心の中身
漣先輩を誘拐犯から救い、犯人たちを警察に引き渡した。
先輩が酷く怯えていて、なかなか私から離れてくれなかったが、普通の女子高生ならば仕方ないことだろう。
調書を作成するため警察署で色々聞かれたが、最も説明に苦労したのが先輩の居場所を特定したことだ。
私は<第六感:中級>というスキルで何となく攫われていった方角を予感し、<友情検索>というスキルで場所を特定したのだ。
ハッキリ言って「勘で見つけた」ということになる。
絶対に誰も信じないし、下手をすれば私も誘拐犯の仲間で、仲間割れを起こしたとか思われかねない。
なので、苦肉の策として話を即興で作った。
「先日、通っている道場付近で不審な男を目撃しました。誘拐未遂事件のことは知っていたので、犯人じゃないかと思っていました。誘拐する相手を品定めしているように感じたんです。」
私には相手を騙すようなスキルはないが、内容に事実のような感じが少しあれば、運が良ければ警察は信じてくれるだろう・・・。
そんなことを考えながら私は話した。
「そう思った後、防犯のためにインターネットとか本で誘拐犯の心理とか手口を調べました。誘拐した後は、誰かの家か人気の無い所のどちらかに行く傾向があるって書いてました。あと、誘拐現場から車で数十分の距離に監禁場所があるとか・・・。他に、複数人で犯行に及ぶから大型車、車種も特定しにくくするために多く出回っている車とか・・・。」
全て嘘である。
何も調べていないし、内容も適当だ。確認されたら終わりである。
「誘拐未遂の時に若い女性が狙われたそうなので、犯人の目的は性的暴行だと思いました。誘拐をする性犯罪者は、遠くに逃げて自分の安全を確保するよりも先に性欲を満たしたがるそうなので、誘拐しても移動はあまりしないと書いてました。」
さらに嘘を続ける。
もう自分が何を言っているか分からなくなってきた。
「車で逃走する場合、犯人は人目の少ない移動しやすい空いた道路を選ぶとか書いていたと思います。色々考えて、誘拐して監禁するならあの辺りかな、と何となく思っていました・・・。
正直、見つけられたのは運が良かったんです・・・。」
最後だけ本当のことを言っておく。
漣先輩を救えたのは本当に運が良かったからだ。
話している間、調書を取っていた警察官は変な顔をしていた。
今後私がどうなるかは知らないが、もう仕方ない。なるようになるだろう。
むしろ私が知りたいのは、私の人格設定とスキルを使って倒した誘拐犯たちの今後の経過だ。
攻撃系スキルがしっかり効果を発揮しているか。
スキルの効果が≪WEO≫と違っているか。
現代医学でスキルの効果は治せるか。
私の今の人格には問題があるかどうか。
誘拐犯のことは教えてもらえるとは思えない。
人格については自問自答するくらいしか出来ないだろう。
悩みは尽きないように感じる。
しかし時間は有限で、私も決して暇ではない。もう家に帰りたい。
そんなことを思っていたら、警察官に連れられて、両親がやってきた。舞までいる。
迎えに来てくれたようだ。
そして、私は家族と共に日常へ帰って行った。
家に帰ると、両親から色々聞かれて苦労したが、内容は割愛させていただこう。
数日後、私は普通に学校に通っていた。
どうやら私が誘拐犯を捕まえたり、漣先輩が被害に遭ったことなどは伏せられているようだ。
内容が内容なので、警察も詳細な情報を生徒や近隣住民には伝えていないのだろう。
一応、校長室に呼ばれ、先生と警察を交えながら話をし、内密にするように言われた。
私も事を公にする気はなかったので同意した。
友達である、いのやくわにも秘密にした。
これで私の日常は戻ってきたと思った。
しかし、少し非日常が私を待っていた。
放課後、いつものように道場へ行ったら、師範と師範代が待っていた。
漣先輩の祖父、漣勇師範。高齢だが、身体は衰えておらず、今も警察学校で教官として働いているらしい。小柄で、白髪と皺が目立つ。鼈甲の眼鏡をかけていて、道場にいる時は柔和な笑顔をよく見る。門下生にも慕われている方だ。
漣先輩の父、漣武師範代。眉が太く、髪の毛も短いので、やや厳つい印象がある。中肉中背だが、身体は引き締まっていて、物腰も柔らかい。口下手らしく、声はあまり聞かない。
2人は和服姿をしていた。
その佇まいから、以前教科書で見た侍の様な印象を受けた。
「やあ、安達くん。先日は孫を救ってくれてありがとう。」
師範が笑顔でそう言って握手をしてきた。
「すまないが、奥で少し話をさせてもらえないかな?」
おそらく事件を解決し、先輩を救った御礼をしたいのだろう。
「はい。分かりました。」
そう言って2人について行った。
道場の奥にある住居のさらに奥、おそらく師範の書斎だろう所に通された。
庭には池と鹿威し、壁には達筆な文字で書かれた掛け軸、高価そうな壺もある。
師範と師範代が静かに座る。
私も続いて座るが、何となく雰囲気が妙だと感じていた。
2人から敵意などは感じないのだが、表情や仕草が固いような気がする。
大事な決断を迫られているような感じだろうか。
「では、改めて御礼を言わせてもらおう。孫の憩を救ってくれてありがとう。全て君のおかげだ。」
「・・・私からも言わせてほしい。娘を救ってくれてありがとう。心から感謝している。」
2人が深々と頭を下げてきた。
「ご丁寧にありがとうございます。僕も先輩を救えて良かったです。警察の方にも言ったんですが、先輩を助けられたのは、本当に運が良かったからなんです。場所を探し当てられたのも、誘拐犯を倒せたのも。」
私も頭を下げて、言葉を返す。
本当に漣先輩を助けられたのは幸運だと思っている。
「警察に知り合いがいて聞いたのだが、あの連中は今も入院しているらしい。他に仲間もいないらしく、仕返しなどを恐れる必要はないよ。安心してくれ。」
師範が微笑みながら教えてくれた。
「そうですか。それを聞いて安心しました。・・・ところで、誘拐犯の身体は大丈夫ですか?僕が言うのも変ですが、思い切り殴ったので心配なんです・・・。」
男たちの心配というより、スキルの効果について知りたかった。
攻撃系スキルはちゃんと効果を発揮しているかは、私にとって重要なことだ。
「命に別状はないと聞いているよ。連中も大人だ。身体はそれなりに頑丈だったようだね。」
「そうですか。それを聞いて安心しました。」
命よりも症状が出ているかを知りたいのだが、詳しく知るのは無理だろう。
「・・・安達くん。私たちは君に聞きたいことがあるのだが、聞いても良いだろうか?」
師範代が静かに聞いてきた。
「はい。僕に答えられることでしたら。」
私は笑いながら答えた。
「・・・君は何者かな?」
不意打ちだった。
突然のことだったので、顔が固まったのを実感していた。
普通の中学生なら驚いたり戸惑ったりするべきなのだが。
おそらく2人にはバレてしまっただろう。
「・・・ナイフを持った男たちを中学生の君が倒したこともそうだが、7人の内6人に妙な症状が出ているらしい。視覚障害、発声障害、身体障害、精神障害だ。精密検査では異常は無いそうだが、あまりに可笑しい。」
師範代の言葉を聞く限り、どうやらスキルの効果は出ているらしい。有益な情報だ。
代わりに怪しまれたが。
「ナイフの一件もそうだ。君はナイフの刃を素手で掴んだようだね。連中の証言もあるし、刃に君の指紋が付いていたと警察から聞いた。それなのに君は手に怪我をしているようには見えない。手の皮が厚いようでもないしね。」
師範が真面目な顔で言う。
先ほど握手した際に、確認されたのだろう。抜け目が無い。
「・・・私たちの結論として、『君は武装した男たちよりも圧倒的に強く、意図的に様々な障害を発生させるような技能を持っている』ということになった。」
普通なら、そんなありえない発想はしないが、2人は何故か確信しているようだった。
以前聞いた先輩の話では、不審に思われていたようだし。
この状況は、私のスキルやステータスについて看破されたも同然だろう。
危険な状況だ。
普通なら。
正直私はこの状況についてなんとも思っていなかった。
彼らにどう思われようが知ったことではなかった。
気味が悪いと思われようが、疎遠になろうが、敵になろうが知ったことではない。
彼らがどうなろうがどうでもいい。
笑っていようが泣いていようが、生きていようが死んでいようがどうでもいい。
私にとって大切な者は限られている。
創造主。創造主の仲間の方々。私と同類の創造された仲間、そして今の家族だ。
それだけ守れたら良いのだ。
そう思いながら私は2人に微笑みかけた。