜息と共に書斎へと戻っていく。リビングでジュースを飲んでいたエノシマとお兄ちゃんにも、話は聞こえていたようだ。


「お披露目って……新しいクルーザーでも買ったのか?」

「さぁ、のう」


 エノシマはなんだか悟ったかのように渋い顔をしながらコップに刺さったストローをくるくる回す。

 コップの中の氷がカランと音を立てて崩れる音がした。



 土曜の早朝、玄関の前に10人乗りのワゴンバスが停まった。ドアを開いたのは健吾お付の松本さんだ。


「東條様、お迎えに参りました」


 私たちは普段着のまま、のろのろとそれに乗り込む。弟切さんも狩衣姿だし、エノシマもいつもの巫女服だ。最後尾にはテオが乗り込み、ドアが閉められるとバスは静かに発車した。


「松本さん、私たちこんな格好ですけど、本当に良かったんですか?」


 キャミソールに薄手のカーディガン、それにジーンズを履いたサンダル姿のお姉ちゃんが車窓を眺めながらぽつりと呟く。

 運転席の側に座っていた松本さんはそれを受けて微笑みを湛えたまま答えた。


「えぇ、本日は健吾坊っちゃんが個人的に開いた催し物でございます。東條様に、是非見せたいものがある、と」

「私たちにねぇ……」


 お姉ちゃんは鼻を鳴らし、それっきり何も言わなくなった。

 お兄ちゃんもどこか警戒しているようで、普段は見せない厳しい顔をしている。

 弟切さんはいつもと変わらないが、やはり少し緊張しているようだった。

 中でも一番普段と違ったのはエノシマだ。目を閉じていたので眠っているのかとも思ったが、じっと何かを考え込んでいるようだった。


 ひりついた空気の張り詰めるバスの中、テオだけは車窓を眺めて尻尾を振っている。


「ゆい、しおのにおいがする。うみがちかいよ」


 テオは無邪気にそう報告してきて、私も少し和やかな気持ちになった。


 日が高く登った頃、ようやく車は西ノ宮のプライベートビーチにたどり着いた。

 海がよく見えるであろう小高い丘に別荘が立ち、海は静かに小波を立てている。

 私たちが砂浜に降り立つのを、波打ち際で健吾が仁王立ちをして待ち伏せていた。


「ようこそ、東條一族の皆さん! 今日はわざわざ呼びつけて悪かったのう!」


 お姉ちゃんが腕組みをしてそれに受けて立った。


「あら、西ノ宮さんが唐突に呼び出すのはいつもの事じゃありませんか。それで見せたいものって何なんです? 見たところただの浜辺ですが?」


 その横に立っていたエノシマが、お姉ちゃんの腕を突き耳打ちした。


「姉御殿、あまり挑発するでない」

「……どうしたの、エノシマさん?」


 しかし、健吾は歯噛みしたように地団駄を踏み、それでも青筋を立てたまま笑みを零す。


「はっ、余裕こいてられんのも今のうちや。見とけ、東條!」


 そう言い放ち、空中に大きな陣を描き出す。それは、どこかで見た事があるような図形だった。

 そして、ありったけのエーテルを投射して、叫ぶ。


「西ノ宮健吾の声に答えろ! いでよ、レヴィアタン!!」


 陣が煌々と照らされ、波が急激に引き出した。沖の方で魚が跳ねるような飛沫を上げる。

 ……まるで、何かから逃げ出すように。

 海面に巨大な影が覗かせる。

 それはみるみるうちに形を成した。

 海から巨大な水龍が、のっそりと身を覗かせる。


「どうや、東條! これが俺の新しい召喚獣や!」


 健吾は両手を広げ、高らかに声を上げた。


「出しよったな、愚か者が!」


 エノシマが小さく舌打ちをした。


「レヴィアタン……。シオドミアンの、かみのつかい。ふだんは、ねむっているはずなのに」


 テオが怯えたように後ずさる。


「どないや、東條茅! 東條湘! それに、東條由比!! お前らにこんな巨大な召喚獣が扱えるか!? 俺の方が、西ノ宮の方が上位の魔術師や!!」


 高笑いする健吾に、エノシマが叫んだ。


「馬鹿者、健吾! 疾くそこから離れろ!!」

「……は?」


 健吾はちらりと背後を見る。

 そこには、召喚者に対する敬意も何もなく、ただ、強制的に目覚めさせられた事による憎悪と怒りに満ちたぎらぎらとした目の海龍が涎を落としていた。今にも、健吾を喰らわんとする姿勢で――。


「坊っちゃん!」


 松本さんが砂を蹴って健吾に体当たりし、健吾をその場から跳ね飛ばした次の瞬間、松本さんは海龍の喉の奥へと吸い込まれてしまった。


 ごくん、と飲み干す音がする。


「ま、松本……?」


 健吾が震えた声で絞り出すように言う。

 しかし、海龍は未だ満足してはいないようで、次の獲物を物色するようにその首を揺らす。


「姉御殿、封印の呪じゃ!」


 エノシマの叫びに、はっとしたようにお姉ちゃんは空中に呪文を書き、投射させる。

 幾重もの魔法陣が海龍の回りに現れ、その身を縛った。

 お姉ちゃんの魔術は強力だ。並の魔獣なら封印の呪ひとつで気絶させる程度には。

 しかし、海龍は気絶するどころか、もがくように身体を捩らせる。


「くっ……! ダメ、私の陣だけじゃ持たない……! 弟切!」

「は、姉様」


 呼びかけに応じ、弟切さんが一歩踏み出て扇を取り出し、まるで舞うかのようにくるりと円を描いた。

 瞬時、うわんと羽音が響き、円から大量の巨大な蜂の群れが現れ、一斉に海龍に襲いかかった。

 海龍の分厚い鱗も物ともせず、その針の毒が肉体を蝕んでいく。

 やがて、海龍は大きな飛沫を立てて地面に倒れ伏した。


「倒した!」


 私の声に、弟切さんは首を横に振る。


「いえ、眠っているだけです。数刻もしないうちに目覚めるでしょう」


 弟切さんは扇を翻したままでそう言った。

 私はきっと健吾を見ると呆ける彼に向かって駆け出した。


「健吾、あんたが召喚したんだろう! 責任取って帰還させやがれ!」


 私が健吾の肩を掴み、揺さぶる。しかし、エノシマがその間に割って入った。


「現し世の人の肉を喰らった幻獣は、特別な陣を組まねば帰還させる事はできん。血肉を得てしまったのじゃからな。……どちらにせよ、健吾はそんな事も解らず召喚したのだろう? ……あいつは、この場で仕留めるしかない」

「そんな……あんな巨大な魔獣、どうやって」


 呆然とする私を横目に、息を切らせながらお姉ちゃんが弟切さんにエーテルを送りつつエノシマに訊ねる。


「オールドエンドの睡眠蜂の毒は強力よ。でも、あれだけの巨大な身体、保って1、2時間でしょうね……。エノシマさん、あれが未来の日本を滅ぼした魔獣、レヴィアタンね?」


 エノシマは苦々しい顔で頷く。


「儂の時空では彼奴が呼び出されたのは今より10年程先の事じゃ。じゃが、好都合かもしれん。まだ術士としては未熟な健吾に喚び出されたのじゃ。儂の時空ほど恐ろしい力は持っておらんじゃろう」


 エノシマの口からすらすらと出てくる言葉に、目眩がした。頭を抱えて、私は訊ねる。


「待って……待って。どういう事? エノシマは健吾があれを召喚するって知ってたの?」


 エノシマは深く頷いた。


「あぁ。儂の時空でも喚び出したのは東條の力に嫉妬した健吾じゃ。だが、力量にそぐわぬ召喚によって上手く制御できずに喰われて死んでしまい、レヴィアタンは暴走し、世界の魔術師連盟は日本ごとレヴィアタンを封印した。そして、日本は奴に蹂躙され……滅んだ」


 頭痛がする。自分の中で、ぱちりぱちりとピースが嵌っていく音がする。

 嫌な予感が、いや、確信に近いものが、脳裏を過る。そんな、まさか。


「……エノシマは、どうしてそんなに詳しいの? まるで、見てきたみたいな……」


 私の問いに、エノシマはレヴィアタンを見据えたままで答える。


「見た。……混乱する日本で、儂は死に物狂いで生き延び、できの悪い頭で時空を操る魔術を覚えた。若返りを繰り返し、150年かけ、やっと時空を跳躍する術を得て、この時空へ来たんじゃ。何も喰ろうておらん、召喚されたてでまだ弱い、彼奴を、レヴィアタンを滅ぼす為。その為、自分すら偽り、手繰った」


 そしてこちらを振り返る。潮風がエノシマの黒いおかっぱ頭をなぶり、巫女服が靡いた。


「儂の時空で奴が召喚された時、危機感を覚えた儂は同じようにシオドミアンから彼奴に対抗出来る力を持ちいる幻獣を召喚した。しかし、絆が足りず、(ことわり)によって幻獣は神獣である彼奴に逆らう事が出来ずに無残に死なせてしまった。だから、自分よりももっと若い自分が召喚し、彼と深く絆を強めれば、あるいは、奴を倒せるかもしれんと」


 私は、振り絞るように訊ねた。最後の、疑問を。


「エノシマ、あなたの本当の名前は……」


 エノシマは小さく頷き、答える。


「儂の名前は東條……東條由比。この悪魔を倒し……自分の悔いを果たすために、未来から来た亡霊じゃ」

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