Ep1:遭遇
性懲りも無く新作です。出し惜しみはしないというか出来ません…。
《人によるかもしれないが、睡眠の体感は一瞬だ》
目が覚めているが開けてはいない味噌っ粕正社員七年生の牧村大司の持論の一つである。
寝ているときの気持ち良さはその都度違ったりするが、たっぷり眠った後のまどろみは
何度感じても飽きないものである。何せ今日は大司にとって数年ぶりの連休…
しかも七割五部が有休という一大…は言い過ぎだが無視できないイベントである。
働かずとも金が貰える不労収入とは如何なるモノなのかを何となく体感できるイベントの初日なのだ。
だから気持ち良いまどろみから多少無理にでも起きなければ…!
折角の連休初日を寝て過ごすのは余りにも勿体無い…!
等と自問自答する大司だったが、鼻腔を擽る草木の…いや、土…
違う違うこれは…金属臭?!
「ヘァッ!?」
明らかな異臭に大司は飛び起きたが、彼の目に入った光景は彼の心をさらに揺さぶる。
「…………痛ぇッ!?」
気持ち強めに顔面を引っ叩く大司ではあったが、最初から醒めている目が覚めるはずもない。
すなわち目の前(足元にもだが)に広がる金、銀、プラチナ色のコインだのメダルだの
ブリリアントカットな宝石バッチリのアクセサリーといった金銀財宝の山が消えることもない。
大司は胸元を弄った。思い返してみれば朝から夜中までの通し業務から帰宅し、
布団に倒れこんでそのまま意識を手放したので、すっかりシワがついてしまったスーツ姿のままなのだ。
だから胸ポケットにはオッサン必須アイテムかもしれないタバコも入っている。
「………あー、マジかー…」
吸い込んだ紫煙が沁みれば沁みるほどに
大司は目の前の光景が夢幻ではないと突きつけられているような気がした。
「……………ですよねー…」
タバコ同様にポケットに突っ込んだままだったスマホは多分お約束であろう圏外表示。
電池の残量だけは八割以上残っているのが妙に恨めしい。
なので大司はとりあえずスマホの電源をオフにした。
それからタバコを二本吸った大司は取り敢えず水を探すべく金銀財宝の山を後にしようとしたのだが…
「…う、ん…?」
金銀財宝の山から振り返った先には卵があった。
平均1立方メートルはあるのではないかという巨大な卵である。
しかも10個あった。
大司は三本目に火を点けて深呼吸。
卵は時々動くようだ。しかし大司は鼻の穴から紫煙を出しながら思考停止していた。
無理もないだろう。飛び起きてからずっと理解し難い状況に遭遇しまくりなのだから。
一番近くにあった卵がピキピキっと音を立てて孵った。
どうやらこの卵はドラゴンの卵らしい。何故なら卵から孵ったのが
どう見てもそうとしか思えないくらいドラゴンドラゴンしてる姿だったからだ。
大司は未だフリーズ中だったが、卵は続々と孵っている。
当然ドラゴンもドンドン生まれてくる。10個の卵から11匹…11頭?
兎も角10個のうち1個からは双子のドラゴンが生まれたので全部で11体? のドラゴンが生まれた。
大司は生まれたドラゴン達がピーピーだのキーキーとかゲーゲーなんちゃら鳴いているのを見て
目を擦っていたら漸く止まっていた思考が回るようになった。
「大野…」
Oh,noと言いたかったのだろうが、既に彼の脳の容量はパンクしていたせいか、
まともな発音が口から出てこなかった。
「アリエネェ…」
搾り出すように一言こぼしつつ、大司は頭の中をグルグルと回転させる。
もしもこのドラゴン達がジュ○シックパ○クのヴェロキラプトルみたいな生物ならそれだけで詰みだ。
そもそも爬虫類の多くは生まれた段階で他の生物を捕食できちゃう体をしている。
このドラゴン達がそんな例に漏れない生物なら大司はドラゴン達の「はじめてのごはん」確定だ。
「クルル…?」
最初に生まれた紅いドラゴンが大司を見る。他のドラゴン達も大司を見る。
大司は座り込んだ。咥えていたタバコは明後日の方向へポイ捨てした。
もう大司は一杯一杯のようで、声にならない笑いを上げていた。
思えば出世コースから外れて窓際とは言わないが味噌っ粕には違いない平社員人生に
何かしら思うところを持ち、何かしら行動をするべきではなかったのかと
生まれてから今日に至るまでの人生を思い返していた。現実逃避である。
「クルルゥ…♪」
ハッとした時、大司はドラゴン達に頬擦りされていた。
「あぁあ…はっ…」
全身の力が抜けたのか変な声を出して大司は寝転んだ。
ドラゴン達は急に倒れた大司を心配そうに見つめる。中には大司の顔をペロペロするのもいた。
薄ら生臭かったが、ドラゴン達は大司のことを餌ではなく親か仲間か何かと認識しているようだった。
とりあえず今すぐワケの分からないまま死ぬような事態には至らなかったことに安心したせいか、
腹の虫が盛大に鳴った。何故かドラゴン達の腹の虫も鳴き出した。
「く、食い物でも探すかっ…!」
何かが吹っ切れた大司はドラゴン達に話しかけるように一言こぼす。
ドラゴン達の多くは柴犬みたいに可愛く首を傾げたが、
どうにも何体かは大司の言っていることが分かったのか「グァッ!」だの「キュアッ!」とか嘶く。
後ろをチョコチョコついてくるドラゴン達にちょっと愛着が湧いてきた大司だが、
ドラゴン達と出会った所の周囲は後ろにある金銀財宝の山を除いて見渡す限り平原だった。
遠くに山や森が見えるが、何となく食えそうな動物の類は影も形も見当たらない。
「俺は最悪その辺の草でも食んでれば良いんだろうが…」
ドラゴン達はそうはいかないだろうと大司は考える。実際ドラゴン達の口から覗く牙は
その鋭さからして肉食生物のモノだ。間違いなく野菜類よりは肉を食らうのに適しているだろう。
「さーて、どうしたも――
大司は二度目のフリーズを起こした。何故なら少し遠い前方に大きな鳥がかなりの速度で
こちらに向かってくるのを見てしまったからだ。まだ距離が数百メートルはあるだろうが、
それでもこちらに向かってくる鳥が大きいのは分かってしまう。
何せ羽ばたく音がちょっとした突風を伴っているのだ。
目測でもその鳥が飛行機クラスの体格であるだろうということがいやでも分かってしまったせいか、
大司は絶句したまま動けなかった。
「クキョォァァァァァァァァァァ!!!」
巨鳥の叫びに大司は我に返るものの、今一度「夢なら覚めろ」と思わずにはいられない。
巨鳥は鷹などの猛禽類がそうするように羽を広げ、
掴まれただけで死ねそうな鋭いカギ爪を生やした足で大司を襲わんとするが…
「グァッ!」「クルッ!」「クシューッ!」「ゴァァァァッ!!」「キュッ…!」
「グルルッ!」「キィッ!」「ギィッ!」「ヴォ…!」「フーッ!」「ギルルルルッ!」
大司の後ろから前に出てきたドラゴン達が、当たり前かのように一斉放射した火炎ブレスに包まれ地に落ちた。
「のををををををッ!?」
落ちつつもこちらに滑ってきたので大司は必死に避けた。
「ギャアアアアアアア!」
生まれて間もなく火炎放射をブチかましたドラゴン達もさることながら、
火炎に包まれた巨鳥もとんでもない生物だった。普通は火達磨になったらもがき苦しんで死ぬだけだが
この巨鳥は転げまわって全身にまとわりつく炎を消火しようと試みているのだ。
「「「「「「「「「「「ガァァァァァァァッ!!!」」」」」」」」」」」
無駄な抵抗をするなゴミが! とばかりにドラゴン達は巨鳥に火炎放射をブチかまし続ける。
巨鳥も巨鳥でのた打ち回りながらもドラゴン達を殺そうと嘴や羽ばたき等を駆使する。
「………」
思わず体育座りになっていた大司は四本目のタバコに火を点けていた。