好意
私の雰囲気が変わったことを感じ、2人は緊張したようだった。
「分かりました。その質問にお答えしましょう。」
2人は驚いた顔をした。そして少し身構えたようだった。
普通ではないことは分かっていても、それを私本人があっさり認め、尚且つ詳細を語ると知れば、まあ驚くだろう。
物語では、こういう時は『死人に口なし』という展開になるのだろう。
真実は分かるが殺される。
私はそんなことをするつもりはないのだが、警戒されても仕方ない。
「別に私は皆さんを傷付ける気はありませんのでご安心ください。私の名誉にかけて誓いましょう。」
暗殺や口封じ、証拠隠滅は元々騎士である私には不向きだし、何より創造主の名誉を傷つける。
私の発言に2人は少し黙っていたが、深呼吸してから警戒を解いた。
「・・・分かった。信じよう。」
「ありがとうございます。ところで、隣の部屋にいる漣先輩はこちらに呼ばなくても良いのですか?」
何気ない口調で言う。
先ほど「何者か?」と質問された時、<友情検索>をして把握していた。
家族や門下生がもしかして伏兵として潜んでいるかと思ったからだ。
<危険察知>は反応しなかったので見知らぬ敵もいない。先輩に敵意は無く、盗み聞きしていたのだろう。
2人が苦笑する。
「気付いていたのか・・・。憩、入ってきなさい。」
師範の言葉の後、襖を開けて先輩が入ってくる。
何故か高そうな着物を着ていた。薄く化粧までしている。
私は訝しげな顔をしてしまった。
明らかにこの場の空気に合っていない。
それに、師範と師範代は先輩の存在を事前に知っていたような感じだ。
意味が解らなかったので、師範と師範代に目をやり、無言で説明を求めた。
しかし、2人は無視し、答えてはくれなかった。
仕方なく漣先輩に目をやると、目を逸らされた。一体何なのか。
先輩が何故か私の隣に座った後、師範が話し始めた。
「先に言っておくが、私たちは君に恩義がある。話を聞いた後でも、君や君の家族の不利益になるような真似はしないと約束しよう。漣家の当主として誓う。」
師範が私を真っ直ぐ見ながら言う。
嘘ではないだろう。スキルでの確認は出来ないが、私もそこまで人を見る目が無いわけではない。
「・・・君にも言いたくないことはあるだろうし、全部を話す必要はない。言っても良いと思う範囲内で教えてくれればいい。・・・重ねて言うが、私たちは君に恩義がある。」
師範代の言葉は誠実なものだ。
正直言って、創造主のこと等は軽々しく伝える気はないので教えたくない。
私としては≪WEO≫のことやリック・ロートブラッドのことは話しても良い。
しかし、それを教えることでいらぬ詮索をされかねない。
例え誓いを立てられていても、信じきることは出来ない。やはり事実を教えることは避けるべきだと思う。
一部、もしくは全体を曖昧な表現でならば言っても良いだろう。
「それでは、お言葉に甘えて、言葉を濁してお答えしましょう。」
私の言葉で3人の視線が私に集まった。
「私には前世の記憶があります。」
3人が息を飲んだのが分かる。気にせず私は話し続けた。
「記憶だけではなく、前世で経験したことも残っています。平和とは言えない世界でしたので、私も沢山の戦いを経験していました。人や猛獣を前線に出て倒していました。」
≪WEO≫でなくとも、プレイヤーとモンスターの戦闘は日常茶飯事だ。レベル100の騎士だったので、当然前線に立っていた。戦死することもあったが、意外と回数は少ない。
普通のゲームでは、蘇生は魔法か神殿、道具によって行うが、≪WEO≫の蘇生システムは不人気だった。
蘇生魔法はレベル80以上でないと習得出来ず、蘇生魔法を商売にして低レベルのプレイヤーからお金を貰う者もいた。
神殿での蘇生は一回につき所持金の4割を払わされるので金持ちのプレイヤーの怒りを買っていた。
道具でも蘇生できるが高価で、入手しても使わず溜め込む人が多かったように記憶している。
なので、皆死ぬことを凄く恐れていた。死なないように努力していた。
「戦いの中で、色々な技能を得ました。大半が戦いに関するものです。より効率的に速やかに敵を倒していくことを考える毎日でした。私は素手での戦闘か、武器を所持しての戦いで活躍していました。」
私は戦闘用スキルを駆使して、他のプレイヤーの方と共にギルドの先槍として活躍していた。
通常のモンスターとの戦闘ならば余裕で勝利していた。
「今回の事件で、誘拐犯に使用した技も前世で習得した経験を元にしています。」
攻撃系スキルの効果は確認出来たが、効果を現代医学で治せるかは確認したい。
「戦いの毎日でしたが、ある日生きてきた世界の終わりを聞かされました。逃げ出す人が続出し、国は徐々に廃れていき、人の姿は減っていきました。そして終わりの日が来ました。国を離れられなかった戦士や住民を無慈悲に巻き込むもので、全員死んでしまいました。私も住み慣れた家であっけなく死にました。」
≪WEO≫のサービス終了は無慈悲なものだったと思う。
プレイヤーは減っていき、創造主が言うにはログインしてもどの国も町も閑散としていたらしい。
≪WEO≫を愛していたプレイヤーや創造されたキャラ、NPCはサービス終了と共にゲーム内から消えた。
愛着があったのに、とても残念だ。
「私からお話しすることは以上でしょうか。ご清聴ありがとうございました。」
そう言って私は頭を下げた。
3人は神妙な面持ちをしていたが、しばらくして話し始めた。
「前世の記憶があるというのは驚いたが、一応説明はつくか・・・。時代は数百年ほど前か?長年住んできた国が疫病で滅んだようだが・・・。日本か?ヨーロッパか?」
「・・・連中に医学的に説明出来ない障害が出たのは、前世の経験が関係しているのか。確かに東洋医学では経絡などの考え方があるし、未だに何故針治療をすると病状を回復させられるか、そのメカニズムは証明されていない。戦争中に人体について知識と経験を得て、技能を得たというのはうなずける。」
「き、聞いた限りじゃ、陸くん悪い人でもないような・・・?なんていうか、頑張って戦っていた感じがするんだけど・・・。兵士とか猟師みたいな?」
よく分からないが、今の説明で理解してもらえたようだ。
あと漣先輩がりーくんではなく、陸くんと呼んだ。心境の変化でもあったのだろうか。
しばらく3人で色々話していた。
徐に師範が息を大きく吐いた。
「安達くん。答えてくれてありがとう。私たちは君の話を信じる。」
「正直、荒唐無稽な話をしたと思うのですが、・・・信じるのですか?」
「・・・以前から君が大人びている様な感じがしていたからね。前世の記憶があるなら、違和感のあった行動も色々説明が付く。・・・まあ、前世の記憶というのは大体幼児期を超えた辺りで自然と消えるらしいけどね。」
こんなにあっさりと納得されると逆に心配になるが、まあ良いだろう。
害が無いのならばそれでいい。
「それでは、お話は以上ということで。私は失礼させていただきます。」
「ああ、待ってくれ。本題がまだだ。」
もう用件は済んだので、そう言って退室しようとすると、師範に呼び止められた。
「?」
「君は前世では何歳だったのかね?」
私は質問の意図が掴めず困惑した。
「・・・死んだ時は22歳でした。今の年齢も足せば36歳になります。」
創造主が≪WEO≫を始め、私を創造された時注文された等身大の絵に、『リック・ロートブラッド 20歳』と題字されていた。それからサービス終了が2年後なので22歳となる。
実質≪WEO≫時代の私は享年2歳で、この世界での人生を足して16年生きているわけだ。
「・・・そうか。それを聞いて安心した。精神的に老い過ぎているわけでもなさそうだ。
・・・では、憩の父として言わせてもらおう。」
師範代が仰々しく頭を下げてハッキリ言った。
「どうか娘を貰ってほしい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」