自分を知る
私の名前はリック・ロートブラッド。騎士だ。
私はオンラインゲーム≪ワールド・エンド・オンライン(WEO)≫のキャラクターだった。
ある日、そのゲームのサービス終了が宣告され、自分の死期を理解した。
多くの心ある方々が私や仲間たちの終わりを嘆き悲しんで下さった。もちろん私を創造して下さった創造主も泣いて下さった。偉大な方々を泣かせてしまったことは申し訳ないが、光栄であった。愛されていたのだと実感できた。
そして終わりの日は静かに訪れ、私は消滅した。
だが、まだ続きがあった。
気が付くと、私は幼児になっていた。5歳ほどの幼児だった。
本来私は20歳だったのに、幼児だ。
訳が分からなかったが、取り乱すことはせずに、状況を確認し、対処すべきだ。
未知こそ恐怖だ。分からないからこそ人は無限に恐れ、後退し、萎縮し、目を背け、逃げる。しかし、私が無様な姿を見せれば、それは創造主の恥となる。それだけは出来ない。
今私の傍に創造主はおられないが、私のことをご覧になっているだろう。
私の全ては創造主と共にある。
そして私は、転生したこの世界で生きていく。
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「はーい。朝ご飯だよー。」
朗らかな女性の声に私は振り返った。
猫毛の黒髪を首あたりまで伸ばした女性だ。20代後半だろう。エプロンを身に着け、料理を片手に動いている。とても健康的に見える。
この女性の名前は安達美優さん。私の母だ。・・・といっても実感はあまりない。
私にとって、真に親と呼べるのは創造主のため、やや他人行儀にもなってしまう。
「わーい。ママ、今日のご飯も美味しそう~。大好き!」
そう言いながら母に抱き着く男性。
父の安達蓮太郎さん。30歳前後で大きな体格だが、筋肉質でも肥満でもない。「大きなクマのぬいぐるみ」といった感じだろう。私は彼の笑顔を見ることが多く、心根も優しいことが窺える。
「はいはい~。舞もご飯にしようね~。」
母に抱かれて女の子が来た。
「あぐ。」
私の妹、安達舞だ。2歳。母似だろう。円らな瞳をしている可愛らしい子なのだが、今は父のものらしき靴下を頬張っている。時々残念な妹だ。
「それじゃ、いただきますしようねー。ほら、陸も座ってね。」
妹から靴下を奪っている母に促され、家族と食卓を囲む。
「いただきまーす!」
「・・・いただきます。」
父と母、妹、そして私。
騎士リック・ロートブラッドであり、安達陸である私の、今の家族だ。
転生した私はまず人間観察をした。
いつの世も人間の最大の敵は人間だからだ。笑顔で人間を殺し、意味もなく殺せる人間は警戒に値する。
≪WEO≫でもPKはよくあったから当然だろう。
母と妹は早々に危険無しと判断した。
妹は幼かったし、母も幼い私と妹に頻繁に目を向け、安全を確認していた。
父の姿を初めて見た時は巨人の様で、かなり警戒したが、私や妹への接し方で危険無しと判断した。
次にしたのは、現状の自分を知ることだ。
≪WEO≫での私はレベル100の騎士で、戦闘に特化していた。
攻撃系と防御系のスキルばかりで、魔法はほとんど習得しておらず、低位の回復魔法と解毒の魔法のみだった。
ステータスも腕力・体力・器用さ・敏捷性はかなりのもので、運も平均以上だった。
代わりに知力は哀れなぐらい低かった。
正直言って私はバカである。
私は≪WEO≫内で使用される、<共通言語:最下級>を習得していたので、仲間との意思疎通は出来たが、それ以外は全く出来ない。古文書も学芸書も料理の本すら読めないレベルだ。かろうじて絵本が読めるだろうか?(≪WEO≫に絵本は無いが。)
私の創造主は後衛の魔法使いだったため、私は敵の突撃を防ぐ盾としての機能を望まれた。
私は現状確認の際、<共通言語:最下級>のスキルは問題なく発揮しているのが分かった。
私はこの世界の言語を知らないのに、安達家の皆(妹を除く)と意思疎通があっさり出来たのがその証拠だ。
おそらくスキルは発動可能だろう。ただ、私は戦闘系スキルばかり習得しているので他のスキルは試せなかったが。
では、魔法はどうか?
私は軽く運動をして身体を疲れさせ、最下級の回復魔法<ヒール>を唱えてみた。
しかし、疲れは取れなかった。
回復魔法は「体力を回復させる」のではなく、「傷を治す」から効果が発揮されなかったのか?
もしくは魔法を唱えるために必要なMPが今の私にはないのか?
これについては、予測が付く。
魔法は使えない。
≪WEO≫では、残りMP10のキャラが消費MP15の魔法を唱えた場合、魔法は「通常発動」と「暴発」のどちらかが起こる。この場合3分の2の確率で「通常発動」、3分の1の確率で「暴発」が起こる。
「暴発」はMPを消費した挙句、使おうとした魔法の攻撃ダメージが使用者へ向かう。回復魔法でも回復量に応じたダメージが与えられる。魔法抵抗値が高ければ大してダメージは受けないが、実際に戦闘でそんなリスクの高いことをする者は少ない。
今回の場合、回復魔法を唱えたのに私からMPが消費された感覚は一切無かった。
≪WEO≫のスキルがこの世界でも適用されるのに、魔法は別のルールがあるとは考えにくい。
ちなみに、スキルはMPを消費しないが、回数制限がある。レベルアップ時に回数が上がる場合がある。回数無限のものもあるが、非戦闘用のみだ。
重要なことは、一応確認できたが、問題はこれからだ。
<共通言語:最下級>は意思疎通のためにある。それだけでもある。
つまり、「何を言っているか分かる・自分の言葉を伝えられる」ということであって、「言葉を文字にして伝える・文字を解読できる」とは違うということだ。
≪WEO≫では<言語理解>というスキルがないと一切本は読めない。初めから学者タイプのキャラに育てようと思わなければ、習得させようと思うプレイヤーはいない。戦士タイプのキャラなら皆私と同じバカということになる。
ハッキリ言って、今の私は絵本すら読めないのだ。
なので、私は魔法の言葉を唱えることにした。
「これはなに?」
である。
まず母に、絵本に記載されている簡素な文字を指さし尋ねる。
「これは、ひらがなよ。『むかしむかし』って書いてあるの。」
「む・か・し・む・か・し」
というような感じで、発音しながら文字を覚えていった。
次に、家の中にある物を指さして尋ねる。
「あれは蛍光灯。あれはテレビ。あれはガラスの窓。あれは冷蔵庫。」
「けいこうとう。てれび。がらすのまど。れいぞうこ。」
≪WEO≫内には無かったものを覚えていく。
(その際、母に「陸ってば、なんて賢いの~!うちの子天才!マジ天使!!」と言って抱きしめられた。)
ガラスの窓は例外だが。≪WEO≫内にもあり知ってもいたが、透明ではなく汚れた感じのガラスが大半だった。一般的な民家や商店は木の板でできた窓だった。今にして思えば王城や神殿などは透明なガラス窓だったのあろうが、生憎行くような機会は無く、拠点と商店とフィールドの往復ばかりだった。
余談だが、創造主や私の所属していたギルド拠点は、窓にガラスではなく鉄板がはめ込まれていた。
課金すれば拠点を豪華になり、≪WEO≫内で有名にもなれるのだが、
ギルドマスター曰く、
「常在戦場!!拠点と言えど戦場!!軟弱な拠点などいらん!!」
と仰っていた。
他の方々も、「内装外装にお金使うより装備を豪華にしたい」「拠点に金目の物無いし、いいんじゃね?」「ガチャしすぎてお金がない!!」「拠点の見た目?なにそれ?食べ物?」「知らぬ」
とのご意見だった。
転生してから早1週間。遅々として進まなかったが、
現在の私の保有する能力は、以下のものは確実だ。
<共通言語:最下級>・・・「日本語」の日常会話が可能(政治・経済・文化・宗教などの話は理解出来なかったので、言葉の意味を理解出来れば上達は可能だろう)
<言語理解:最下級>・・・ひらがな、カタカナ、数字(10の位まで)、簡単な漢字、いくらかの人と物品の名前が合致する
<成長強化:上級> ・・・これは≪WEO≫で、戦闘後の経験値ボーナスとスキルの習得速度上昇の効果があった。(上昇値通常1倍が1・35倍になる。)この世界でも<言語理解>が早いと実感していた。
他にもあるだろうが、現状では戦闘が発生していないので検証する機会がない。
今後機会があれば判明するだろう。
次に私が確認すべきことは、
「創造主の安否確認」と「同類の発見」だろう。