Ep3:名前
先日、最後は黒ドラゴンに強烈な頭突きを食らった黄色いドラゴンが狩ってきたブタモドキは
尋常じゃない旨さだったので、大司はあれから十徳ナイフ以外に蔓や石等で
武器としての石器すら用意してブタモドキを狩れるだけ狩ってやろうと動き出した。
「くそッ! また穴に逃げやがった!!」
「ゴァァァァァァ!!!」
黒いドラゴンを始め、多くのドラゴンがブタモドキの逃げた穴に火炎ブレスをブチこむものの、
穴は四方八方に分かれているのか、ブタモドキのブの字すら姿を見せることは無かった。
「…深追いはやめておくか」
空を見れば太陽が中天から西(?)に落ち始めたので、大司は夜の焚き木になりそうな
枯れ枝等を集めることにした。ドラゴン達もやはり爬虫類の性なのか
寝る前に火で暖をとるのは好きなようで大司が枝を拾うのを見るとすぐに手伝ってくれる。
ある程度焚き木を集めて空を見上げればまだ夕方にもなっていない。
大司は考えてみたら海辺には貝とか昆布(旨みと塩分の素)的なものを手に入れるだけなら
海に入る必要もないじゃないかと思い出したようで、枝を塒に置いて、
前もって蔓で作れるだけ作ってみた"網に見えないこともないお粗末な物体"を
袋の代わりにして海辺まで足を運ぶことにした。
結果は散々である。昆布っぽいのは何枚か見つけたが、貝類は殆どが小さすぎるうえに
多くが巻貝であるため労力にも見合わないので集めるのは断念せざるを得なかった。
「クシュ?」
翡翠色のドラゴンが波打ち際から何かを見つけてきたようで、大司に見せてくる。
「おぉ…?!」
翡翠色のドラゴンが見せてきたそれはどう見てもオールのようなものだった。
これを調べながらハッとした大司は砂浜に沿って行ける所まで行ってみようと歩き出す。
波や得体の知れない甲殻類と戯れたり(?)していたドラゴン達もそれを見て少し慌てて追従する。
「!!!!!」
大司の予感は当たっていたようで、オールを拾った所から
砂浜沿いに南下した先には多量の難破船があった。
「………ドラゴンがいるなら…」
カリブの海賊じゃないがそういう系のアンデッドなんかもいるかもしれない。
先日遭遇した巨鳥はドラゴンたちにあっという間にこんがりロースト美味しいです☆ だったが、
アンデッド相手ではどうなのかがわからない不安があったが、それでも大司は難破船の調査に乗り出す。
何故なら難破船には無事な生活用品があるかもしれないからだ。
「うぬぬ…中世センス…」
大部分は海水などでダメになっていたが、それでも数多くの物品は手に入った。
何日か使って難破船を隅々まで調べつくせば当分は文明的な生活が遅れそうであることに
大司は喜びを隠せない。ドラゴン達も大司の様子を見て「これは良いものだ」と判断したらしく
ちょっと大司が取りに行くのは憚られるような場所などからもいろいろな物を
持ってきては「褒めて褒めて!」と言わんばかりの行動を示す。もちろん大司は
良いものを見つけてきたドラゴンにはムツ○ロウさんばりに「よーしよしよしよし!!」と褒めまくった。
「……これ、読め…るな? 何でだろう?」
見つけた本や巻物等には明らかに地球の言葉っぽくない文字で書かれていたが、
何故か大司には読めたし意識して書けば多少歪だが判読可能な複写もできた。
色々と思うところもあったが、ドラゴンたちと意思の疎通ができる段階で
あまり細かいことは気にしないようにすることにした。
「…南無三」
船長室っぽいところで航海日誌的なものを読み、難破船の住人たちの冥福を祈った大司。
流石にこの行動は翡翠色のドラゴン以外は理解を示さなかった。
ちょっと悲しそうな顔をしてしまった大司を見て翡翠色のドラゴンが
他のドラゴンたちを叱ったりもしたのだが、大司はやんわりと宥めた。
「……せっかくだから…っていうかいい加減お前たちにも何か名前つけるか」
「クシュ?」(翡翠)
「ゴァッ!!」(黒)
「グルッ…!」(紅)
「クルルルルッ!」(黄)
「グルゥ!」(青)
「キュ~!」(白)
「キィキィ!」(金)
「ギギギィ!」(銀)
「ヴォ?」(紫)
「ヴァオ」(三毛)
「ギルル!」(虎)
航海日誌を読んで難破船の乗組員たちの最期を知り感傷的になったせいか
それまで紛れていた寂しさに襲われた大司の何気ない一言にドラゴンたちは盛況した。
それでいて一斉に大司に抱きつかれて押し競饅頭になって
ちょっと洒落にならなくなった大司は慌てる。
「落ち着け落ち着け!! 塒に帰ったらちゃんと考えて名づけてやるから!!」
「クシュシュ!!」
「ゴァッ!!」
大司の一声に翡翠色のドラゴンと黒いドラゴンが未だ冷めやらぬ他のドラゴンたちを静める。
今回の難破船の物品回収は一旦ここで切り上げることとなった。
◇Doragon's Party◇
いつも以上にテキパキした動きで集めたものを整理整頓したドラゴンたちは
目をキラキラと輝かせながら大司を囲んだ。
「えーと…そうだな…誰からにしようか」
「ゴァッ!! ゴァッ!! ゴァッ!!」
私が! 私が最初!! とでも言わんばかりに一番大きな黒いドラゴンが跳ねる。
跳ねる黒いドラゴンの下がちょっとドシンドシン言ってるのにビビらされる大司。
「クルル!! クルルルルル!!」
「ゴァッ!? ゴァァァァ?!」
なんでだよー! ふざけんなよー! とでも言いたいのか黄色いドラゴンは
ブタモドキの件で自身の過失とはいえ思いっきり頭突きを食らわせてきた黒いドラゴンに食って掛かる。
あぁ?! やんのかゴルァ?! と言っている様にしか見えない黒いドラゴンにちょっとビビる大司。
「クシュ…! クシュー!!」
翡翠のドラゴンが静かに、だがかなり強く二体に詰め寄って説教みたいな振る舞いをする。
最初は黒と黄の二体も「んだよテメェ邪魔だぁ!」とばかりに殴りかかるのだが…何と二体は
軽々と翡翠色のドラゴンにブン投げられ、尻尾と手足を駆使した関節技を同時に極められ降参した。
「おおぅ…」
今まで落ち着いた印象しか見ていなかった翡翠色のドラゴンがたぶんガチで怒っている様を見て
普段は物腰柔らかく優しいがキレさせたら笑顔で怖いことをするタイプのメガネ委員長を連想する大司。
「キュゥゥゥゥ…!」
一番臆病な白いドラゴンはその様を見て大司の懐に潜りこもうとする。
とりあえず白いのを優しく抱きしめてやる大司。
「えーと…となると…そうだな…じゃあ卵から孵った順番で付けるか」
「ゴァ…!!」
「クルル…」
大司のこの言葉には反応は様々だがドラゴン達も納得したようだ。
「たしか一番最初に生まれたのは…」
大司はドラゴンたちとのファーストコンタクトを思い出す。
一番最初は最も印象的だったので直ぐに思い出せた。
「最初はお前だな。紅いの」
「グルッ?」
………え、私…? としか思えない静かな反応のシュッとした体つきが特徴な紅いドラゴン。
「最初に俺に抱きついてきたのも――「グググルルルッ!」
それ言っちゃダメ!! とでも言いたかったのか大司に軽く体当たりする紅いドラゴン。
地味に痛かったが堪えた大司。多くのドラゴンたちは何やら笑っているような鳴き声を出す。
それに対して何だかさっきよりも体が赤くなっているような気がする紅いドラゴン。
「紅い…クリム…いや、どっちかわからんし…レッド…はさらに安直すぎて…ぬーん…」
うっかり時をふっ飛ばしそうな奴やデスビ○ノスに奪還されんと行動されそうな名前も浮かんだが、
せっかくだからシンプルでいて中性っぽい名前にしようということで決まった。
「お前はレト。苗字を付けるとしたらクーレスト…いや、苗字は蛇足だし烏滸がましいな」
「………グル」
まあ、それでいい。と落ち着いた様子に戻る紅いドラゴンことレト。
「次は誰だったかな…」
思い返せば続々と生まれてきたので果たしてその順番が正しいのか怪しかったが、
確か二番目だった筈だと黄色いドラゴンを見やる大司。
「クルルーーーッ!」
っしゃあキタコレ! とわかりやすい反応を示す黄色いドラゴン。
「お前は…キイだな」
今までの言動を見る限り単純明快なものが多かったので即決した大司。
黄色いドラゴン改めキイは「オーイェー!」とばかりに走り回る。
「クシュー…」
キイを見て全くしょうがない子…とばかりに溜め息をつく翡翠色のドラゴン。
「そういえばキイの次はお前だったな」
「クシュ? …クシュシュッ!!」
さっきの落ち着きは何処へやらといった感じでハイテンションになる翡翠色のドラゴン。
「どうせなら知的さが光る名前にしたいな…」
とは言ったものの、翡翠の上手い言い換えがサッパリ思いつかないので
どうしたもんかと体ごと捻って考え込んでしまう大司。
「ぐぬぬ…ぐぬぬぬぬ……………すまん、限界だ…スイ………スイで良いか?」
「クシュ、クシュ、クシュ~♪」
文句などある筈がございません! と大司に頭を擦り付けてくる翡翠色のドラゴンことスイ。
「んで…四番目は……………そうだ! お前だ、黒いの!!」
「ゴァッ!!!!!」
興奮したのか上を向いて火炎ブレスを吐いた黒いドラゴン。
思ったより順番が早かったのがうれしかったのだろうかは定かではないが、
怒っているわけではないのは確かだろう。思い切り顔面をペロペロしてきたのが証拠だ。
何か変な臭いがしたが黒いドラゴンの気持ちを尊重してやることにした大司。
「お前は一番大きくて強いっぽいし…でもレトやスイに負けない可愛さもあるからなぁ…」
「ゴァ!? ゴァッ! ゴァッ!!」
ホント? ホントに? もう、大好き! とばかりに大司の顔をペロペロしまくってくる黒いドラゴン。
「ぐわっぷ! おい、落ち着け…いい加減にしないと名前決めるの最後にするぞ?」
「ゴァ……!?」
大司の一言にピタリと静まった黒いドラゴン。目の輝きと鼻息の荒さは抑えられなかったようだが、
それは先ほどの愛嬌に含めることにした大司。
「黒くて格好良くて可愛げもある名前…………………オニキス?」
オニキスはギリシア語の「爪(Onyxis)」に由来し名づけられた黒いメノウ…
瑪瑙の通称だが、実は大司はそれを知らない。
だがしかしオニキスの一般的(?)イメージとしては
「迷いの無い信念を象徴するような強さ」「自分自身の中心軸をしっかりと安定させる」
「着実に目標を実現するために地に足を着けた行動をするよう導いてくれる」
「人生において幾度も降りかかる辛い場面、苦しい 面においても諦めず、
前に進むための忍耐力や意思の強さを与えてくれる」「安定感のある優しい力強さを持つ」と、
まぁご大層なイメージがあり、物語なんかで登場する黒いシンボルカラーのキャラクターなんかにも
よく使われる名前だったりするのでセンスとしては可笑しくはないだろう。
「ゴァ? …ゴァッ!!!」
お、何か良さげ! と黒いドラゴンことオニキスも大概である。
「さて…(問題はここからだな…)」
ここからが大司の記憶も怪しくなってくる。
何せ当時は続々生まれてきて「オレハ、コレカラ、マルカジリ?」と
絶賛ディノクラ○シスな心証だったので正直何番目が誰だったかが本気レベルで思い出せないのだ。
まだ名前が決まっていない他の面々を見ながら眉間に皺を寄せたり首を傾げたりと大忙し。
「…………ぐぬおぉぉ…!」
「キュ…?」
心配そうに大司を見上げるこの中では一番臆病な白いドラゴンと目が合った。
ふと、もう白いのを五番目ということで名づけてしまえば良いのではと魔が刺す。
いやいや名前なんだからそんな適当では…だがしかし…と益々懊悩する大司。
………結局長々としすぎるのも良くないと判断し、白いドラゴンを五番目として名づけることにした。
だがここでこのドラゴンに似合う名前がパッと出てこない。出てくるのは安直過ぎるものばかりだ。
「五番目はお前だ……お前はいつも臆病だ…でもいつまでもそれじゃダメだ……
だから…うぬ……! よし、これに決めた!! ヴァイス!
これからは気高く強くあれ! だからお前の名前はヴァイスだ!」
「キュ…!」
上手いこと言ったようだがこのヴァイスはドイツ語で白を意味するWeiß(ヴァイス)である。
ドイツ人が聞いたら「もうちょっと捻ってやれよ!」と怒られそうだが、
いかんせん大司もスーパーロボットに親しみすぎた日本人なので
彼にとってドイツ語は大概必殺技っぽく聞こえるのだ。
白いドラゴンことヴァイスは大司の名づけに満更でもなさそうだ。
「よし、このままテンポよく決めていこう!」
「グルゥ?」
大司のノリに反応を示したのは青いドラゴン。顔つきは一番幼生っぽいが、実はドラゴンの中では
一番体が筋骨隆々(ムキムキ)しているので初見では一、二を争うちょっとした怖さがあるが
こう見えて(時折調子を外したり音程がズレたりするが)歌や音楽が好きらしく、暇さえあれば
いつも鼻歌を歌ったり大司が戯れに教えた歌を真似(人の言葉にはなってないが)したりする。
「………と言ったが、すまん。お前の名前はルゥ以外マシな名前が思いつかなかった…」
「グルゥッ?!」
ひでぇ!? と声を上げた青いドラゴンことルゥだったが、
「後で何かまた歌を教えてやるから勘弁してくれ」との大司の言で機嫌は直った。
「さて…次は…」
「キィキィ!」
「ギィ! ギギィ!」
アタシよ! ノー! アチシよ! とイメージさせられそうなノリで口論する双子の金と銀のドラゴン。
「お前らは正に一卵性双生児だったからなぁ………うーむ……
…よし、この際あんまり小賢しいことはせず金色はキーラ、銀色はギーラでいいだろう」
「キィー?」「ギィー?」
えー? なにそれー? と抗議しようとした金銀の双子ドラゴン、キーラとギーラだったが
「ゴァ!」とオニキスが一声かけると若干不服そうだったが素直に引き下がった。
オニキスとキーラ、ギーラの間には既になんらかの上下関係が構築されているのだろうか。
「ヴォ~ァァアァ……」
「………お前はマイペースだなぁ」
さっきから欠伸もそこそこに船を漕ぎ始めているオニキスに次いで体の大きい紫のドラゴン。
「パープルとボーパルってどっちが正しかったっけ…?」
かたや紫の英訳パープルと全く関係のないであろう物語で無敵とされた怪物
ジャバウォックを殺した魔剣に冠された造語ボーパル(ヴォーパル)。
あろうことか大司はこれを混同していた。そのため迷ったのだが、
結局面倒くさいし紫のドラゴンもほとんど気にしてなさそうだったので
安直な英訳よりは何となく格好いい響きでボーパルと命名することにした。
紫のドラゴン…ボーパルは「おっけ~」とでも言うかのような間延びした鳴き声を上げ本当に眠り始めた。
「さあ、後二体だ…ぬを?」
「ヴァ~オ…!」
本当に適当になりそうだった大司に対して
ちょっと目を細めて微妙に不愉快そうな鳴き声を出す三毛色のドラゴン。
「すまんすまん…となるとお前の名前はどんなのがいいかな…あ~言葉が交わせれば楽なんだが…」
「ヴァ~…!」
真面目にやってよね…! と言われてるような気がしたので大司は顎に手をやって真剣に考える。
が、このドラゴンを見ているとどうにもカラーリングからして三毛猫なので
そんな感じの名前がボコボコでてきて仕方がない。
あまりにもどうしようもなかったので大司は苦し紛れに切り出す。
「マーナ! お前はマーナだ! 俺の思い出の中にいる素敵な人の名前を捩った!」
「ヴァ~…?」
相手が人外のドラゴンだからこそ言えたのかもしれない。実際三毛色ドラゴン、
マーナの名前の由来は大司の初恋の人の名前を暈したというかなんというか
とにかくそういうことだ察しろ…! な小っ恥ずかしいのが由来である。
「まあ、それでいいわ」と軽く鼻から息をフンス、と出して居直るマーナ。
その様が益々猫っぽく見えてくるので始末が悪い気がした大司。
「ギルル…ッ! ギルルルルルッ…!」
ククク…ッ! 終に我の命名であるか…! …?!?!?!?!
数秒ほど大司は中二病を拗らせた少女を幻視した。
瞼を擦ればそこにいたのは虎柄鱗模様のドラゴンである。
「んん…? んんん…?」
「ギル…? ギギル…ギルルルル…?」
あの…? そんな…おかしい…? と何だか目をウルウルさせているような感じがしたので
「何でも無い何でも無い気にスンナ」と大司は何事も無かったかのように振舞う。
実際大司には痛々しい姿を真面目に訝しまれて素に戻っちゃった
年頃の女の子を数秒幻視したが気のせいだと思うことにした。
「っと…と、とにかく最後だしグダグダしないうちにお前の名前を決めてしまおう!」
「ギル!」
さっき見えたものはここに来て結構自分のキャパがヤバイ事になりつつある表れだろうから
仕方ないということにして、大司は虎柄鱗模様のドラゴンの名前を考えることにした。
「虎…ティーガー…いや、しかし…」
ここに来てまたもドイツ語である。ケーニヒスティーガー(虎の王)とか戦車の名前で存在するが
それもそれでどうかと思われるが、今の大司には精一杯かもしれない。
「いっそティーだ! どうせここは地球じゃないし! 優雅なイメージだって連想できるじゃないか!」
「ギル…? …ギル!」
一瞬疑いを感じたが虎柄鱗模様のドラゴン、改めティーは大司の"優雅"の意味を良いものだと
感じ取ったようで何だかんだで上位に入る喜びようで納得してくれた。
しかし大司は後々になって何かの拍子で自分の名前の由来を知った数体のドラゴンが
なかなかに怒ったりするんじゃないかと思い出してはヒヤヒヤすることになるが、それは別の話である。




