デート
「リックー。デートしよー。イエーイ。」
電話からルナの陽気な声が聞こえる。
新田先輩と戦った日から数日後の金曜日、ルナからデートに誘われた。
断る理由もないので、快く承諾した。
私は新田先輩との戦いでこの先殺伐とした生活が待っているのではないかと不安になっていたので、正直気分を一新させたかった。
好きな相手と出かけることで気分も晴れるだろう。
行先はルナの家から近いショッピングモールになった。
そこにはレストランやゲームセンター、映画館などがあり、若者のデートスポットらしい。
また、ショッピングモールの中にある衣料品店で春物衣料のセールを行っているそうで、そこで掘り出し物を買いたいそうだった。
「それじゃあ、当日ルナの家まで迎えに行くよ。」
「あー、ダメダメー。そこは様式美として駅前に集合で。待ち合わせ場所に私より少し先に待っててねー。
デートは好感度を上げる重要なイベントだしねー。ギャルゲーならスチルあるよねー。」
最近分かったが、ルナは俗に言うオタクというものに近いようだ。
学友のくわが日常的に言っている単語が、ルナの発言と一致することが多く見受けられる。
くわのように重篤ではないようだが、濃い性格をしている。
くわに聞いたが、この世には「一般人」と「オタク」の二種類の人間しかいないらしい。
腐女子とかいう末期的な女性オタクがいるらしく、男性同士の友情を糧に生きている魔の存在だとか。
ルナもその危険があるから気を付けろと言われた。
まあ、今の所実害はないので良しとしている。
「分かった。じゃあショッピングモールに一番近い駅前に集合で良いか?」
「了解ー。あ、勿論私は遅れていくからねー。」
勿論遅れていくのか。
オタクというものはよく分からないが、日常でもこういうことをしているのなら、生きづらくないのだろうか?とも思う。
そんなことを思いながらルナとお互いの学校生活の話をして電話を終えた。
デート当日。約束していた駅前に着き、ルナを待つ。
20分ほどしてルナが来た。
「お待たせ、陸くん。待った?」
「20分ほど待ったが、気にしてないよ。」
「・・・あー、駄目。そこは『今来たところだよ』って笑顔で言わないと。
そのあと、キラキラを飛ばすぐらいのスマイルをしなきゃ。」
駄目出しされた。
これが様式美というものなのだろうか。どうやら私にとってオタクへの道は険しいようだ。
「ところで月子。今日は春物を買うそうだけど、必要なのかな?
新しい服を買わなくても、今日の服装も十分似合ってると思うんだけど?」
「おっと。リックは本当にお上手ー。素でそんなことが言えるなんて、天然たらしだねー。」
私の言葉にルナが嬉しそうに笑う。
本当に嬉しいのか、陸くんではなくリックと呼んでしまっている。
「出だしは合格ね。じゃあまず映画を見に行こうね、陸くん。」
そう言ってルナが腕を絡めてきた。
お互い自然と笑みがこぼれた。
「憩さんの時より楽しいデートにしようね。」
私の笑みが凍り付いた気がする。
実は高校に進学してからも、定期的に憩さんから買い物や食事に誘われている。
道場での稽古の後には、師範や師範代から映画のチケットなどを渡されたりしており、私と憩さんを親密にさせようとしている意図があからさまだったりする。
その結果、最近では他の門下生に「安達陸は漣憩と付き合っている」と思われ始めた。
創造主に設定された性格のためか、女性からのお願いを断りづらく、一緒に出掛けることがある。
・・・しつこいようだが、デートではないと思っている。
実際キスはしてもいないし、されてもいない。
腕を組まれたことはあるが、個人的にはギリギリセーフだと思う。
・・・何だか、自己弁護をしている軽薄な男のような気がしてきた・・・。
まず主目的のセールを行っているお店へ向かった。
普通は買っても荷物になるのでデートの最初では行かないが、良い商品は早い者勝ちだから仕方ないだろう。
予想してはいたが、お店は多くの女性で賑わっていた。
「スーパーのタイムセールは主婦の戦場だけど、服のセールは女の戦場なんだよ。」
ルナが店内を見ながらしみじみと言った。
これからその戦場へ向かうので、感慨深いのかもしれない。
「へえ。知らなかったな。じゃあ、男の戦場というのはあるのか?」
「知らぬ。」
あっさり言われた。
私は呆れた顔をしながらルナに目をやると、舌を出して意地悪そうな笑顔をしていた。
「それじゃあ、陸くんと他のお店にも行きたいし、早く終わらせるね。」
そう言うとルナの雰囲気が少し変わった。
店内というよりも店全体を俯瞰しているような印象を受ける。
「・・・今<存在検索>を使ったから、お目当ての服はロックオンしたよー。じゃあ行ってくるー。」
ルナが小さな声で言い、店内へ踏み込んでいった。
スキルをセールに使用するのは自由だが、なんだか生活感が多分に感じられる。
きっとスーパーでの買い物でも役立つことだろう。
20分ほどしただろうか。
ルナが戦利品が入った袋を3袋持って戻ってきた。
「お待たせ陸くん。悪いんだけど、軽い2袋だけ持ってほしいんだけど。」
「分かった。でも全部でなくていいのか?別に重いとは思わないが。」
「・・・個人的に荷物全部は彼氏が持つのって、どうなんだろうと思うんだよねー。
重い荷物をお互いが持つことで、連帯感が生まれて仲がより深まりそうだと思うんだけどなー。
・・・乙女ゲーならここで選択肢を出しても良いと思うんだよねー。
①荷物を全部彼氏に持たせる②荷物を半分ずつ持つ③荷物を全部自分で持つ
・・・男への好感度の変動は別にして、どれを選ぶかで女の価値が決まると思うんだよねー。」
乙女ゲーとは何か分からないが、ルナなりの矜持でもあるのだろう。
とりあえず2袋だけ受け取る。
「じゃあ次は映画を見に行こうね。」
ルナはすぐに外用の顔になって、笑顔で私の手を握ってきた。
私は特に映画が好きというわけでもないので、どの映画にするか迷っていたのだが、そんな私を見かねたのかルナがすぐに決めてくれた。
「恋愛モノもあるけど、今回はアクション映画にしましょう。」
ルナはアクション映画が好きなのか尋ねたら、
「別に騒げるならホラーでもコメディでもアニメでも何でも良いと思ってるわ。」
「楽しめる内容ならそれで良いということか?」
私の問いに、ルナは顔を近づけこう言った。
「・・・騒がしければ、その隙をついてリックにセクハラ出来るでしょー?ふふふ。」
館内では映画の内容よりもルナの動向に集中しなければいけなくなった。
結果だけを言えば、ルナのセクハラはしつこかった。
上映中、爆発シーンや破壊シーンで大音響が起こる度、私の太ももを激しく触ってきた。
シリアスなシーンでは静かに私の太ももに手を這わせてきた。
映画に集中できないので、ルナの手を掴んで止めようと努力したが、結局出来なかった。
何度試みてもかわされてしまった。
身体能力は私の方が上のはずなのに・・・と思ったが、敏捷性は私が勝っていても器用さでは負けている。
「まさかセクハラは器用さがものを言うのか!?」と思い、戦慄が走った。
・・・結局映画の内容はほとんど頭に入ってこなかった。
映画の後はイタリアンのレストランへ行った。
上映中に行われた死闘で疲れていたので、休憩できて有り難い。
「ところで陸くん。カップルは食事をする時に『はい、あ~ん』をどのくらいの割合でしているのかな?」
ルナが席に着いてすぐにそんなことを言ってきた。
周囲にいたカップルたちがわずかに反応した。
こちらに少し目を向ける人や苦笑いをしている人がいた。
「・・・まあ人それぞれだと思う。付き合い始めだと多いのかもしれないけど・・・。」
なんだか周囲の恋人たちの居心地を悪くしてしまったように思い、申し訳なくなった。
「付き合いが長くなるほど、する回数が減っていくのは気持ちが冷めるからなのかな?」
「月子は何かカップルに恨みでもあるの?」
「私が思うに、『はい、あ~ん』の回数が多いほどバカップルの確率が高いのは間違いないと思う。」
「え?この話題まだ続くの?」
「焼き肉を一緒に食べるカップルは大体エッチな関係になってるって本当かな?」
「話題を変えてくれてありがとう。でも前の話題の方が良かったな。」
「陸くんは、ゼク〇ィ、たまごク〇ブ、ひよこク〇ブは男を追い込む三種の神器だって思う?」
「大変胃が痛くなる話題だね。」
「あ、すいませーん。注文お願いしまーす。」
「早く食べて店を出よう・・・。絶対に周りの迷惑になってるし・・・。」
運ばれてきた料理の味はとても良かった。
しかし、もうこの店には行けなくなるだろう。
夕方になってきたので、そろそろ帰ることになった。
まだ高校生なので、あまり帰りが遅いと両親を心配させてしまう。
「あー、今日は楽しかったー。またデートしようねー。」
「・・・言動を改善すると約束したら、いつでもしてあげよう。」
ルナといると楽しいのだが、若干心労が溜まるのが困りものだ。
反対にルナはとても楽しそうだった。
「≪WEO≫じゃ結婚式は出来たけど、学校に通ったりデートとかは出来ないからねー。
転生してからリックと出会えて、色んなことが出来て本当に楽しいよー。」
確かに≪WEO≫ではキャラ同士の結婚式を挙げることで、期間限定のアイテムなどが運営から贈呈される。
離婚するとアイテムや資金の没収、能力低下などがあった。
≪WEO≫での結婚とは、一面的に言えばアイテムなどを得るための打算的な手段でしかなかった。
結婚したキャラ達に、その後の幸せなどは特に求められていなかった。
私とルナの創造主のように、キャラの幸せな結婚生活を脳内妄想で補完する方もいたらしいが。
「そうだな。ルナと色々なことが出来て、私も楽しいよ。」
お互いに笑い合いながら駅に向かって歩いていると、ルナが突然立ち止まった。
ルナの視線はカラオケボックスに向けられていた。
「歌いたいのか?それなら、2時間くらいなら大丈夫だと思うけど。」
「・・・ううん。今はまだいいやー。今入ったらタガが外れちゃいそうー。ふふふ。
個室とかー密室とかー、今の私には麻薬なんだよねー。危ない危ないー。」
そう言ってルナが私を見上げてきた。光の加減なのか、紅潮しているように見えた。
「ふふふー。幸せすぎて怖ーい。」
ルナが私の身体に頬を擦りつけながら言った。