Ep6:竜と話して
最近開発に成功したタンポポ(に似た植物の)コーヒーを啜って気を落ち着かせる大司。
「驚かせて御免なさいお父様…」
言葉を発するようになってから、立ち居振る舞いからして
益々賢さが増している気がするスイを見て大司は軽く深呼吸をする。
「全然いい。気にするな。大丈夫だ。問題ない…うん、ホントに大丈夫だから」
大司は頑張って笑顔を作る。
「ごぁッ…? パパ…なんか怖いよ?」
「おとーさん…ヴァイスを嫌いにならないで…」
「父、本当に大丈夫か?」
「父ちゃん頬がピクピクしてんなー」
「親父ぃ、深呼吸…ロングブリースしなよ?」
「「父上/父さん鼻がヒクヒクしてるねぇ」」
「うぉ…? これは寝てたら駄目なヤツかな?」
「おとさん、お茶も淹れようか?」
「ととさま……怒ってるの?」
11もの異なる声色の言葉に囲まれる…それも人語を解し会話するドラゴンだ。
言葉を交わす前まで一緒に暮らしている大司でなければ
常人の脳のキャパシティはとうに限界を迎えているだろう。
「はー…やめやめ」
大司は笑顔をやめて真顔でタバコを咥えて火を点ける。
ぐちゃぐちゃした頭の中が靄に包まれるように淀んで一応は纏まる。
「親父ぃ…前から思ってたんだが、その煙は肺や喉に悪いと思うよ」
「大丈夫だルゥ。分かった上で吸ってるんだ。っていうかこういう時こそ吸わないとダメだと思うんだ」
「おとさん。その煙は舌も鼻もダメにしてしまうから控えてほしい。
まだおとさんには色々教わりたい料理が沢山あるんだ」
「安心しろマーナ。舌と鼻がダメになっても記憶まではダメにならない。多分」
「「えぇー…」」
「キーラ、ギーラ。大人には色々事情があるもんなんだ」
「いや父、その理屈はおかしい」
「レト。察しろ」
「お父さん。煙たいと眠れない」
「ボーパル。空気を読め」
「空気は吸って吐くもんだぜ父ちゃん」
「キイ。今は口を閉じろ」
「ととさま…やっぱり怒ってる?」
「ティー。俺がお前を怒ったことがあるか?」
正直ちょっとみんな黙っててほしかったが、ドラゴン達は全員大司を心配しての言なので
それぞれに当たり障りの無い言葉を選んで何とか会話を一旦切ろうと試みる大司。
「本当はもっと早くお父様に仰りたかったのですが…その…
お父様の話す言葉を覚えないと始まらなかったので…本当に御免なさい」
「スイ。謝る意味が分からん。そもそもお前らに言葉が通じてる時点で
こういう事態を予想できなかった俺が悪いんだ」
大司が思考に耽ろうとすればするほどドラゴン達には大司が機嫌を悪くしていると思うようなので
仕方ないと大司は少しずつ彼らと話をすることにした。
「まぁ俺はドラゴン…お前たちのことを俺はそう見聞きしているんだが、そこについては何かあるか?」
「お父様が仰る"ドラゴン"は間違いなく私たちの通称だと思います」
「…お前らは一年ちょっと…いや、生まれてすぐ俺の言ってることを理解してたみたいだが…それは?」
「竜の知書庫のお陰です」
「あくしーべんしゃん?」
「始原竜様が生み出した竜の秘術です。竜の知書庫には始原竜様を初めとした
ドラゴン達が今日まで培ってきた知識を登録し、それを同種族に共有する能力があります。
私たちがお父様の言葉を直ぐに理解できたのもお父様の言葉が登録されていたからです」
「マジか、っていうか日本語が何で登録されてんだ…?」
「竜の知書庫の始原竜様の記録によれば337番目に直接対話した人が
日本人だったそうなので、その時聞いた日本語は一字一句記録されてますね。
あれ…? でも私にはお父様の言葉が私たちの基本言語たる竜語に聞こえるんですが…?
あ…でもそういえば時々お父様の話す単語の中には竜語じゃないのも何個かありましたね」
「マジかよ」
さりげなく自分にも謎が出来てしまっていたが、それがなければ下手をすれば大司は
ドラゴン達と意思の疎通すらままならなかっただろうと思われたので
その辺りは突っ込まないことにした。
「となると…後は…スイ。お前達ほどの賢さなら、話は通じても見た目からして
異種族だとわかる俺をどうして父親と呼ぶんだ?」
「ソレを言ったら私もレト姉さまもキイ兄さんもオニキスもヴァイスにルゥに金銀姉妹に寝坊助も料理馬鹿も痛妹も体色や体格からして一部姿形特徴は似通えども全体的に見れば全く違うじゃありませんか家族は血の繋がりじゃないです心が繋がっていればそれはもう家族です現にお父様は私達を育ててくれたじゃないですか私達も竜の知書庫にも無い知識や発想を教えてくれたじゃないですか何より私が頑張ったらその都度お父様は優しく褒めてくださいましたし叱るときはしかってくれた年上の男性ですよその点を踏まえても貴方をお父様と呼ばずなんと呼べばよいのですか?」
「お、おう…」
かつてオニキスやキイを一蹴した時とは別の怖さを感じたので
大司は自分がドラゴン達の父親云々の件でそれ以上追及するのはやめた。
「じゃあ独り立ちが出来るようになったらもう父とは呼ばないことにする」
「見た目が何だろうが父ちゃんは父ちゃんだろ? 何言ってんだお前?」
「そうだッ! パパはずっとずっとずーーーーーっとオニキス達のパパだッ!
お兄ちゃんも偶には良いコト言うじゃないかッ!」
「おとーさん…ヴァイスがちゃんとおっきくなったら名前で呼んでいーい?」
「俺もレト姉を見習って子供じゃなくなったら親父ぃの呼び方を変えるよ」
「「ルゥの兄貴に同じく!」」
「ふぁ~ぁ…。前に同じく」
「ふむ。おとさんに並んだら私もそうしよう。あと私は料理馬鹿じゃない、味蕾の探求者だ」
「ククク…我もその時はととさまとの新たな契約の証として施行しようぞ…」
「! その発想は無かったですね…あの、お父様…私も…大人になったら…呼び方変えても良いですか?」
「そこは好きにすれば良い。正直俺は父親なんて柄じゃないし」
ずずいっとオニキスとキイが大司に詰め寄ってくる。
「父ちゃん! 俺は死んでも父ちゃんの息子だぞー?!」
「あたしもだよパパ!! いつか天上楽土に行っても!
あたしはパパの一番の娘なんだよッ!!」
「お、おぅ…(マジかよオニキス女の子だったの…?)」
思いがけずドラゴン達の性別も分かり、少し戸惑ったが大司は気を取り直して質問を続けることにした。
「竜の知書庫ってお前達の先達先祖親族親戚とかの知識を得られるんだよな?
なら聞きたいんだが、今俺たちのいるここは何処なんだ?」
「あ、ちょっと待っててくださいね……」
スイは目を閉じて瞑想するかのように静まった。ハッとして周りを見れば
既にコックリコックリ船を漕いでるボーパル以外はどのドラゴン達も同じようにしている。
かと思えばオニキスが「ぶはぁッ!」と息を吐き、「ぐぬぬぅ…ッ!」となにやら悔しそうだった。
そしてオニキスの行動を皮切りにキイ、キーラ、ギーラ、ティー、ルゥ、ヴァイス、マーナ、レトの
順番でオニキスと似たような感じに振る舞い、未だ平然と瞑想じみた行動をするスイに注目する。
しばらく見つめていたら、スイの目が開かれる。
「書庫内が結構入り組んでて大変でした…でも、大丈夫です。お父様が知りたいことは何でしたっけ?」
「あー、ここが何処か…俺たちが暮らしているこの地域の通称と地理かな?」
「…ここは竜語では"揺り篭島"で人語では"離れの島"ですね。地域名とかは無いみたいです。
島から見たら西ですが、人語で東大陸と総称される大陸の南南東にあります。
去年以降何度かローストチキンにした巨鳥ことロック鳥はこの大陸の方から飛来するみたいですね」
「マジかよあの巨鳥も何なのか分かっちゃうのか?」
「食べたときもそう思いましたが、アレは竜の知書庫でも"美味、食べ応えも抜群"と数多く出てたので
直ぐに見つけることができました。正直同じことなので一つに集約しておいてほしいですね。
他に何か知りたいことはありますか?」
「じゃあこの島…? ではどんな食べ物が取れるかってのはわかるか?」
「わかりました……はい、そうですね。島内の動物ではお父様がブタモドキと呼んでいる洞窟豚、
この間空から焼き尽くした鬼猟犬、姿は見ていませんが隠れ大熊に宝石蜂とそのハチミツ。
この間うっかりオニキスが一人で食べてしまった土鳥とその卵ですね。
場所によっては亜種もいるみたいですが、全部は分からないかもしれません。
植物はお父様が紫オレンジと呼んだグレオの実。金のリンゴと呼んだゴルトアの実、
黒ピスタチオと呼んだエピの種。橙オリーブと呼んだイルの実。大きな胡桃と呼んだデモルナの種。
ジャガモドキと呼んだのはテールの実。ネギッポイと呼んだのはクリネの葉。
キャベツモドキはクラートの葉、ニンジンッポイと呼んだのはクズットの根ですね。近海で取れるのは…」
「うん、もう良い…っていうかすげえな竜の知書庫…」
「そうですね…竜の知書庫には膨大な量の知識が蓄えられてます…
私でも気を抜くとそこに頭の中をもっていかれそうになるくらいです」
便利は便利だが、早々にギブアップしたオニキスたちはともかくスイですら
長時間の閲覧は負担がかかるということも分かった。
なるべく頼りたくは無いが、こっちの事は殆ど想像しかできない大司としては
どうしようもない時はスイに聞いてみるのもアリだと判断することにした。




