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Ep4:温泉

ドラゴン達に命名してから一ヶ月ほど経ったある日のことである。

冷たい川で洗い物をし、最後に体を洗っていた大司ひろしは若干震えながらこぼした。


「……風呂、入りてぇ…」


大司とドラゴン達の暮らしている地域は雨は少なめだが乾燥しているというわけでもなく、

昼も夜も多くは比較的過ごし易い気温のようだし難破船から逐一回収している

利用可能な生活用品を揃え、最近は干草と布地でちょっとしたベッド等もしつらえて、

今の生活のレベルが江戸時代クラスに近づきつつあるのだが、

如何いかんせん今と比べれば遥かに高水準な現代日本での生活に慣れきった大司にとっては

日や眠り方によっては体のあちこちが痛くなったりして中々疲れが取れないため、

蓄積する疲労が無視できなくなりつつあった。


ともすればせめて温かい湯にでもかって血行を良好にし筋肉や関節を温熱療法…

早い話が湯治とうじ等が出来れば良いのになぁ…と思っているうちに言葉に出てしまったのだ。


「ゴァ?」

「クシュ?」


ドラゴン達には大司の言う"フロ"とは何なのか見当がつかないようで、首を傾げていた。

そんなドラゴン達の様子を見て大司は一瞬何かを言おうとしたが喉元で止めて、辺りを見回す。


「一縷の望みに賭けてみるのもアリか」


大司は塗れた頭がまだあまり乾いていないうちにくたびれ始めてきたTシャツとスーツを着て、

幾らかの食料と水を入れられる皮袋に船乗りの亡骸から失敬した三日月刀カトラスを背負い

さらに洗面器大の木桶やタオルに使えそうな布や手ぬぐいも装備して

川向こうにある山の麓を目指して歩き出す。ちなみに山は天辺から緩やかで細い白煙を上げており、

今の段階での噴火の危険度は低い活火山であることが伺える。

火山の存在は真面目に考えると由々しきものであるが今の大司にとって

火山=温泉の可能性しか見えていない。大司は地味に心の疲れが溜まっているようだ。

ドラゴン達は大司の突発的な行動に多少首を傾げつつも全員が着いてくる。

まぁいつも眠たそうなボーパルだけはオニキスに半ば引きずられる形ではあるが。


◇Dragon's Party◇


ねぐらから離れてそろそろ日が沈むんじゃないかと思われる頃に、

大司とドラゴン達の鼻がひくついた。前者はその匂いに笑顔となり、

後者はその臭いにクシャミやフレーメン等の好意的ではない反応を示す。


「近い…! 近いぞ!!」

「ゴァー…?」


言うまでもなく彼らの捉えた香りは薄い硫黄臭なのだが、温泉に親しんでいる日本人などは

近くに温泉があるのではと思えるが、ドラゴン達からしてみれば好ましくない香りだ。

なので一番大司に懐いているオニキスですら大司のノリには懐疑的である。

こればかりは流石にドラゴンと日本人の考えの差異があるので仕方ないと思った大司は

ドラゴン達に「無理しなくても良いんだぞ?」と優しく声をかけてやる。


「……クシュ!」


多くのドラゴン達は少しずつ増している硫黄の臭いに辟易し始めているが、

スイは大司が嬉しそうにしている様子を見て何か確信を得たのか、

気合を入れるように一声上げて真剣(?)な表情(?)を浮かべて歩行に力を入れだす。


されに歩を進めていくうちに、やがて硫黄臭の混じった空気に

湿り気を感じるようになった時、大司はさらに動きが軽やかになっていく。


「それっぽくなってきた!」


思わず叫んだ大司の周りは岩場になりつつあった。風景の変化にはドラゴン達の様子も

それまでは単に嫌そうだったが段々と不安が見え隠れするようになってきていた。


そして辺りが夕焼けに染まり始めた頃に、大司の前方で

湯気のようなものが上がっている場所が見えてくる。


「ひゃっほーぅ!!」


いきなり大司が叫んで多くのドラゴンたちはビクッとしたが、

大司が湯気が立っている場所目掛けて走り出すので慌てて追従する。

ドラゴン達が大司に追いついたとき、大司は立ち止まって小刻みに震えていた。


「見つけた! 大発見! 温泉! ONSEN! 温泉じゃー!!」


大司の目の前にはどう見てもそうとしか思えない大自然の岩風呂があった。

温泉は中央辺りから懇々とお湯が湧いており、透明度は高い。


「…おっと、いかんいかん…ここで油断してたら危ない」


地球基準で考えてもその温泉が入浴に適しているかわからないのだ。

大司は予め拾っておいた木の枝を温泉に突っ込み数分待つ。

取り出した枝が溶けたり異常に変色したりしてないか確認する。

続いて木桶にそっとんで手で仰いで臭いを確かめる。

強烈な刺激臭等は感じられないか、臭いを嗅いで気分が悪くならないか数分待つ。

今一度汲み直してさっと指をつけて熱さやヌルつき具合を確かめる。


「よっしゃ!」


意を決して大司は靴を脱いで素足になって温泉に慎重に足を入れてみる。

実に丁度いい温度だったのか、そのまま数分様子を見る。

そして足に変な刺激や痛みが無い事を確認して、大司は全裸になって温泉に飛び込んだ。


「…………うぇえええ~い…!」


温泉に入ったおっさんがよくやるような声を上げる大司。


「クシュー…?」


突然の大司の行動にスイも不安そうだ。


「大丈夫だ。全然いい。お前も入るか?」


見た感じは大丈夫そうな大司の手招きにスイは応じない。

まぁドラゴン達はそもそも体を液体に浸すどころか体を洗ったりもしないのだ。

精精自分たちの臭いを消すために香草を体に擦り付けたりするくらいだ。


「あー……極楽極楽…これでコーヒー牛乳とかビールとかあればなぁ…」


無いものをねだっても仕方が無いので大司は鼻歌でも歌いながら暫く温泉を楽しんだ。

満足した大司が温泉から上がるまでドラゴン達は身を寄せ合って仕方なさそうに座って待っていたので、

帰りにブタモドキを大連続狩猟でもしてやろうかしらと大司は思ったりした。

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