井上八千代の受難
高校に進学してから、私は困惑している。
何故か上級生と同級生から親し気に声を掛けられるようになったことだ。
入学してから大して月日も経っていないのに、不思議だと思っている。
声を掛けるだけなら親愛の情ということで納得できるが、どうもボディタッチの頻度が多すぎると感じている。
肩や背中ならいざ知らず、挨拶ついでに腰や首筋、臀部は普通は触らない。
それと顔や名前を知らない女子生徒からも声を掛けられている。
至っておかしなことはしていないはずなのに、何故こんなことが起こったのだろう?
原因を探るべく、入学当初の自分の行動を思い返してみる。
白いブレザーをきっちりと着こなし、自分の身だしなみを整える。
私は整髪料やマニキュアは使わず、香水も使わない。
個人的にああいうものに頼りすぎると、将来には化粧品無しでは自身の美貌を維持できなくなると考えている。
日々の健康管理をし、ストレスを発散していれば基本的に良く、必要な時だけ薄く化粧をするのが賢いやり方だろう。
失礼な格好をしていないと確認し、私は三階の突き当りにある部屋のドアをノックした。
「失礼します。」
「井上さんですね。どうぞ。」
教室の中から澄んだ声で返事があり、私は部屋に入った。
室内には部長を除いて7人ほど生徒がいて、ノートパソコンに向かい、無言で文章を打っている。
入ってきた私に全員が目を向け、軽く会釈をする。
あまり広くない部屋の窓際に座っている人が、この文芸部の部長である小泉麻耶先輩だ。
長い黒髪に、常に微笑みを絶やさない優しい人だ。
スタイルも良いため、憧れている生徒は多いらしい。
やや垂れ目なところがこの人の温和な心をより表していると思う。
「井上さん。早速ですが、提出物は出来ましたか?」
「はい。こちらです。」
そう言って私は部長に封筒を渡した。
中には学校掲示板に書かれていた書き込みに対する自分なりの意見を述べた書類が入っている。
大抵が学校行事に対する感想だったりするが、中には生徒と思われる人物の悩みや相談が書き込まれていることもあった。
文芸部に入部した際、部長からこう言われた。
「当文芸部は、この時期に何かしらの文章作品の提出を全部員に課しています。
自慢ではありませんが、過去にこの部はコンクールで入賞した実績もあります。
また、卒業生の中には小説家となり、大成された方も数人おります。
よって、栄えある文芸部の部員には読書するだけなどという怠惰は許されてはいません。
書けない方は他の部に入ることをお勧めします。」
キリッとした顔でそう言っていた。
まあ私は入学以前からこの部のことを調べていたので、心構えが出来ていた。
先の部長の言葉に従い、文章作品を今日提出した。
「特に作品に対する指定はありませんでしたので、相談に対する個人的な見解を述べたというのが正しいかと思います。」
「なるほど。某掲示板の知恵袋みたいなものですね。」
私の提出物を読みながら部長が答えた。
数分経って、部長が顔を上げた。
部長は速読が得意らしく、文学書も一日で読み終えることも容易いらしい。
「井上さんは誤字脱字もありませんし、文章構成が上手ですね。大変読みやすいと思います。
相談相手にとっての利益が何かを親身になって探っているところも良いですね。
理屈と利益の両方を提示して、最後の決断は相談者に委ねるのは正しいと思います。」
「ありがとうございます。」
評価してくれた部長に頭を下げた。
「他の皆も途中だけど良い作品を書いてます。期限までには全員提出してくれるでしょう。
皆、大変ですが頑張ってくださいね。」
「はい!」
他の部員たちの力強い返事に嬉しそうに部長が笑った。
部長と私の目が合い、お互いに笑いあった。
思い返しても、私の部活には特に問題はなさそうだ。
「八千代ちゃん。この問題分からないんだけど、教えてくれない?」
「ヤッチー、聞いてよ。この間、私の彼氏が浮気してね、ケンカになったの。
でもその後、あいつが仲直りしたいって言って土下座してさ、どうしたらいいかな?」
「八千代さん。将来についてとか考えてる?入学したばっかなのに、もう将来が不安だよ・・・。」
私は相談される割合が多いと思う。中学時代から多かったように思う。
まず、単純に授業で分からない点を質問されることが最も多い。
次に、恋愛相談されることが多い。
私に恋愛経験が無いことは伝えているのだが、とにかく悩みを聞いて共感してほしいらしい。
相づちを打って、親身になって聞いている様な感じを演出している。
しかし、聞き流すわけにも行けないので、一応解決策なども頭では考えている。
最後に多いのが、人生相談などの、やや重い相談だ。
私は様々な知識を持っているので、全ての相談に同時並列的に応じている。
何故相談者が多いのかは分かっている。
おそらく私の前世での職業、軍人のマイナススキルの影響だろう。
軍人の職に就くと、味方の能力を上昇補正できるが、マイナス面もある。
<接近遭遇:無階級>・・・軍人のマイナススキル。パーティメンバーになると常時発動し、敵とのエンカ ウント率が上昇する。
陰湿ないじめをしたり、ケンカを売ってくる人物は今のところいない。
相談してくる生徒を敵とは思えないが、相談の頻度が高すぎると思う。
<接近遭遇>のマイナススキルが発動し続けているなら、今まで私や私の家族にも不幸が襲っていただろうが、前世でレベル100なった時に身に着いたスキルのおかげで緩和されているのだろう。
<支配君臨:最下級>・・・NPCから畏敬の念を得る。村・町・都市にいる際、NPCから金銭やアイテムを得ることがある。金銭の量やアイテムのレア度はその場所の発展具合に比例する。
≪WEO≫では特殊なイベントをクリアすると、キャラを王族や貴族に転職させることが出来る。
特殊な職でなければ得られないスキルもあるので、人気があった。
私が軍人のレベル100になった際に、「将軍」の称号を得たので、<支配君臨:最下級>が一応得られた。
王族になればこれより上の階級を得られただろう。
ちなみに私の幼少期では、スキルの影響で親戚からお小遣いを貰う機会が多かった。
同年代の子供からは飴やガムを貰ったりしたこともある。
実際昔は少し良いことがあるかな程度だ。
中学生になってからは、良くしてくれる友人に恵まれるなど、人脈に恵まれていた。
高校生になってからは、分からなくなった。
・・・親しまれているというか、どちらかというと馴れ馴れしい気がする。
自己紹介をして次の日に、下の名前か愛称で呼ばれ始めたりしていた。
いつもの教室でも原因はよく分からなかった。
「・・・まあ、今のところ実害はないし、良いのかな?」
そんな風に考えていたら、友人に声を掛けられた。
「八千代。次は体育だよ。移動しなきゃ。」
この友人は声を掛ける際に、腰を軽く抱いてきた。
「ええ。ありがとう。直ぐに行こう。」
私は直ぐにその手から逃れ、荷物を持って教室を出た。
体育の授業を終え、友人と少しおしゃべりをしてから部活に参加する。
「それでは、お先に失礼します。」
部長と他の7人の部員仲間に頭を下げ退出した。
「お疲れさま。気を付けて帰ってね。」
「八千代ちゃん、お疲れさまー。また明日。」
部長たちが手を振って見送ってくれた。
帰り道の途中で、私は今日一日の結論として「何も問題は無い」と判断した。
少しスキンシップの激しい友人も部活の仲間も良い人ばかりだからだ。
私は環境に恵まれていると思いながら自宅に帰った。
「・・・今日の報告を。」
「ははっ!」
薄暗い部室に部長と7人の部員、そしてそれ以外にも井上八千代と同じクラスの数人が揃っていた。
「今日の収穫は、白百合の使用済みタオルです。体育の時に何気なく渡しました。」
体育の時、彼女の腰に手を回していた女子生徒が発言した。
「おお!!素晴らしい!至高の一品です!」
その場にいた全員が称賛した。
「我が部からは、白百合の書いた生徒への相談に乗ってあげた際の報告書です。」
「文芸部が上手く誘導した掲示板の件ですね?」
「あの誘導の仕方は秀逸でした・・・!」
「そういえば、私のした質問に白百合が答えてくれました!」
「何と羨ましい!!」
周りから嫉妬のオーラが噴出した。
その中でも部長は静かに笑い、言った。
「静まってください。心を乱しては白百合に悪影響を与えてしまいます。怒りは禁物ですよ。
・・・そろそろ閉門の時間です。私たちも帰らなければいけません。
各自今日の疲れを癒し、今後も白百合を愛でていきましょう。」
「我ら『第十七代目・愛らしくも凛と咲く白百合を守る会』に極秘裏に白百合に選ばれた彼女を今後も陰ながら守っていくことを誓います。」
「各自過剰なボディタッチには注意しましょう。以上、解散。」
井上八千代は知らない。
この学園には、成績優秀で美麗な新入生を「白百合」と呼び、マスコットのように愛でる怪しい集団とおかしな伝統が存在することを・・・。
そして、自身のスキル<支配君臨>が変な作用を起こして周囲の人間を惑わせてしまっていることを・・・。