天城月子
思考が止まった。
彼女のことは、いのとくわと一緒にいるのを少し見かけたくらいで、名前も知らない。
赤の他人で間違いないはずだ。
しかし、その微笑みと声に私は衝撃を受けた。
陳腐な言葉で言うなら、これを「運命の出会い」とでも言えばいいのだろうか。
私が硬直していると彼女が近づいてきて、私を抱きしめてきた。
「出来れば愛の力で気付いてほしいけどねー。」
彼女は拗ねたように言ってから、私を抱きしめる力を強めた。
気が付くと、私は泣いていた。
「これは・・・。」
自分でも分かる。
私は感動して泣いたのだ。
「あははー。嬉しすぎて泣いちゃった?リックはまだまだ子供だなー。」
彼女が私を見上げ微笑む。彼女の黒い髪が揺れ、甘い香りがした。
そんなことですら私は感動し、言葉に詰まった。
よく分からない私の何かが彼女との出会いを祝福しているようだった。
「焦らし過ぎた?じゃあ、そろそろ答え言っちゃうねー。」
そう言って彼女は私の胸に耳を押し当てた。
「私はルナだよ。」
涙が溢れ、私は彼女を抱きしめ返していた。
疑う余地も無い。私の全てが断言していた。
彼女はルナだ。
心が温かいもので満ちていた。
≪WEO≫時代の仲間との再会、妻との再会、同じ転生した者同士の出会いだった。
どれくらい抱きしめ合っていたか分からないが、私たちは離れた。
今は人気が無いとはいえ、道で抱きしめ合うのはやり過ぎだろう。
涙を拭いながら、彼女を見る。
彼女は泣いてはいなかったが、微笑みながらも顔がやや紅潮していた。
女性の方が精神の成熟が早いというが、ルナもそうなのだろう。
男の私の方がみっともなく泣いていたのは、些か恥ずかしい。
「ところでルナ。何で私がリックだと分かったんだ?」
本当はルナが今までどうしていたかを知りたかったが、醜態を晒した手前、恥ずかしくて聞けなかった。
「まあまあ落ち着いてー。立ち話も疲れるし、良ければリックの家まで案内してねー。」
そう言ってるルナは私の腕に抱き着いてきた。
憩さんとくっついた時は何も感じなかったのに、今はとても動揺していた。
嬉しい気持ちと気恥ずかしさが同居している様な感じだった。
私は緊張しながらルナと自宅へ向かった。
帰宅した際、両親がとても驚いた顔をした。
舞も目を見開いていた。
「初めまして。天城月子と申します。夜分に失礼いたします。」
楚々とした雰囲気でルナがお辞儀をした。
ちなみに、ルナは玄関前で私から離れて、その際にいくつかの話をした。
ルナもこの世界でスキルが使用可能なことは知っているようだった。
自分のスキルを使って、転生のシステムやスキルの詳細、魔法について、他の転生した者に関する情報などをある程度集めているらしい。
つまり、これから情報のすり合わせを行う。
家族に聞かれると面倒なので、私の部屋で行うことになった。
<友情検索>を使えば、部屋に近づき両親が聞き耳を立てようとしたら分かる。
私の両親は下世話なことも進んで行う。気を付けなければいけないのだ。
後で部屋まで飲み物などを持ってこられないように、事前に私が運んだ。
母が「見抜かれたか!」といった顔をして悔しがっていた。
ルナを部屋に招き入れ座る。
するとルナが私の隣に座った。
「近い方が大きな声で話さずに済むし、話しやすいでしょ?」
そう言いながらさらに近づき、肩と肩が触れ合う。
「久しぶりの夫婦の再会なんだからー。うふふ。」
やや戸惑ったが、私も嬉しいのでそのままにした。
「それじゃあルナ。話をしよう。」
「そうだねー。始めよっかー。」
重要な会議が始まった。
まず何を話すべきなのか?
正直言って、聞きたいことが多くて何から聞いたらいいか分からない。
そんな私を見かねたのか、ルナが話を切り出した。
「まず、私のスキルについて話しておこうかなー。私が≪WEO≫でレベル100の話術士だったの、覚えてる?」
勿論覚えている。
話術士は腕力・体力・敏捷性は低く、運も平均だった。 代わりに器用さ・知力はトップクラスだ。
主な役割は、戦闘補助と交渉。
能力上昇と低下の魔法を唱え、商店での買い物の際にはスキルを使ってこちらが有利になるよう交渉していた。後衛の会計担当と言ったら良いだろうか。
「私はスキルがこの世界で使えるって分かってから、2つのスキルを多用してきたのー。
<存在検索>と<存在解析>っていうスキルねー。」
<存在検索:最上級>・・・様々な単語から5つ選び、半径5㎞圏内に希望したものがあるか把握する。(人物、モンスター、アイテムなど全てを対象とする。)
<存在解析:最上級>・・・指定したものの詳細なデータを閲覧できる。(HP/MP、ステータス、装備と所持アイテム、討伐時の経験値と獲得できるゴールド、ドロップアイテム、攻撃手段、活動範囲など)
このスキルは習得に時間がかかるが、その分とても便利で習得を目指す者は多かった。
「この世界での<存在検索>は、≪WEO≫とほぼ同じー。ただ、予め決まってた単語から選ぶんじゃなくて、強く念じたものを探す仕様になってたけど。
しばらくスキルの実験をした後、<存在検索>を使って転生した人を探したのー。」
これは私には出来ないことだった。
<友情検索>しか保有していなかったので、同じ転生した者を探せなかった。
「それでねー、分かったんだけど。この世界、転生した人、意外といるんだよねー。」
「な・・・!?」
驚愕の事実を知って声を上げてしまった。
「<存在検索>で前世の記憶を残している人を対象にして探すと、数千人に一人位の割合でいるみたいなんだよねー。<存在解析>で調べると前世が普通の人間とか動物だったパターンが多いけど、私たちみたいに前世がゲームキャラだった人もいたしー。」
どう言えばいいのだろうか。
喜ぶべきだろうが、上手く話せない。
「・・・数千人に一人か。≪WEO≫の世界で創造されたキャラがそんなにいたのか・・・。」
「んー?勘違いしてるー?」
何か私は変なことを言っただろうか?
「別に≪WEO≫だけがゲームじゃないでしょ?色々なゲームのキャラが人間に転生してるのー。」
イマイチ意味が解らなかった。私はゲームに興味が無く、知識もほとんど無かった。
「RPGのキャラだけじゃなくて、格闘ゲームのキャラとかギャルゲーのキャラとかも転生してるよー。
私も今まで50人くらいゲームキャラから人間に転生した人を見てきたけど、一番多いのがギャルゲーのキャラから人間に転生した女の人だよー。」
「ギャルゲーというと、男性プレイヤーが女性を口説くゲームか?」
「そそ。大体当たりー。」
「・・・何故ギャルゲーから転生する女性が多いんだ?ルナは理由を知っているのか?」
私の問いに、ルナは困ったような顔をした。
「・・・あー。ゲームキャラが転生するにはプレイヤーの強い願望が必要みたいなんだけど・・・。
強いて言うなら、男性プレイヤーの強い願望があったからかなー?」
「?」
よく分からなかったが、ルナが言いにくそうにしていたので詳しくは追及しなかった。
「あ、そうだー。妹ちゃん、呼んでくれないかなー?」
唐突にルナが言ってきた。
「妹の舞は普通の人間だ。スキルなどを使ったところは見たことが無いし、他にも不審な点は無いぞ?」
「今言ったでしょー?ギャルゲーのキャラも転生するってー。リックの妹ちゃんは前世がギャルゲーのキャラなんだよー。話の流れ的に当たり前でしょー?」
「なにい!?」
事前にスキルを使って、このあたりの転生者を割り出していたのだろうか。
今日何度目の驚愕だろう。
妹も前世がゲームのキャラだとは・・・。
驚いている私をルナが急かして、舞を呼びに行かせる。
隣の舞の部屋に行き、ルナが話たがっていると伝えた。
少しして舞が私の部屋に来た。
「・・・どうも。安達舞です。」
舞のぎこちない挨拶から呼ばれた理由が分からず、困惑しているのがよく分かる。
「天城月子です。前世の名前はルナです。どうぞよろしく。
同じ転生した女性として仲良くなりたくて呼んでもらったの。」
「え!?」
ルナの前置きなどを無視した発言に舞と私が驚く。
「貴方のお兄さんと一緒で、長い付き合いになると思うよー。」
ルナがとても嬉しそうに微笑んだ。