乙女二人の祈り
プロローグ
「死んでしまう!私の愛しい息子が死んでしまう!」
あるところに、とても嘆き悲しむ女性がいました。
年齢は15歳前後。まだ若く幼さが残るけれど、将来は間違いなく美人になると思えるそんな少女が嘆き悲しんでいました。
道行く男性がその姿を見たならば、自分も同じく悲しくなり、慰めずにはいられなかったでしょう。
しかし、少女のそばには誰もいません。
「ああ・・・、どうして・・・?・・・神様、こんな仕打ちはあんまりです・・・。」
遂に彼女の両目から涙が溢れ出しました。
すると、その涙に応えるように、どこからともなく優しい声が響いてきました。
「泣かないで・・・。その怒り、悲しみ、絶望、全部私にも分かる。でも、仕方がないことだから・・・。」
泣いているその少女と同じく、年若く、どこか幼さを残した声でした。
ですが、その声はまるで聖母のように慈しみに溢れる、包み込むような温かな声でした。
「でも・・・でも・・・!」
涙する女性は、周りに誰もいないのに聞こえてきた声に驚くこともなく、自然と受け入れていました。彼女にとって、その声の主は、常に自分の傍にいてくれる親友・・・、いえ、家族だったからです。
「貴方だって私の息子と同じ日に娘を失ってしまうのに・・・、なぜそこまで落ち着いて・・・!」
涙する少女の声には、僅かに憤りが混じっていました。
「私だって手を尽くしたわ。自分に出来ることはないか、考え続けた・・・。戦い続けた・・・。でも、私たちにはあの子たちを救うことは出来ない・・・。神様には勝てないのよ・・・。」
「・・・!・・・でも、そんなのあんまりだわ。私たちの気持ちはどうなるの?」
慰めてくれる少女に対して、怒りをぶつけるのはお門違いと理解したのでしょう。涙する少女が少しだけ落ち着きました。
「ああ・・・ああ・・・、神様・・・!私たちはお前を絶対に許さない・・・!」
しかし、涙する少女はもう感情を抑えきれなくなり、遂に叫びました。
「何で『ワールド・エンド・オンライン』をサービス終了するんだー!!」
つまりは、この少女二人はゲーム内の自分のキャラがサービス終了と共に消滅してしまうため、まるでお通夜のような雰囲気になっていたのです。
「アバター滅茶苦茶凝ったのにー!!課金課金課金でガチャしまくって、装備最強にして、ステータス上げて、色んなスキル伸ばして、モンスター倒しまくって、レベルだって最高の100にしたのにー!!ざけんなウラノスー!!」
先ほどまで涙していた少女の面影はありません。癇癪を起こした子供がそこにはいました。
ちなみに、ウラノスとは『ワールド・エンド・オンライン』のサービスを提供していた会社です。
「ウラノス、死なす。本当だよねー。私たち廃課金兵になっても、愛し続けたのに。私たちゲーム内で自キャラを結婚させて、盛大な式まで挙げたのにねー。ウラノス、ホント死なす。ネットでもヨイショしまっくったのに。ステマ頑張ったのにねー。ウラノス、マジ死なす。」
さっきから死なす死なす言っている少女は、さっきまでの聖母のような感じは消え失せ、ややノンビリしてやさぐれた感じになっていました。
二人は薄暗い自室で、パソコンに向かってネット越しに話していました。デイスプレイの右上にはカメラによって撮影されているお互いの姿が映っています。その姿は今や傍から見れば悪鬼羅刹。人でも殺しそうな眼光とオーラを放っていました。持ち前の美しさはすでに失われています。
「うう・・・。私のリックが・・・。マイエンジャル☆リック・・・。おおう・・・。マジ天使。」
少女はディスプレイに自分のキャラのプロフィールを出して、全身図を眺めながら熱い吐息を漏らしていました。若干気持ち悪いです。
「私の娘もマジ天使だよー。ルナの黄金比の肉体は全ての男を魅了するのー。実際ゲーム内で142人にナンパされたしー。うふん。ルナ可愛いにゃー。ペロペロしたい。・・・それにしても何で画面から出てきてくれないのかな?二次元を三次元にする技術はいつ完成するの?科学は何時になったら物理現象を超えてくれるの?」
相手もキャラを眺めているのか、病的・変態的な視線を画面に送っていました。
「まあ、どれだけ嘆いても、もうどうにもならないんだけどね・・・。」
「うん・・・。WEO内でもあちこちでお別れ会とかしてるねー。マイキャラのお葬式とかも。」
「私たちも他のギルドメンバーとお別れ会しよう!盛大に!」
「イエス!今のうちに神絵師に頼んでリックとルナの絵を描いてもらおー!」
「私、将来男の子産んだらリックって名づける!生まれ変わりと信じて!」
「息子の未来が心配だー。普通に『陸』にしなよー。女の子だったらどーするの?」
「ちょっとモジって『莉子』にする!」
「じゃあ私も娘に『ルナ』って名付けるー。生まれ変わりと信じて毎日ペロペロするのー。」
「娘の未来が心配だ!・・・男の子だったらどうするの?」
「知らぬ。」
「外道!?」
「ま、なんにせよ、サービス終了まで愛息子と愛娘を愛でていこうねー。」
「そうだね。」
数か月後、多くの利用者に惜しまれながら『WEO』はサービス終了となった。
しかし、サービス終了を嘆き悲しむ利用者の粘着質で熱い祈りが慈悲なる神に届いたのかどうかは不明だが・・・、
奇跡が起こる。
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ふと目覚めると、部屋にいた。
白い天井には光を放つ何か。黒い板のような置物。壁際には透明な板。時折重低音を放つ大きな箱。
訳が分からない。
何気なく自分の身体を見るととても小さく、幼子のようだった。材質は良さそうだが、普通の服しか身に着けていないようだ。剣も鎧も、様々な道具もない。
「これは・・・。いったい・・・?」
言葉は出せるようだ。恐らく4歳くらいだろう。
「・・・。」
若干困惑しているが、とにかく周囲を確認しなければいけない。モンスターの姿も気配もないが、害意を持った人間はいるかもしれない。安全な場所は確保したい。
「うわっと・・・!」
立ち上がろうとしたら、音を立てて倒れてしまった。体幹が安定していない。
「あらあら!大丈夫!?」
隣の部屋にいたのだろう。音を聞きつけて女性が駆けつけてくれた。腕の中には私よりも小さな女の子が抱かれていた。気持ちよさそうに眠っている。おそらく二人は母娘だろう。
女性が私を優しく助け起こしてくれる。
「・・・ありがとうございます。」
見知らぬ女性とはいえ、親切にされたならお礼は言うべきだ。騎士として当然である。
「あら!きちんとお礼が言えるなんて、良い子ね!よしよしよし~!」
抱き寄せられ、思い切り頭を撫でられた。私に対してのこの言動、かなりの確率で親子間でしかしないことだろう。しかし、私はこの女性の子供ではない。そもそも私には親と呼んでもいい存在は唯一人だ。正しくは、『親』ではなく『創造主』だが。
私がより一層困惑・・・いや、混乱していると、女性が私の手を引いていく。
「さ、手を洗ってご飯にしましょうね。舞~、そろそろ起きてね~。ご飯だからね~。」
彼女は腕の中でスヤスヤと眠る女の子を優しく揺らしている。
「それじゃ、陸。先に手を洗ってきてね~。パパ~、ご飯ですよ~。」
女性は隣の部屋に移動しながら、上階にいるであろう夫を呼んでいる。
部屋に残された私は今の言葉に対して独り言を言っていた。
「私はリック・・・、リック・ロートブラッド。陸じゃない・・・。」
こうして私は、未知なる世界で人生を始めたのだった。
インスピレーションは、週刊少年チャンピオンに掲載された『刃牙~ピクル編~』です。その作品では、古代人ピクルが恐竜のいた時代から現代に蘇りましたが、この作品ではゲーム内のキャラが現実世界に蘇ります。ゲーム内で自分が大切に育てたキャラが自分の前に現れてくれたら、驚きながらも大喜びする方は多いかと思います。
ただ、そのキャラはどう思うでしょうか?
余程の主人公パワー(?)がないと、そんなありえない状況には対処出来ないでしょう。生んでくれたプレイヤーに対する忠誠心や信頼はあっても、環境に慣れることが出来るかは別です。チート能力もそれを扱う精神が弱かったら宝の持ち腐れですし。心って大事。
この作品では、真面目な騎士が転生して、現実世界と折り合いをつけながら生きていきます。ファンタジー目線ではこの世界はどう映るのでしょうか?