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女子高生とワーウルフ  作者: Bcar
13/16

終業式の奇跡

 1学期が終わる。明日からは夏休みだ。けれど、その前に渡されるものがあるのを忘れてはならない。


「じゃあお楽しみの通知表を配るから、呼ばれた奴から前に出るように」


 斉藤先生はにこやかに教壇の上に置かれた通知表の束をぱんと叩く。


「阿方ー。上本ー。尾口ー……」


 クラスメイトたちの名前が次々と呼ばれていく。私はどこか祈るような気持ちで自分の名前が呼ばれるのを待っていた。


 中学の時は、座学も実技も最低のE判定だった。

 高校に行ったらもっと難しくなるのは解っていた。

 実際、この間の期末テストはボロボロだった。選択問題でどうにか点数を稼いでいるという感じだ。

 けれど、私の前にエノシマという優秀なコーチが付き、テオという立派な使い魔が出来た。

 せめて、せめて実技は上がっていますように。


「東條ー」


 名前を呼ばれ、私は教壇へ向かうと、恐る恐る通知表を受け取った。

 自分の席に戻り、そっと開いて中身を見る。

 普通科でも習う場所は流し見た。BやらCが並んでいる。まぁ、普通という事だ。

 問題は魔術学である。最下部にあるその項目に目を落とす。


 基礎魔力A 座学D 実技B 総合C


 そう、書かれていた。


「C……」


 私の後ろにいた佳苗がひょいと私の通知表を覗いてきたので、慌てて閉じた。


「上がった?」


 そう聞かれて、私は頷く。


「やったじゃん、由比ー! 私は由比はやれば出来る子だって思ってたよー!」


 そう言って私の短い髪をわしゃわしゃと撫で回す。


「ほらほら、騒ぐのは後にしろー。じゃあ、明日からの夏休みの注意事項だが……」


 通知表を渡し終えた先生が話し始めるが、私の耳にはまったく届いていなかった。

 一刻も早く帰りたい。

 今までお姉ちゃんやお兄ちゃんには情けない思いをさせ続けていた。

 これで私も人並みの魔術師の卵になれたのだ。


 足取りも軽く家にたどり着き、引き戸を開ける。玄関ではテオが座って待っていた。


「ただいま!」

「おかえり、ゆい!」


 飛びついてくるテオの頭を撫でながら、靴を脱いで台所へ向かう。

 そこではそうめんを湯がくお兄ちゃんが立っていた。


「おう、おかえり由比」

「お兄ちゃん、ただいま! あのね、あの、私ね……!」

「まぁまぁ落ち着け。まずは昼飯を食べてからにしよう。もうすぐ出来るから」


 言い終わるが早いか遅いか、私の背後にいつの間にか立っていた弟切さんがぺこりと礼をする。


「おかえりなさいませ、由比様」

「うわびっくりした! ただいま、弟切さん」

「湘様、昼食ですか。すぐに茅様を起こしてまいりますね」

「おう、頼むよ弟切。……テオ、エノシマさんを見なかったか?」


 お兄ちゃんが鍋の中身をザルに移しながら訊ねる。

 湯気がもうもうと上がるが、すぐに流水でかき消された。

 テオは鼻をすんすん動かしながら答えた。


「エノシマ? ええと。えんがわにいるみたいだ」

「呼んできてくれるか? 由比からも頼むよ」

「うん。ゆい、テオいってくるけど、いい?」

「うん、お願いね、テオ」

「いってくる!」


 テオは爪を鳴らして廊下を歩いていった。

 お兄ちゃんはそうめんをざぶざぶ流水で洗うように締めている。ザルを数回振って水を切り、氷の入れられたガラスの器に盛り付けながら言った。


「終業式の日にそんなご機嫌な由比が見れるなんてなぁ。小学校の時以来だな」

「う……、うん、そうかもしれない」

「いやぁ、兄ちゃん楽しみだなぁ、由比の通知表」


 お兄ちゃんには、私のニュースが解っているようだった。

 にこやかなその瞳になんだか臆してしまい、私は鞄を背後に隠す。


「あ、あまりご期待には添えないと思いますが」

「まぁまぁ、悪くなりようはないんだから、気楽にしろよ。ほら、お前も着替えてこい」

「うん……」


 私はTシャツを着てジーンズに履き替えリビングに戻る。

 テーブルの上にはきらきらのガラスの器に盛り付けられたそうめんと、めんつゆが人数分並べられていた。

 席にはもう皆着いていて、おねえちゃんは寝起きのそのままの姿であくびを噛み殺していた。

 その後ろに弟切さんが目を閉じて控えている。

 エノシマも座っていた。

 テオは尻尾を振って私に向かって手招きし、自分の隣の椅子をぽんぽんと叩いている。ここに座れ、という事らしい。


「じゃあいただきます」


 お姉ちゃんの一声で、皆口々にいただきますと言い、そうめんに手を伸ばす。

 テオはフォークだから取るのに苦戦していたが、初めて食べるそうめんの味は気に入ったらしい。めんつゆにはほとんど漬けずにもぐもぐと咀嚼していた。

 ある程度食べ終わったところで、お姉ちゃんが箸を置く。

 薬味に添えられていたチェリーを弟切さんの口に運びながら、私をちらりと見て言った。


「で、由比。例のブツを見せてもらおうかしら」

「は、ははーっ!」


 私は背中に隠し持っていた通知表を取り出し、お姉ちゃんに捧げるように渡した。

 お姉ちゃんがそれをめくり目を通す間、私は気が気ではなかった。しばらくしてそれをお兄ちゃんに渡す。


「C……Cねぇ。ま、劇的に上がったと言ってもいいんじゃない?」

「すごいじゃないか、由比。前は基礎魔力を考慮してのEだったのに!」

「座学が相変わらずどうしようもないのがねぇ……」


 頬杖をついて溜息を吐くお姉ちゃんに、麦茶を飲みながらエノシマが言う。


「座学ばかりは由比次第じゃ。じゃが、前より少しは問いの解き方が分かったのではないか?」

「う、うん。少しだけだけど……」

「重畳、重畳。身体が理解すれば、自ずと脳でも理解できるようになる。一層励めよ、由比。だが、点数など尺度のひとつにしか過ぎん。実践できてこその術じゃ」

「ま、エノシマさんの言うとおりだけどね。頑張ったわね、由比。湘、ご馳走様、コレ、お父さんたちにも見せてくるわ」


 お姉ちゃんはそう言うと、通知表を持って仏間の方へ歩きだす。

 チェリーを咀嚼し終わった弟切さんは軸も種も飲み込み、お姉ちゃんと一緒に行ってしまった。


 私は背もたれに身体を委ねて力を抜く。いや、抜けた、といった方が正しいのだろう。

 こんなに緊張したのは久しぶりな気がした。


「ゆい、だいじょうぶ?」


 そんな私を不安げにテオが見つめてくる。私はその頭を撫でながら力なく笑った。


「大丈夫。安心しただけだから」

「てんすうがだされるなんて、たいへんだね」

「大変だよ……」

「でも、テオはゆいがすごいこと、しってたよ。ゆいのこと、すきだから。ずっとみてたから、しってたよ」

「ありがとう、テオ」


 笑い合う私とテオを見て、エノシマは満足そうに微笑んでいる。

 お兄ちゃんは食器を片付け始めていた。


「あ、お兄ちゃん、手伝うよ!」

「おう、洗い場に持っていくだけでいいよ。ありがとうな、由比」


 真夏の昼の日差しの中で、私は自分の力を明言化して貰えた事でやっと実感を得ていた。

 私はもう、劣等生なんかじゃない。

 けれど、もっと優秀な魔術師にならないといけないのだという事も改めて感じていた。

 日本が滅ぶ日を、エノシマは頑なに教えてくれなかった。

 それが、明日なのかもしれない。もっと先なのかもしれない。

 それでも、今、自分が出来る事をやるしかないのだ。

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