最初
お初にお目にかかりまする。
エルは僕の幼なじみ。
彼女は生まれた時からガンになってた。
でも僕達はそんなの気付かないくらいに毎日遊んでた。
お互いがお互いを一番親しいと思えていた。
僕達が過ごした時間は消えることはないし、僕が忘れることはない。
同じ幼稚園で同じ小学校で同じ中学校。
もちろん周りも自分もまだまだ子供でからかわれることはよくあった。
「あのさあ、私達もうすぐ中学生になるんだよね」
「中学生になるね」
小学校六年生の夏休みにエルと話してた。
「忙しくなるって聞いたんだ」
「そうなんだ」
確か放課後に二人で公園の中を歩いていた。
「逃げて、みたくない?」
エルの夏休みは多分、いつもより短かった。
「何から?」
彼女は言葉をシンプルにして口にする。
僕もそうだけど。いつもから要らない言葉をガチャガチャつけていたら、本音を見つけてもらえない。
「灯りから」
珍しく理解不能だった。
「どういう意味?」
エルの声を聞きたいと思った。
「暑い。私ね、結構ヤバいっぽい」
ガンのことか。
そりゃ、ガンってだけで十分ヤバいでしょ。
「死ぬの?」
「そりゃいつかは」
「ガンで?」
「ないでしょ。って言ってたら、死ぬか。ても多分大丈夫だよ」
エルのガンは中の中くらいにヤバいってエルの母さんの摩耶花おばさんに聞いた。
中の中、私はよくわからない。
エルのことだから心配はした。
結局エルが僕の前で倒れたり、急に運ばれたりはしなかった。
忙しくなるんだよねと言っていた中学校でもお互いそんなに忙しくなく、変わらずいつも会ってた。
中学校二年生までに僕達は十三年間という長い時間を一緒に過ごした。
その時間の中で出来た記憶は僕達の中で一番大きいものだった。
「ん?なんか上の空」
エルがそこにいるのが続くのか終わるのか。
「エル、今日病院の日。水曜日」
「あ、そうだね。今何時?」
この公園、時計は、...ないのか。
「えっと今は、」
「骨甲文字!」
フフフ。エルは自分で笑ってた。たまにあるけど、無視していいよと言われたことがあるから、無視してる。
「5時半だよ」
エルは一瞬固まって、笑いながら言った。
「今日ね、今日ね!!」
笑いを堪えたふうに間をおいた彼女は続けた。
「5時からだった!」
おい。
「早くいこ。おばさん怒ってるよ」
エルの手を引いて少しだけだけど早足であるいた。
あ、そういえば、と引きずられながら彼女は言った。
「この間隣の席の本田くんに偶然手が当たったの。
その時ね。恭太郎が今みたいにする時には感じたことないんだけど、嫌だなっていうか、拒絶反応みたいなの」
それは幼なじみだからだ。
「女の子はそんなものだと思うよ。性別って壁は分厚いね」
エルはそのあともしゃべり続けた。
言葉はシンプルだけど、話題がつきない。
「おばさーん。エル連れて帰ってきましたよ」
エルの家に着いた。
おばさんは僕にいつもごめんね!と言ってエルに鞄を渡した。
「エル!もう遅れてる!行くよ!」
「うん。わかったよー。恭太郎、かたじけない!また明日!」
でも、中学二年生の半ばにエルが岡山県に引っ越した。
「エル。僕は絶対に忘れないでいる。もう十三年間ともなったら、これ以上の親しい人なんて、そうそうできないと思う。お互い絶対に忘れないでいよう」
「そだね。思い出さえあれば、会わなくても話さなくても繋がれてるよね。じゃあ、約束ね」
次会える日はいつだろう。
「恭太郎、私もう車乗らないと電車間に合わないっぽい」
「うん。行って。遅れたらダメだよ」
「うん!それじゃ、バイバイ!」
「バイバイ!」
エルが初めてまた明日ね!と言わなかった。
その日の夜に、エルから電話があって、無事着いたよ!と伝えられて、一段落した。
でもエルは約束を破った。
その後だいたい2ヶ月後くらいに、摩耶花おばさんから、エルが倒れたと聞いた。
僕は家族に何も言わず、家を飛び出した。
エル、エル、エル。
岡山県は電車で三時間半。
電車の中で家族に連絡した。
遅い遅い遅い。
電車が遅すぎる。もっと早く走れないのか。
着いたのは午後の二時。
エルは、何階だ。
エル、は、四階か。
ちょうど開いたエレベーターで四階に。
着いて出たその時におばさんを見つけた。
「おばさん!」
おばさんは僕を見て、微笑んだ。
「恭太郎君か。久しぶりね。エルはこっちよ」
落ち着いたおばさんを見た限り、エルはとりあえず大丈夫みたいだ。
「わざわざありがとうねぇ。ホントに心配かけて、あ!お昼はちゃんと食べたの?」
「いえ、食欲がなくて」
「そう?お腹すいたらおにぎり持ってるから言ってね。ここよ。エルの部屋」
0413号室に着いた。
おばさんがドアを開けながら、エル、お客さん。と言った。
病室の中の真ん中のベッドに彼女はいた。
「エル
」
彼女はいつもよりどことなく大人しい雰囲気だった。
でも、思ってたような、重そうな機械とかを着けてなかったから、また安心した。
「へへ」
口を歪めて笑うエルは、口数が少ない。
「倒れたくせに、何にも変わったことがないって言うのよ。お医者さんが」
おばさんが腰に手を当てる。
それから、仕事があると言ってまた明日ね!と僕達に言って病室を出た。
「エル、倒れたとき、気分でも悪かったの?目眩とか?」
ガンがあると、目眩の一つや二つも大変なのかもしれない。
「なんだか、衝撃があったような気がして、...。私倒れる前に、タンスに頭をぶつけてしまって、その時に、凄く大事なものを忘れてしまったみたい、で、」
何でも忘れたときって何故か悲しくなる。それは僕を含めみんなだと思う。
「それで倒れたの?」
僕が聞くと、エルは申し訳なさそうに答えた。
「はい。忘れてしまったことが、信じられないくらい悲しかったみたいで」
「ふーん。それまだ思い出してないの?」
コクリとエルが頷いた。
「だから今日そんなに喋らないんだ。なんか凄く静かだなって思っててさ」
ため息混じりの僕の声にエルが大きく反応した。
「い、いえ、そうじゃなくて!」
もちろん僕はビックリした。急に声が大きくなったから。
「う、うん。えっと、じゃあなんで?」
彼女は少し躊躇った。
少し間をおいて、こう言った。
「あなたは、誰ですか?」
エルが忘れてしまったもの。
それは、僕達が一緒に過ごした時間。
楽しかった。
でもいつかは忘れるの。